見出し画像

060「ポニーメリー」

 どうも、ヤマザキパンの、ポニーメリーというのを食うと、腹をくだすらしい。それは図らずも、あなたが、あなたであることの、ひとつの証明となる。真夏につめたい風を吹かせようとするより、灼かれた座敷を愉しむほうが、ぼくやあなたのような人の性にあっている。


 誰もが住んだことのあるような貸家があり、そのとなりには、棘のような鼻をした婦人のいる服屋があって、もう、何年もの間、婦人は、帰ってこない。ぼくは、彼女が帰ってこないと聞いたときにはじめて、その服屋のことを知ったので、彼女が、何の仕事をしていたのか、旦那の、眉の形はどうだったか、子供は、あと何ヶ月で生まれるべきだったのか、そういった細かなことは、まるでわからない。


 針をあつかうのは苦手だが、破れてしまった甚平をみて、しかたなく、裁縫箱を探している。わたしは、たとえば、尻が大きすぎるので、ボトムスも、大きく、頑丈なものを、選ばなければならないかもしれない。


 竹のほかに、なにも生えてこない庭に、糸のような、水路が通っている。強い磁力をもつ彗星が地球に接近しているという説は、ようやく、街々に浸透しつつある。議論のあいだにも、印刷用紙が、水道屋の生命をうばってゆく。ぼくがあなたを、どれほど憎んでも、何度殺しても、あなたは生きつづける。それでもぼくは、蝋燭をともし、針を、植物油にひたす。だが、灰色の裁縫箱は、狸のように、見つからない。


 下痢のために、便所にこもっている。激痛をともなって、砂のようなものがはきだされる。あなたはひとつの、巨大な素数となって、地図の上の橋に、手をのばす夢を見る。滅亡の朝、腸詰めのような金庫の奥に、破れた下着ばかり、保存されていることを知る。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?