見出し画像

思慮とわがまま

  雨のことを嫌いになれなかった。雨は作物を育てるからだ。田畑の作物にとって、雨は恵みの雨だ。晴れの日が続いて、まったく雨が降らないと、作物は枯れてしまう。

 雨の恩恵を受けるのは、田畑の作物だけではない。山々の木々もそうだ。森林の植物もそう。雨が降ることで、彼らは成長する。

 植物が育つということは、めぐりめぐって、人が育つということだ。田畑の作物は美味しい野菜として、私たちの身体の一部となる。森林の木々は、食用となる動物を育てたり、自然環境を整えるのに重要な役割を果たす。

 だから雨を嫌うのは、罪深いことだ。雨をきらわれ者にしてしまうのは、よくないことだ。雨が降っているから外で遊べない、だなんて、考えの足りない人間の、愚かな発想だ。

 そして、雨の日を残念がり、晴れの日を喜ぶことは、差別的なことだ。そんなことをしたら、雨がかわいそうだ。あれだけたくさんのことをしてくれるのに、目の敵にしてしまうなんて。

 子どもながらにそんなことを考えていたものだから、私は晴れの日を素直に喜べず、雨の日に憂うこともできなかった。心のどこかでは、晴れの日を喜びたかったし、雨の日を嘆いていたかったのかもしれない。


※※※


 「一緒に外で遊ぼうよ」

 お昼休みのチャイム。ざわめく教室。よく晴れた空。電線で羽を休めていた小鳥たちが、いっせいに飛び立ったのが見えた。

 声をかけてきたのは、優しいと評判の優子ちゃん。優しい女の子になりますように、と、ご両親の願い通りに優しい女の子に育った、優子ちゃんだ。

 「え?あ、えっと」

 お昼休みの開始と同時に机の引き出しから本を取り出し、読書に没頭しようとしていた私は、出鼻をくじかれた。いや、せっかく声をかけてくれたのに、そんなふうに考えてはいけない。人の好意をだいなしにすることは、よくないことだ。でも、本も読みたかったしなあ。読書をしようとしていた私は、優子ちゃんの優しい問いかけに応じるか否か、一瞬とまどった。

 「・・・うん。」

 とまどいつつも、優子ちゃんの好意に応じないのはいけないことだと思い、外で遊ぶことにした。優子ちゃんは、私が返事をするまでの時間、じっと私の顔を見ていたから、もしかしたら、私がためらったのを気づいているかもしれない。そのことが少しだけ怖かったけど、優子ちゃんは笑顔で外に連れ出してくれた。

 「それじゃあ、かくれんぼしよう」


※※※


 雲ひとつない。めまいがするほどまぶしい。校庭の砂は、焼かれすぎて煙を出しそうだ。宙を舞うドッジボール。熱を帯びた声。いつも通りの喧騒。

 「うはぁ・・・」

 不快感がため息になって外に出た。暑いしうるさい。こんなことなら、やっぱり教室で本を読んでいればよかったかもしれない。いや、いけない。優子ちゃんがせっかく誘ってくれたのだ。そんなふうに考えるのはよくない。

