完全な嘘

 完全なる嘘つきがいる。

 彼の話すこと、何もかもが彼の身の上の事実とは異なるが、だれひとりとしてその嘘を見抜くことはできなかった。

 彼には面倒見の良い母親、優しい父親、孫を可愛がる祖父母、仲の良い妹がいた。彼はそんな家族のもとで不自由なく育ったという。だが実際には、彼の家族は父親ひとりだった。

 その真実とは、彼の父親の愛情だった。彼が生まれたときに母親が亡くなり、祖父母もすでに他界していた。彼の父親は、彼が寂しがることのないように嘘を吐いた。

 テレビドラマに出てくるあらゆる母親役を実際の母親と教え、近寄ってはひざの上でまるくなる飼い猫を祖母、おもちゃのウルトラマンを祖父、お掃除ロボットを妹であると教えた。

 そしてそれらが一般的にいう家族であると認識するように、細心の注意を払って言葉を教え、周囲の人間と話したときにつじつまが合うように計算ずくで彼を育てた。

 その結果、彼は一切さびしがることなく育ったし、誰の目から見ても恥ずかしくない好青年になった。

 彼が自分の家族の話をするときは、本当に家族を愛してやまないというのが分かる様子だった。家族のことを聞かれると、そのたびに熱弁した。

 芸能界にいてもおかしくないような美しい母親がいて、その伝記が特撮ものになるほどの勇敢な祖父がいて、楽しく遊びながら掃除もこなしてくれる素晴らしい妹がいると。

 そして教育熱心な父親がいるのだと、彼は自慢げに語るのだった。

 彼の家を知り合いが訪れることもあったが、彼の真実を知ろうとも、それを決して口外することも、大嘘つきだとののしることもなかった。

 いかにそれが一般的な概念と違っていたのだとしても、個人がそれを信じるのであれば、それはもう真実以外の何物でも無い。





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