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靴下からキュンです

私は靴下にそれほどお金もかけたくないし、デザイン性も求めてはいない。

むしろ靴下なんぞ、日々の生活のなかで、履いて履いて履き潰して、ヨレるのが当たり前じゃないかとさえ思う。靴を履けば、いくら可愛らしい模様であろうと馬に人がまたがったあの高級ブランドのロゴが横っちょにあろうと、どうせ相手からは見えないのだ。だったら、別に気取らなくていいじゃないか。たかが靴下だ。

私は歩くことが好きだ。故に出先でも歩きまわることが多い。そのせいか、私はすぐ靴下に穴を開ける。故に、ヒールやパンプスは大嫌いだ。あんな歩きにくくて、靴擦れだけでその日を疎ましく思わせるような靴。まぁ年に何回かだけ、仕方なく履くことはあるが、途中で捨てていきたい衝動にかられる。どういう訳か、靴擦れは治りが悪い。それに痛い。
雨の日はかなり痛い。最悪だ。

自分の引き出しから出す靴下に開いた穴を見て、「お前はそれでいいんだよ」と心でつぶやく。足に心地よいそんなヨレた靴下は、今日もたくさん歩くぞ!という気持ちにさせるのだ。

これは私だけだろうか?だろうな。うん。

そんな矢先に、右足にヒビが入ってしまった。

理由は、習い事の練習中の着地失敗。聞いたこともないような音が、右足の小指の付け根あたりから自分の体全体に、そして稽古場全体に響き渡った。ポーカーフェイスのクールビューティーな恩師でさえ、青ざめるような顔をしていた。何かを思い出したのかもしれない。

急いで冷やし、その日はそのまま帰宅。
翌日整形外科でレントゲンを撮った。診断結果は案の定、うっすらと白い線が入っていた。
あまり驚きもしなかったが、あの時の足から響いた音だけが耳の奥でまた鳴った。

あれが、人が怪我をする音か。

そんなことをぼーっと思っているうちに足にギブスを巻かれ、松葉杖を渡された。
レンタル料5000円。返却時に返金されるというが、この金額もかなり痛いものだ。

靴下どころか、ズボンもまともに履けない。
日常生活では、かなり不便。
そして何より、右足の指先が寒い。冷たい。
湯船にも入れられないのだから、清潔面もあまりよろしくないだろう。

穴の開いたあのヨレた右足の靴下が恋しい。

そんなとき、ある女子高生の足元が目にとまった。診断の受付を待っている時だ。

白い今どきなスニーカーに同じく白いソックスの足首に刺繍された赤いハートが見えている。

これがとても可愛いらしかった。

その足元から見えるハートとその女子高生のおしゃれ心にキュンとしてしまった。

制服は指定ではないようで、その子なりの着こなしをして、いかにも今の時代を物語る、青春の漂いを醸し出していた。

しかしそれでも、この子は未だ学校の決まり事や大人の事情やら人間関係やらで、私より縛りの多い場所にいるのかもしれない。それが一種のライフステージであろうと、私も同じぐらいの年齢の時だって、うんざりするようなことは沢山あった。それを考えると、この子の足元にある赤いハートは、正に心のおまじないであり、歩く度に、豊かな気持ちにさせる特別なものかもしれない。

私ももう少し、靴下に気を使ってみよう。
足を治し、何かときめいた靴下を見繕って、また江ノ電に乗ってひたすら写真を撮りに行こう。

やはり私はどこかで怪我をしてしまったことに落ち込んでいるようだった。靴下を馬鹿にしすぎて、私の箪笥の中にある靴下たちから思わぬ力が働いてしまったのか。

まぁともかく、早く治さねば。

カチカチのギブスを巻かれた哀れな右足を見下ろしつつ、しばらくその先に見える赤いハートの刺繍を見つめていた。

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