見出し画像

055「スタインバーガー」

 スタインバーガーが、電柱から吊りさげられている。長すぎるストラップが電柱にまきつくようにして揺れている。ギタリストらしい男が、傍でその様子をじっと見つめている。巨大な楠のある公園に、街灯に照らしだされるスタインバーガーの影が浮かびあがっている。影のなかに、かき鳴らされる轟音の記憶が、かなしげに対流している。


 郊外の、反転した街で、ギタリストとスタインバーガーは、あるいは、逆であったかもしれない。電柱に首を吊って、ちいさく揺れている男は、足元に、スタインバーガーを置いていたのかもしれない。ひとつの結末を、スタインバーガーは、眺めているだけだったのかもしれない。男の影が、楠に食いこんで、夜は、果てしなく、暗かったのかもしれない。


 ただ、ひとつ言えることは、その闇の丁字路において、スタインバーガーの音はなく、厳密な、静寂ばかりが街にはりつめ、男と、スタインバーガーは、たしかに、死んでゆく過程の只中にあったということだ。


 地図にない街。茫然と揺れる影ばかりの街の男を、誰が、つなぎとめておけるだろう。あらゆる窓は閉じられ、男とスタインバーガーが、どの地下舞台で、滝のような音を、叫びつづけて見せたのか、いまとなっては、誰も知らない。知っていることは、あらゆる閉じられた窓の奥に、スタインバーガーと、膝を抱える男が、並んでいて、あらゆる電柱に、男たちが、ストラップをむすんで、首を吊っているということのみである。


 一本の楠だけが、最後にのこされ、男と、スタインバーガーは、それでも、自分は、幸福であったと願っている。願わなければ、死ぬことも、なかったのだろうに。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?