 しかし、かくれんぼかあ。誘われでもしない限り、やらない遊びだ。ずっと走らないといけない鬼ごっこよりは、うまく隠れていれば走らずに済むかくれんぼの方がいい。

 なんだか私、めんどくさがりなのかなあ。

 「ねえ、大丈夫?」

 大丈夫って?ああ、自分の世界に入り込んでいたみたい。優子ちゃんに声をかけられて、ふと現実に戻った。

 「大丈夫だよ。さあ、かくれんぼしよう」

 ややぶっきらぼうに言った。この状況だ。もう教室には戻れない。

 優子ちゃん主催のかくれんぼに集まったのは、私を含めて5人。

 「それじゃあ、誰が鬼になるか決めようか」

 優子ちゃんの号令で、鬼を決めるじゃんけんが始まった。じゃん、けん、ぽん。ぱー、ぱー、ぱー、ぱー、ぐー。きれいに手が分かれた。

 「私が鬼かあ。じゃあ、みんな隠れて。1分したら探しに行くよ。くれぐれもすぐに見つからないようにね」

 鬼になったのは、優子ちゃん。かくれんぼに自信があるのか、隠れる側の私たちに強気の姿勢だ。

 「さあ、隠れた隠れた。いーち、にー、さーん、よーん」

 彼女は大きな声で、数字を数えはじめる。急いで隠れ場所を探す。できるだけ遠く、できるだけ目立たない場所へ。誰にも見つからない場所へ行こう。なんだか、見つからない場所探しは得意な気がする。

 どこにしようかな。そうだ、校舎裏の花壇の陰に隠れよう。あそこなら、誰にも見つかりっこない。いくら優子ちゃんがかくれんぼの名人でも、あそこまで遠くに行くなんて、きっと思わないだろう。

 目的の場所に着いた私は、息をひそめた。ここなら絶対に見つからない。優子ちゃんには悪いけど、この勝負はもらった。

 動くのは好きじゃなかったし、じっとしているのは苦でなかったので、優子ちゃんを気にせず、ひたすらそこにいた。

 優子ちゃんがカウントをしてから、3分くらいは過ぎただろうか。誰かが近くにいる気配はなく、このかくれんぼの勝利を確信しかけていた。

 「み~つけた」

 背後から肩を叩かれた。なんの前触れもなかったので、突然のできごとに私はひゃっ、と驚いた。

 「ふふふ、そういう反応が好きなんだよなあ」

 まさか、この場所が見つかってしまうとは。優子ちゃん、おそるべし。

 この日はその後も、2、3回ほど優子ちゃんが鬼になったのだが、優子ちゃんがカウントを始めてから5分くらいでみんな見つかってしまった。絶対的なかくれんぼの名手を、だれひとりとして困らせることはできなかった。


※※※


 赤い紅葉が舞う。乾き始めた空気。通学路は黄色のイチョウの葉で敷きつめられ、風がつめたさを含み始めた。

 夏休みの間はたくさん本を読んだ。それはもう、活字のシャワーを浴びまくっていた。一学期にすこし焼けてしまった肌も、ほぼ室内で過ごしていたおかげで、すっかり真っ白になってしまった。うらやましいと言われることもあるけれど、真白な肌は、不健康の象徴のような気がしてならない。

 「久しぶり。元気だった?二学期もかくれんぼしようね」

 優子ちゃんが私めがけて駆けてきた。彼女と会うのが、なんだか待ち遠しいような気持ちでいた。しかし、心のどこかでは会いたくないような気もしていた。

 「えー、でも優子ちゃんには勝てないしなあ」

 一学期の後半は、週に3回は彼女とかくれんぼをした。肌がすこし焼けてしまったのは、そのことが原因だったのだ。彼女に誘われるたびに、読書をしたいという気持ちと、彼女の好意を無駄にしてはいけないという気持ちが闘っていた。

 毎日のように誘われるのなら、さすがにうっとおしくて突き放していたかもしれないが、彼女がかくれんぼに誘ってくるタイミングは絶妙だったのだ。次は誘われても断ろう、と思っていたら誘ってこない。誘ってこないから、なんとなく気になっていると、誘ってくる。すると、ふしぎと断れない。私はこの現象のことを、優子ちゃんマジックとひそかに名付けていた。

 初めてかくれんぼに誘われた日から、一度たりとも彼女に勝つことはできていない。彼女がおにの時は、必ず制限時間内に見つかってしまうし、彼女が隠れるときは、必ず制限時間内に見つけられない。次は負かせてやろう、と思って毎回頑張るけど、まったくもって勝つ気配がない。

