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胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第1話

【あらすじ】
 女は膣を切除された挙げ句、殺される。
〝女じゃない女〟を作る計画に巻き込まれたからだった。
 だがその真意を女自身が知る事は最期まで無かった。

 話は過去に遡る。
 男は女性が苦手だった。小さいとバカにされた経験から、ペニスを切り落とす選択をした。
 女は自分の胸が嫌で、胸を切る選択をした。
 そんな男と女は、共に自分を愛してくれる人を探していた。

 二人が出会ってから、女は徐々に心酔していく。
 相手の望むように動き、女らしくない女を目指して顔さえ焼く。
 順調に交際が進むと思った所で、突然妙な話を切り出される。
「僕と共犯になって欲しい」

 惑わされず、女の代わりに真意をご確認ください。



【女・最期】

 女は幸せだった。彼とのキスは、脳が溶けてしまうかと思う程に甘かった。
 けれど、そんな時間はすぐに終わった。押し倒された先がひんやりと冷たいだけでなく、彼の表情もまた氷のように冷たいのだと、女はようやく気が付いた。
「嘘つき男!!」
 女は死に物狂いに叫んだ。思い付く言葉で次々に罵倒していったが、手足はSMで使用するようなベルトで固定されており、もう身動きは取れなかった。これが手術台ではなくベッドの上だったら、ひょっとしたら喜べたのかもしれない。
「失礼な。君が望んだ事だろう」
 そう話す男性の声からは、罪悪感の欠片すら感じ取れない。自分の過去の言動に、何一つ間違いなど無いと本当に思っている口振りだった。
「君が理想と違っただけ」
「やめて……やめてっ! やめてよ!!」
 どんなに悲鳴を上げても、誰も来ない。夜の病院とは、こんなに寂しいものなのか。それとも病院の息子である権限を使って、彼が人払いをしたのだろうか。
「動くな、喚くな。耳障りだ」
 いつまでも叫んでいると、点滴に使う針を手の平に思い切り突き刺される。完全に穴があいたと思ったが、この痛みでも手を貫通はしていない。どうやら途中で骨に当たったらしく、先端が刺さった状態で針がぷらぷらと揺れていた。
「だから女は嫌いなんだ」
「や、やめて……」
 次に何をされるのか恐ろしくて、震える声で懇願する。けれど代わり映えはしない。新しい点滴の針が出てくるだけだった。
 それを今度こそ血管に入れられる。体に入った針と機械が繋がれると、点滴の管を通って白い薬剤が徐々に近付いてくる。過去の経験から、あれが入ってくると眠くなると知っていた。きっと今ならこれまでと違って、もう目を覚ませない気がする。いや、確実に二度と起こしてもらえない。
「ちょっと腕がチクチクしますよー」
 医者らしい優しい口調で語り掛けられる。女は何度も声を荒げたが、次第にその勢いを失った。

