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毎日散文

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2020年5月の記事一覧

066「グロッケンシュピール」

066「グロッケンシュピール」

 ディーガンのグロッケンシュピールを、白いプラスチック製のマレットで打鍵する。冷たい音が、ちいさなウィンドオーケストラを侵食する。取手つきの黒い箱に、グロッケンシュピールはおさまっているが、あまりにも重いので、取手がはずれないように、取手を持ってはならないことになっている。箱のなかで、プラスチック製のマレットと真鍮製のマレットが、がらがらころがる音がする。

 極東の、名も無い楽団の片隅で、この高

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065「梅」

065「梅」

 梅の実をつめた瓶は、夜になると、白い煙をはくという。杉のように、貞淑な、太い煙を。

 庭に、物見櫓のある箪笥屋で、わたしは、その話を聞いた。箪笥屋の主人は、古くからの友人である。パンク・ロックが好きで、希少なレコードをたくさん持っていた。彼はまた、子どものころから、辞書をつくる仕事をしている。寂莫のような、群青色の表紙のなかに、幾万の愚問を、繊細な表現で、述べなければならない。彼の辞書が、どこ

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064「献花」

064「献花」

 青い花ばかりが咲く、悪夢のような庭が、すべての家々をかこむ村に、ふいに、迷いこんでしまったのなら、あなたは、ひとりの、狂人になるほかない。村人が、常に、そうしているように、ほほえみ、会釈するのではなく、あなたが、殺されるまえに、すべての村人を、鍬をふるって、殺しつくさなければならないのだ。

 ひどく暗い、晩秋の正午。村は、あなたによって焼きつくされ、石灰のような煙は、雨雲とはげしく混ざりあい、

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063「老境」

063「老境」

 巨大なちからとギロチンによって、貝をひろいに、山をのぼらなければならない日に、わたしは、折れた風見鳥のころがっている木陰をながめながら、最期の生姜焼きを食べる。並んですわっている老婆は、その腕よりも厚そうな、書類の束に、すばやく、目を通してゆく。だが老婆は、書類の内容を、ほとんど、おぼえていない。ある書類に、黄金比、という言葉が、たくさんでてきたので、黄金比、という漢字だけは、たしかにおぼえてい

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061「翼竜の帰還」

061「翼竜の帰還」

ヘリポートに翼竜が降下する。降下すべき、固定された運命にしたがって、高層ビルの屋上の、巨大化したようにも見える、悲しき一匹の翼竜の激しい風を、生みだす翼を、へし折りに、行かなければならない人がいる。反旗をひるがえす。都市を、愛さなければならない。都市は、巨大化したようにも屋上、降下すべき、都市の悲しき、ヘリポートの、運命が、風を生みだすが、人々の頭部の次々にかみ砕かれ、図鑑に掲載されてゆく、高層ビ

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060「ポニーメリー」

060「ポニーメリー」

 どうも、ヤマザキパンの、ポニーメリーというのを食うと、腹をくだすらしい。それは図らずも、あなたが、あなたであることの、ひとつの証明となる。真夏につめたい風を吹かせようとするより、灼かれた座敷を愉しむほうが、ぼくやあなたのような人の性にあっている。

 誰もが住んだことのあるような貸家があり、そのとなりには、棘のような鼻をした婦人のいる服屋があって、もう、何年もの間、婦人は、帰ってこない。ぼくは、

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059「陶器市」

059「陶器市」

 陶器市の日に、神社の境内に、いくつかの出店がならぶ。市場と名乗っているが、そこには、古びた敷物に、陶器を積んだだけの出店が、数店舗しかない。そして、陶器と名乗っているが、そこにならんでいるものは、どう見ても、動物の骨ばかりである。

 わたしはこれまで、陶器市に、たいした興味も持っていなかったが、古くからの友人B氏の骨が、そこに出品されているというので、物珍しさと、物悲しさから、友人に、会いにゆ