 「ふふ、勝ちたいのなら、私とのかくれんぼを続けるしかないんじゃない?」

 二学期になったら、彼女に勝てるだろうか。そんな期待と、またかくれんぼに誘われてしまうという少しの憂うつさが、入り混じっていた。


※※※


 はあ、まったくだめだ。

 新学期もあいかわらず、優子ちゃんはかくれんぼで無類の強さを誇った。いつものメンバーだろうと、違うメンバーだろうと、彼女には勝てない。必ず探し出されるし、必ず見つからない。

 そんな優子ちゃんと私は、かくれんぼの回数をこなすごとに仲良くなっていった。物語の中では、ともに時間を過ごした人々が仲良くなっていく現象が起こるけど、実体験するまでは本当にそんなことが起こるのだなんて信じられなかった。

 一緒に遊ぶことで、ここまで他人と仲良くなれるのか。この私に、優子ちゃんのような友だちができるなんて。

 「ねえ、今度遊びに行こうよ。新しくできた喫茶店、一緒にどう?」

 優子ちゃんからは遊びの誘いが来るようになった。私はもう、読書をする時間が無くなるからといって、優子ちゃんの誘いを断ることは無くなっていた。

 

 玄関の扉を開けると、ちりん、ちりん、と心地の良いチャイムが鳴った。コーヒーの匂い。ほのかな甘い香り。あかるい店員さんの声。

 奥の座席が空いている。迷いなくふたりでその席を選んだ。すぐにコーヒーを頼んだ。ふたりともブラック。ちょっと大人ぶりたかった。

 「ねえ、あなたはとっても優しいよね。いつでも私のかくれんぼに付き合ってくれるんだもん」

 優子ちゃんは唐突に言った。

 「でも、最初は少し嫌だったんじゃないの?」

 どき。やはり気づいていたのか。はあ、白状するしかないか。優子ちゃんの前では本音を隠し切れない。

 「・・・私ね、最初のころは、予定通りに本を読もうか、優子ちゃんとかくれんぼをしようか、よく迷っていたんだよ」

 それを聞いた優子ちゃんはやっぱり、とでも言いたげな表情だ。

 「でもね、優子ちゃんと遊ぶの、だんだんと楽しくなってきちゃって。今では優子ちゃんと遊ぶの、読書の次くらいに好きかもしれない」

 「それでも2番目なのね」

 優子ちゃんはわざとらしく残念そうな演技をしたかと思えば、わははっと笑った。つられて私も笑顔になった。

 かと思えば、優子ちゃんはとつぜんきりっとした表情になって言った。

 「でも、あなたは人に優しすぎるところがあるのかも。人の気持ちを考えてあげるのはとってもいいことだけど、それと同じくらい、自分にも優しくしてあげていいと思う」

 店員さんがコーヒーを持ってきた。ありがとうございます、と受け取って、優子ちゃんはカップに口をつけ、コーヒーをすすった。

 「本を読みたいのなら、本を読んでもいいの」

 優子ちゃんは前のめりになって話し続けた。

 「行動だけじゃないよ。考え事もそう。雨の日が嫌いなら、別に嫌ったっていいじゃないの。晴れの日が好きなら、好きだって思えばいい。そういうのはあなたの自由なんだから。すこしはわがままな方がかわいいよ」

