連作短編|揺られて(前編)④|アキラ
「逢いたいわ」
カナコさんからのLINE電話を切ると、身支度をしていつものホテルへ向かった。今日は火曜日だから、旦那にはバレずらいのだろう。人妻の秘め事は平日の昼間に限る。
下り電車には乗客は少なく、窓ガラスからは暖かな陽が差し込んでいる。眩しくてスマートフォンの画面が見えずらいので角度を変えた。
─ 803号室にいます
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マッチングアプリでアクセスしてくる人妻は多いが、たいがいは普通のサラリーマンの妻だ。
カナコさんが普通のサラリーマンの妻でないことは身なりでわかった。初めて会ったときはその黒髪の艶、肌の透明度には驚かされた。本人は安いカジュアルを装っているつもりのようだが、服も靴も高級ブランドのものだとすぐわかるし、その品の良さから滲み出る美しさは隠せない。
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都下の街は静かでホテル近くの公園では鳥たちが会話をしている。マタ オマエ キタナ…といつも鳥たちに見られているような後ろめたい気持ちになり、急いでホテルの中へ入った。
こちらがフロントの顔を覚えているのだから、きっと顔も覚えられているだろう。エレベーターが8階で止まれば、誰の部屋へ向かっているのかもわかるのだろう。
ホテルの従業員たちはどれだけの逢瀬を知っているのだろうか。接客業に苦労はあるだろうが、そんな秘密を共有できるこの仕事は案外楽しいものではないかと想像してエレベーター内の天井を見上げた。
ホテルに就職しようかな…
そう呟いた自分にふっと笑いかける。
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部屋をノックするとドアはすぐに開いた。
首に巻きついた腕は滑らかで冷んやりした。唇を重ねてその華奢な体を抱き上げるとベッドへ運んだ。
手早く自分の服を脱ぎ捨て、いつもの手順で美しい人妻の服を剥がしていくとその首筋に頭を埋めた。
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美しい人妻を抱きながら自分に問いかける。
これでいいのか?
こんな人生でいいのか?
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「あきらくんが就職したら結婚したい」
高校生の時から付き合っている麻里は大学をでてから銀行に勤めている。麻里は美人でやさしい女だ。きっと将来が安定している同僚たちからの誘いも多いだろう女を幸せにしてやれる自信は今の自分には全くない。
好きなのに…
麻里…
頭の中で麻里を激しく抱いていた。
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はじめて小説を一から書いてみました。
全六話です。
けそさんのイラストを使用させていただきました。
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