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056「許すということ」

 賽子のような貯金箱から、鐘が鳴っている。だが貯金箱自身のほかに、それを聞くことのできるものがいない。風呂場にいた裸の警官は、口笛を吹きながら、隼のように風を切り、空を縦断する気分でいる。汗でしめった風がふく。居間に置かれたふるい伝記は、めくられることに戸惑いを感じている。


 警官が木だけを組みあわせて作った椅子は、綿と布でつつまれている。映画館の入り口に、いつからか、その椅子は置かれている。毎日、ひとりの美しい少女が座り、奇妙なほどの早さで、経を読んでいるのだ。多くの人々が、それを聞きながら切符を買って、虹の映画をみる。その日が、何曜日かによって、価格は変動し、主婦が安い日もあれば、軍人が安い日もある。


 映画は、どれだけの人を、食い殺したのだろう。食われなかった彼らは、あるいは、どれだけの人を、妻に迎えたのだろう。


 地震のように、突然、虹の映写機は略奪される。ちいさな貯金箱のほかに、それを、見ていたものがいない。僧侶たちは、少女の墓の上に立ちすくみ、歓喜のように、すすり泣いている。やがて小さな民家の瓦の屋根に、手をつなぐようにして、毬と、小銃がならべられる。


 四年後の病棟に、父と、母がいる。病床にあっても二人の仲は悪く、会話は、いかにも、事務的である。それでも、あの日傘の下の戦争は、ようやく終結しかかっているように思える。看護師が、部屋の障子をはりかえている、そのあいだに、父は、こともなげに、死んだという。水芭蕉が、今年も咲いている。公園の水場で、すぐに見ることができる。

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