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あなたはかわいい

bookshortsという、おとぎ話や民話や著作権の切れた物語をリメイクした短編を公募している賞があるのですが、月間優秀作に選ばれたものを転載しておきます。(サイトから既に読んでくれていた人はすみません)

↓↓優秀作として掲載されているページはこちら

私は新見南吉「手袋を買いに」をリメイクしました。


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「人間ってほんとにこわいものなんだよ。人間はね、相手が狐だと解ると、手袋を売ってくれないんだよ、それどころか、掴まえて檻の中へ入れちゃうんだよ、人間って本当に恐いものなんだよ」

母さん狐に何度もそう言い聞かせられていた子狐は、びくびくしながら、人間の住む町へ、手袋を買いに行きました。母さん狐の言いつけどおり、細く開けた戸から手だけをさしいれて

「このお手々にちょうどいい手袋下さい」

と言いました。
 すると、帽子屋のほんの少し開いた戸の向こうから聞こえて来た
「先にお金をください。」
という人間の声が、あまりに小さくて、愛らしい声だったので、びっくりしてしまいました。しんしんと雪の降る冷たい空気に、ぴんと響く、まるで鈴のような透き通った声でした。

子狐は、母さん狐に「戸のすき間から、人間の手になっている方をさし入れるだけ。けっして狐だと分かられてはだめよ」ときつく言われていたのに、どうしても、帽子屋の中に入ってみたくなりました。人間って、どんな姿なんだろう。戸の隙間から手袋を渡してきた人間の手も、自分の手と同じくらい、小さくて、まあるくて、ふわふわしていました。違うのは、雪の中をかけて来た自分の手とは比べものにならないくらい、あたたかかったことです。

戸の向こうの人間の手は、手袋を渡したあとも、少し名残惜しそうに子狐の手のうえに残っていました。そこから伝わるぬくもりを味わいながら、もしかしたら戸の向こうの人間も同じことを考えているのかもしれない、と思った子狐は、えい、と戸の内側にからだを入れてしまいました。そうしたら、まるでそれを待っていたかのように、人間のからだが子狐を抱きとめました。

「あ」

 抱きとめられた時にずい分ふわふわしていたので、子狐はおどろきました。目を上げると、まっかなほっぺをした女の子が、自分を見下ろしていました。

「かわいい」

 女の子は子狐を見てそう言いました。それは、母さん狐が子狐にそう言う時の口ぶりと似ていたので、子狐はちょっと安心しました。

 人間がふわふわなのは、からだ中、手袋が大きくなったようなもこもこのあたたかそうなものに包まれているからでした。からだ中冷え切っていた子狐は、いいなあ、と思いました。そうしたら、凍える子狐の手に、女の子が手袋をはめてくれました。部屋の中は、暖炉の火があってあたたかく、そしてなんだかいい匂いがします。

 でも、子狐が入って来た戸が開いて別の人間が現れた時、子狐はもっとびっくりしてしまいました。

 新しくやって来た人間は、今いる人間よりもずっと大きく、そして母さん狐にそっくりだったのです。

「あらあら、かわいいお客さんね」

 この人も、まるで母さん狐みたいな言い方で、自分のことを「かわいい」と言ってきます。見た目が母さん狐とそっくりだと思ったのは、からだの表面のほとんどが、狐と全く同じ、ふわふわの黄金色の毛に包まれており、そして子狐よりずっと大きかったからです。

 あっけにとられてしまった子狐ですが、ふと思いつきました。今、自分が手だけを人間に変えられているように、この人間も、人間に見えるけれど、どこかが変わっているだけで、狐なのかもしれない。

「あなたは、狐? 人間?」

 子狐が聞くと、

「狐につままれたようなことを言っちゃって」

 大きな人間の大きな手は、子狐を抱きあげ、そのふわふわの黄金色のからだの中にうずめてこんでしまいました。

「かわいいわね、かわいい、かわいい。子どもはみんなかわいいわね。あーちゃんもかわいい。子狐ちゃんもかわいい」

 大きな人間の胸にうずめられ、子狐のからだはびっくりするほどあたたかくなって、それはあついくらい、こごえた手足が溶けるかと思うくらい。そして、母さん狐によく似た匂いと、なんだか薬みたいなふしぎな、つんとする匂いが、この人間のからだからはするのでした。「人間ってほんとにこわいものなのよ、狐をつかまえて檻の中に入れちゃうんだよ」という母さん狐のことばは、いったい何だったんだろう。この人間たちは全然怖くないよ、母さん。よく分からないけれど、眠くなってきた。

「あらあら、この子ったら、ママのことでも思い出しているのかしら」

 大きな人間は子狐を抱きながらゆらゆらと心地よく揺らしてきます。

「ママよりずっとあったかいの、ここ。だから眠くなっちゃうの」

「当り前じゃない。あなたのママの何匹分の毛皮だと思ってるの。もしかしたら、あなたのママもこの中に入っているかもしれないわね」

「え? ママが? どういうこと?」

「大丈夫、そしたらうちの子になればいいじゃない。あーちゃんのおとうとよ。そしたらおもちゃも買ってあげるし、お洋服も。二度と寒い思いもしなくていいのよ」

 大きな人間は、子狐をおろすと、小さな人間が包まれているのと同じ、手袋の大きくなったようなもこもことしたあたたかそうなものを、お店の棚から出してきて、子狐の頭やからだに乗せ始めます。

「ぼくを、檻に入れないの?」
「入れないわよ。かわいいんだから。それとも、ママと一緒に、こうなる?」

 大きな人間が、首にまきつけていたふわふわの黄金色の長いものをとって、子狐の目の前に持ってきました。それを見て、子狐の手足は再び冷たくなりました。そこには、狐の顔がありました。大きな人間が首に巻いていたのは、ぐったりとして動かない、大人の狐だったのです。

「あなたはまだ小さいけれど……、このくらい大きくなったら……うふふ」

 子狐はぞっとしたまま、ばたばたとでたらめに手足を動かして戸を蹴破って、一目散に外に駆け出しました。その背中に、大きな人間の声が、まるで子狐を追いかけるように、

「あんた、うちの手袋、つけてるんだからね! あんたの手は、人間なんだからね! あんたも、人間なんだからね!! あんたも絶対、うちの子になるか、そうじゃなきゃあんたの手は、あんたの母さんを殺すよ!!」


 子狐は、はっとして目を覚ましました。冬にもかかわらず、子狐のからだは、ぐっしょりと汗をかいていました。思わず両手を見て見ましたが、手袋ははめていませんでした。母さん狐は子狐を抱き込むようにして眠っていましたが、子狐が動くと目を覚ましました。

「ねえ、ぼく、手袋いらないよ」
「なあに、坊や。寝ぼけているの?」
「ねえ。ぼくって、かわいい?」
「かわいいわよ、坊や。かわいい、かわいい。あなたは、とっても、かわいい」


渋澤怜(@Rayshibusawa

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