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057「谷底」

057「谷底」

 ツキノワグマを追う、数人の男が、知らず知らずのうちに、歳月を追いかける。彫像のように彫りのふかい顔を黒く塗りつぶし、男のひとりが、ふいに、時の崖から滑落する。

 崖のしたで、男は、たえだえの命をかすかにくすぶらせ、すこしずつ、激痛はうすれてゆく。ゆがんだ男の横たわる谷底に、細い川はながれ、いくつかのせせらぎと交差しながら街に流れこんでいる。整備された土手のうえで、数人の少年に、ひとりの老人が殺

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056「許すということ」

056「許すということ」

 賽子のような貯金箱から、鐘が鳴っている。だが貯金箱自身のほかに、それを聞くことのできるものがいない。風呂場にいた裸の警官は、口笛を吹きながら、隼のように風を切り、空を縦断する気分でいる。汗でしめった風がふく。居間に置かれたふるい伝記は、めくられることに戸惑いを感じている。

 警官が木だけを組みあわせて作った椅子は、綿と布でつつまれている。映画館の入り口に、いつからか、その椅子は置かれている。毎

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055「スタインバーガー」

055「スタインバーガー」

 スタインバーガーが、電柱から吊りさげられている。長すぎるストラップが電柱にまきつくようにして揺れている。ギタリストらしい男が、傍でその様子をじっと見つめている。巨大な楠のある公園に、街灯に照らしだされるスタインバーガーの影が浮かびあがっている。影のなかに、かき鳴らされる轟音の記憶が、かなしげに対流している。

 郊外の、反転した街で、ギタリストとスタインバーガーは、あるいは、逆であったかもしれな

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054「封筒村」

054「封筒村」

 あまりにふるい話で、記憶はないのだが、封筒の名産地である村で、わたしは、生まれたという。山の向こうからやってきた産婆が、わたしをとりあげ、以来、わたしは、この村を出たことがない。村では、どの封筒も、きわめて正確な寸法でつくられ、あらゆる紙が、毎日、村へ運びこまれる。桜並木の、不自然にその一角だけ整備された、工房につながる道を、子どもらとトラックが進んでゆく。いつからか、封筒工房には、蜂の巣ができ

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053「琴」

053「琴」

 線路のうえには、一張の琴と、籾殻枕が手錠のように並んで置かれていた、なぜ、置かれていたのだろう? その日の出来事について語るには、目撃者もおらず、資料は少なすぎ、結果だけが、野ざらしのままそこにあるといったところなのだ。まだ、本当に起こったことなのかどうかさえ、あやしいほどである。

 晩秋の夜であった。安心するように、皿と枕は、貨物列車によって、粉々にされた。街灯が、一瞬、皿と枕を、白く、闇の

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052「蛭」

052「蛭」

 信じるべき、雨の降る、丘にむかう、ひとつのあかりもない、わたしの、ビニール傘の、信じる、信じ、られる傘、この傘を買った、おなじように雨の降る日に、街はいよいよ、曇天に黒々と澄みわたり、ひとつの、ビニール傘のみをかかえ、父の待つ家に雨音は、はるかなる香りをかきあつめ、ひどく閉じられた部屋で、父が、信じる、信じるべき、丘に放置されたハープシコードの音色。木製の爪は、雨粒の重みをうけると、さびついたひ

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051「土星」

051「土星」

 腹だちまぎれに電柱をけとばすと、コンクリートの電柱は、みしみし叫びだし、片側二車線の道路へ、頭からたおれこんだ。ちかくには、何人かの人がいて、驚き、笑い声をあげる人がいる。呆然とした顔で、ポケットや、鞄をさぐる人もいる。何も言わずに、わたしを、怪訝そうな目でにらむ人がいる。これからわたしは、何をすればよいのだろうか? とっさに鞄からチョコバーを取りだし、ひらいてみると、中から、色のついた砂があふ

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