 優子ちゃんは、私が話したことを引き合いに、力説した。わがままな方がかわいい、か。そんなこと、考えたこともなかったなあ。わがままでもいいのかな。

 「優子ちゃんがそう言うのなら、少しはわがままになってみようかな」

 そう言って会計伝票を優子ちゃんに突き付けた。

 「あら、実践が速いのね!仕方ないなあ。かくれんぼに付き合ってもらってるお礼。今日だけだよ」

 仕方ないな、と言いつつも、優子ちゃんは嬉しそうだった。

 店員さんにごちそうさまを伝えて、玄関の扉のベルを鳴らす。外のまぶしさと、風の冷たさに、一瞬びくっとする。

 帰り道。日が短くなっていた。夕暮れは思っていたよりも早い。空を見上げると、二羽の鳥が、ちゅんちゅんと鳴きながら山に向かって飛んで行った。


※※※


 肌を突き刺すような冷気。風が枯れ葉を連れ去っていく。葉っぱの落ち切った木々は寂しげだけど、その様子が美しいと思ってしまうのは私だけなのかなあ。

 優子ちゃんとはあいかわらず仲が良い。彼女のお陰で友だちも増えた。本の中の世界が全てだった私に、優子ちゃんは温もりを与えてくれた。

 下校のチャイムが鳴る。外はすさまじく寒いけど、優子ちゃんといっしょの帰り道は、寒さを忘れてしまう。

 「優子ちゃん、クリスマスプレゼントがもらえるとしたら、何がいい?」

 この頃の私たちは、プレゼントがもらえるならなにが良いか?という議題であれこれ話すのが好きだった。実際に貰えるかどうかはどうでもよく、この話で盛り上がること自体が楽しかった。

 「そうだなあ・・・。」

 優子ちゃんはしばらく考え込んでいた。

 「彼氏かな」

 彼氏。その言葉の響きに、私はふしぎな高揚感を覚えた。同時に違和感も覚えた。

 「彼氏?私たちまだ小学校卒業したばっかりだよ!」

 私の中では恋愛など、もう少し先の、せめて高校生になってからするようなものだと思っていた。優子ちゃんはふふん、と鼻で笑って言う。

 「なーに言ってんの。もう立派な女子中学生でしょ。恋愛のひとつやふたつ、当たり前にこなしていかないとだめでしょうが」

 そう言って、優子ちゃんは自信ありげに笑みを浮かべる。この子ならすぐに彼氏ができてしまいそうだ。立派な女子中学生。そうか、恋愛とか気にするような年頃なんだな。

 「優子ちゃんはモテそうだもんね。あっという間に彼氏ができて、私なんかと過ごす時間より、彼氏との時間が増えるんだろうなあ」

 わざと優子ちゃんを見ずに、いたずらっぽく言った。ちなみにこれは、優子ちゃんからの「そんなことないって~」待ちの発言だ。こういうことをするのはあまり良くないと思うが、ついやってしまった。

 「そうかもね」

 「えぇー」

 期待を外され、思わず優子ちゃんの方に向き直った。

 「うそうそ。彼氏ができても、きっと一緒に帰るよ。ずっと友だちなんだから」

 胸がきゅんとなった。友情。これが、友情ってやつだろうか。やはり優子ちゃんは優しいのだ。私にとって、優子ちゃんはかけがえのない宝なのだ。

 「もう、最初からそう言ってよ」

 照れ隠しをしながら体当たりをする。優子ちゃんも押し返してくる。

 「ねえ、他には欲しいもの無いの?」

 押し合いっこがひと段落し、もういちど優子ちゃんに聞いてみる。

 「そうだなあ、プレゼント、っていうか、クリスマスツリーを見に行きたいなあ」

 クリスマスイブの夜、町のメインターミナルでクリスマスツリーの特別点灯式がある。イルミネーションはすでに飾り付けられているが、その夜は特別きれいに光るのだという。

 「クリスマスツリー、かあ。私も見てみたいなあ」

 どんな色に輝くのだろう。想像するだけでもわくわくする。だけど、その日はきっと、家でクリスマスパーティだ。家でおとなしくパーティを楽しもう。

 「ま、彼氏の方が欲しいけどね」

 優子ちゃんがぼそっと言った。

 

