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051「土星」

 腹だちまぎれに電柱をけとばすと、コンクリートの電柱は、みしみし叫びだし、片側二車線の道路へ、頭からたおれこんだ。ちかくには、何人かの人がいて、驚き、笑い声をあげる人がいる。呆然とした顔で、ポケットや、鞄をさぐる人もいる。何も言わずに、わたしを、怪訝そうな目でにらむ人がいる。これからわたしは、何をすればよいのだろうか? とっさに鞄からチョコバーを取りだし、ひらいてみると、中から、色のついた砂があふれてきて、液体のように、足元へ散らばってゆく。それが、砂ではなく、細かなビーズ玉である、ということを、わたしは、すこしずつ理解する。


 巨大なタイヤをひろってきたのは、祖父だったか……梯子のように地面から屋根へとたてかけられて、家が軋んだときの、乾いた、骨のような音を、覚えている。姉は、それが愉快でたまらなかったらしく、始終、笑いころげていた。背ばかり高くて、骨と皮ばかりの祖父は、実際、梯子か、竿竹のようだった。棗のようにしなびた声で、姉は笑った。だが、街のほとんどの住宅の庭に、いまや、巨大なタイヤが置かれるようになった。庭の装飾用の車輪まで量産され、裕福の象徴として、家庭円満の縁起物として、重宝されている。そのタイヤの七割以上が、この街で加工されているのだ、と、街の学校では、毎週、タイヤの祝詞を、復唱させられるという。


 それでも、部活動を終えて帰宅するのが夕方であることは今も変わりない。学校から家までの近道を歩いていると、道路工事の最中に、三人分の古い人骨が見つかったというので、人だかりができている。空は、くもり、晴れて、またくもり、雨や、銀貨や、ときどき、魚なども降らせたりする。多くの人が見ているなかで、黒ずんだ人骨が、時計を巻きもどすように、音もなく、立ちあがる。そして一歩、また一歩と、ビアホールへ向かってゆく。ほんの数分前まで、いつまでも眠ったままでいられたのに、今や、こうして、ヘルメットをかぶり、ホースを抱きしめ、右往左往しているのだ。怒声が飛ぶ。そのほとんどが、人骨たちに向けられている。人骨は、アスファルトを固めながら、土星の環のことが、気になってしかたがない。

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