 あっという間に分かれ道まできた。ここで優子ちゃんとは別方向になる。またね、と言葉を交わして、ひとりきりの残りの帰り道を歩く。

 「今日ってこんなに寒かったっけ」

 あまりにも寒かったので、無意識に口から言葉がもれた。体の温度が、一気に半分は持っていかれたような感覚だ。


※※※


 クリスマスイブ。今夜は家でパーティをする。お父さん、お母さんからのクリスマスプレゼント、あるかなあ。

 期待に胸をふくらませながら家に帰ると、期待通り、プレゼントを渡された。

 「ああ!これこれ」

 大好きな作家さんの新作。さっそく読んじゃおうかしら。

 プレゼントの包装を丁寧にはがして、自分の部屋に戻ろうとした時だった。りりりり、と固定電話の音が鳴った。優子ちゃんの家からだった。


 「優子ちゃん、どこにいるの」

 風。冷たさもなにも感じなかった。思考より先に体が動いた。家を出て走り出す。スマホを手に、優子ちゃんに電話をかける。

 応答なし。

 優子ちゃんのお母さんとお父さんが、ケンカをした。優子ちゃんが止めに入るも、ふたりともゆずらなかった。仲直りしようとする気配がないふたりを見て、優子ちゃんは家を飛び出していった。

 電話しても通じない、周囲を探しても見つからない。仲の良い私なら、どこに向かっているのか知っているのではないかと思って、私の家に電話をかけてきたのだ。

 見当?つくわけないよ、そんなの。

 今まで一度も優子ちゃんを見つけたことはない。あの子はかくれんぼの天才だ。おにの時は誰が相手でも見つけ出すくせに、隠れる側になった時は決して見つかってくれない。

 でも、、、

 でも、だから何だって言うの?

 優子は味気のない私の世界に色を与えてくれた。いつだって優しく声をかけてくれた。

 隠そうとしていた本音を見つけてくれた。いつだって、どんなに隠れようとしたって、優子は必ず探し当ててくれた。

 雨の日を嫌いになれなくて、晴れの日が好きになれなかった私に、自分に素直になっていいんだって、そう言ってくれたんだ。

 (絶対に探し出して見せる!!)

 だけど、心当たりなんてない。それでも、必死で頭を巡らせる。

 (・・・そうだ、あそこなら)

 

※※※


 人だかり。家族連れ、カップル、男女、友達同士。この町もこんなに人がいたのか。

 優子は制服のまま飛び出したという。だったら見つけるのは簡単だ、と思ってたけど。

 (こんなに人が多いと分からないじゃん)

 焦り。もし、ここじゃなかったら。もし、悪い大人に連れ去られていたら。もし、大変なことに巻き込まれていたら。

 悪い想像ばかりしてしまう。必死で考えないようにしてるのに。

 人だかりの中、人をかきわけて走った。迷惑がられる?そんなのどうだっていい。優子が見つかればそれでいい。

 制服の女子中学生を探す。セミロングのきれいな黒髪を。

 女子中学生、制服、黒髪、セミロング。違う、あの人じゃない。あの人でもない。あ、いた!

 「・・・すみません」

 人違いだった。

 絶望して、目線が遠くなったその時だった。棒のようになった足が、痛みを忘れて走り出していた。

 女子中学生、制服、黒髪、セミロング。いつものか細い背中に回り込む。

 「みーつけた!!!」

 背後から思いきり抱きしめる。優子がわっ、と驚いた声を出す。

 「え、、、ちょっと、びっくりしたじゃん」

 背後から抱きしめたまま、もう私は動けなくなっていた。抑えていたものが急に込み上げてきた。目頭が熱い。もうどうしようもなかった。

 「探しに来てくれたのね」

 人目もはばからず泣いた。優子に何か言おうとしたけど、言葉にならなかった。

 「やっと勝ったぁ」

 ぐじゃぐじゃになった顔はそのままだった。かろうじて言葉になったのがそれだった。優子は私の方を向いて、抱きしめ返してくれた。

 「あーあ、今まで全勝だったのにな」

 あったかい。いつもの優子だ。

 「見つけてくれて、ありがとう」

 優子が言った次の瞬間、あたりのイルミネーションや照明が消え、一気に暗くなった。

 数秒後、目の前には幻想的なイルミネーションが広がった。息をのむ、とはこういう時に使う言葉だろう。今夜は特別点灯式。

 優子がいたずらな表情で言った。

 「ね、点灯式、一緒に見れたね」

 いまだに表情がぐじゃぐじゃなままで私は言った。

 「え?もしかして、こうなることを仕組んだとか?」

 いまだに表情がぐじゃぐじゃなままの私に、優子は笑いながら言った。

 「本の読みすぎ。たまたまだよ。でも、家を飛び出してきてよかった」

 幻想的なイルミネーションの光に包まれる中で、優子は続ける。

 「あのとき話した、欲しいクリスマスプレゼントの話。私、あなたがいるから、彼氏はもういらないかも」

 私は、今まで流してた涙がうれし涙にかわって、また泣きじゃくった。優子も泣きながら、私を抱きしめてくれた。

 (優子がどこに隠れたって、絶対に見つけるから。あなたがどんなに上手に隠れたって、必ず見つけてやるんだから)

 「もうひとり勝ちなんてさせない」

 幻想的なイルミネーション。降り始めた雪。白い天使に祝福されているような夜だった。


※※※


 うららかな光。ピンクの花びらが舞う。外に出たら、桜まみれになってしまいそうなほど、一面の桜。

 放課後、桜の木の下。

 「春らしい天気だなあ」

 中学一年生もあっという間に終わり。中学生の時期は心が大きく変化する時期、だなんて大人たちは言うけど、私にはまだよく分からない。青春真っただ中の当の本人たちは、そのときの状態を、青春だ、なんて自覚する余裕はないのかもしれない。

 「来年もクラスいっしょだったりしないかなあ」

 隣の優子が言う。

 「クラスが違っても、私たちはいっしょだよ」

 少し不安そうな優子の手をやさしく握った。


 あの日、優子はしばらくしたら帰るつもりだったという。家出をして心配させることで、彼女の両親を仲直りさせたかったらしい。

 優子の両親は彼女に、楽しい祝い事の日に辛い気持ちにさせてごめんなさい、と謝罪したそうだ。それに対して優子は、私とクリスマスツリーを見られたから、逆に良かった、と返したそうな。

 三学期。優子には彼氏らしき男ができた。

 「彼氏はいらない、とか言ってたよねー」

 あの日を思い出しながら優子をからかう。

 「ふふ、私はいらなかったんだけど、向こうが欲しがってたみたいだから」

 モテる女は違うねえ、と肩をつつく。まあ、優子はこう言うけど、彼氏のことは大切にしているようだった。

 優子に彼氏ができてからも、かくれんぼは不定期に実施された。あの日以来、私は優子から何度か勝利してはいるものの、それでも優子のかくれんぼの強さは揺るがない。

 いっしょに帰る回数は少し減った。私が気を遣うでも、彼女が気を遣うでもなく、それは自然なことだった。

 さびしくは無かった。彼女といっしょに帰らなくても、私は彼女の友だちだって分かってるから。たとえそばにいなくても、彼女には私がついていて、私には彼女がついている。

 まあ、読書する時間も増えたし、こうやってnoteを書く時間だってできたのだ。結果オーライなのだろう。

 優子に彼氏ができたように、私には夢ができた。作家になること。優子に話したら、

 「絶対なれるよ!」

 と応援された。絶対なんて無い、なんて分かりきってるけど、優子に言われたのだから、絶対なれる気がしてしまう。そんなこんなでnoteに作品を投稿することにした。

 これからどんな日々になるだろうか。未来を考えると不安になる。だけど優子といっしょなら、どんな未来だって楽しく生きていける気がしている。

 「あ、雨」

 雨雲が空を覆ってきた。春の嵐が来そうな予感。雨には悪いけど、優子を困らせるというのなら、私は雨を憎む。

 優子が私の表情を見て、ふしぎそうに言った。

 「なんかさ、前と変わったよね」

 「え、なにが?」

 「なんかね、前よりかわいくなった」

 「な、なんですか、突然!」

 たじろぐ私を見て、優子は笑っている。優子も彼氏ができてから、より可愛くなった気がする。

 「さ、雨に濡れる前に帰ろう」

 雨雲が覆っていく空。ふたりで桜の道を走り出していった。

 

 

 

 

サポートいただけると、作品がもっと面白くなるかもしれません……!