 〝嘘つき〟と呼ばれた彼は、女が静かになった後、彼女がまとっていた服と下着を脱がせた。彼女が小柄な体格だったお陰で、一人でも容易に足を開かせる事が出来た。
 そうして女の陰部が露わになったが、何の興奮も覚えない。むしろ女性の生殖器には嫌気が差していた。この女自体にも何も思い入れが無いので、早々に作業に取り掛かる。必要は無いけれど、何となく目に入ったポピドンヨードで陰部を消毒した。
 さて、膣を切除しよう。
これから行う処置のために気合を入れたつもりだったが、すぐに滅入った。実物を前にすると、膣だけを限局して取り除くのは難しそうだった。膣の周りには尿道やら肛門やら他の器官も付いている。一応テキストは読んできたが、産婦人科は専門外だからよく分からない。もうこうなれば、周囲の組織も一緒くたに切除してしまうのが良いと思い直した。だが肛門を触りたいとは絶対に思わない。尿道ならまだマシだから、膣と尿道をセットにして取り除く方針にしよう。
 下半身の矢状断を思い浮かべながら、膣を取り囲んで、切れ込みを入れていく。メスは先端が細い十五番。局所麻酔はしていないので、陰部の表面にメスを表面に押し付けると、赤い血がすうと浮かんできた。それも時間と共にじわじわと滲み出てきて、視界に入る量を増やしていく。その血は邪魔なので、ガーゼで時折拭いながらメスを進めた。膣の周りを切った後は、尿道の周りにもメス先を這わせる。処置を始めて数分経った頃には、膣と尿道口を切り抜くような形で一筆書きの切開線が入った。
 ただ狭い面積の中で、奥を細かく穿っていく作業は想像していたよりも面倒臭かった。メスの向きを間違えると、膣の側面に穴をあけてしまいそうだった。別に穴があいても差し支えはないのだけれども、何となく綺麗な状態で、最後にはスポンッと一塊で引き抜きたかった。
膣本体を裂かないように留意しながら、切り進めていく。メスを持っていない手の指で、切りたい場所の肉を突っ張らせて、メス刃を沈める。徐々に血で手が滑るようになって苛々してくるが、そこは我慢した。
 だがメスが二センチほど深部まで進んだ所で、再び思い直した。膣と尿道を一緒に取るのは止めよう。確かに苛々はしていたが、それだけが理由ではない。女性だと膀胱までの距離が短いから、不意に膀胱にメスが入って尿が溢れてきたら嫌だった。
 そこでメス刃の向きを変える。潔く諦めて、途中で尿道をスパッと切った。幸い、尿は零れてこない。狭い視野で膣単体を切除するのは大変だったが、尿で手元が汚れるリスクを考えると、この方がまだマシだと感じた。それに正式な手術とは違って、別に血管の結紮や神経を避ける必要も無い。時短のためにも思い切って、そこからはサクサクと進めていった。肉を切って溢れてきた血は、片手で持った吸引嘴管で吸っていく。陰部が赤く濡れても、職業柄、別にグロいともエロいとも、何も感じなかった。
 片手で切って、片手で機械を使って血の吸引をする。しばらくはそうやって切り進めたが、これまた途中で諦めた。奥へ行くにつれて肉の断面が見えにくくなった。細い吸引器具で押し退けるだけでは、肉の隙間を広げる力が不十分だった。よく見えないから、赤黒く染まってきた視界の中、何処までが膣なのか徐々に分からなくなってきた。
 そこで持っていた吸引嘴管を置いて、代わりに手を肉の隙間に突っ込む。切開して出来たその空間に指を押し入れて、膣の外側から、膣が何処まであるのかを触って確かめる。すると何となく一直線の肉の塊を指先に感じた。頭の中では不意に、スーパーで売っているブロック売りの豚肉を思い出した。
膣の外側が分かったので、今度は膣の内側からも触って確認する。膣に指を挿入するのは凄く嫌だったが、仕方無い。左右の手の指で挟みながら、膣が何処まであるのか探っていく。女性の生殖器はどうして、こんな内側がうねうねしているのか、常々疑問だった。
 深くまで指を挿入すると、膣がまだ奥の方まで続いているのが分かった。そこで外側からも膣壁らしき筋肉に触れて、確認しながらメスを入れ直す。更に深くまで切っていく。両手が塞がっているので、血が垂れ流しになる事は諦めた。
 ようやく膣の周りを切り抜ける。そこで一旦、膣が付いている肉の塊を引っ張ってみる。当たり前だが、奥にはまだ薄ピンクの――古い血を吸引していないせいで、ドス黒い赤とも表現出来るかもしれないが――そんな塊が見えた。テキスト的にはあれが子宮らしい。あれを取り出したいので、作業を続ける。
 再び膣の外側に指を突っ込んで、深い場所を触ってみた。無理矢理に指を進めていくと、ツルンとした感触の塊に指先が当たる。その肉の塊を周りから剥がしたいから、指に、ぐっ、ぐうっと力を入れる。だが指の力だけでは剥離し切れない場所があるので、そういう時は隙間にメスを入れて、周囲を切り刻んでいく。よくよく考えれば、こんな膣式子宮全摘の真似事じゃなくて、腹を切ってしまえば早かった気がするが、何度も方針を変えるのは自分の中で悔しい気持ちがある。それに今更、腹を切って腹部をえぐり直すのも手間だったので、現状のまま進める事にした。
 膣がくっついている肉の塊を引っ張りながら、子宮らしき物体も取り出していく。本当は卵巣、卵管も取り出したかったが、この方法では流石に見えない。それよりも時計を見て、彼は溜息をついた。本音としては疲れたからそろそろ休みたい。何よりこれ以上、女の体を触りたくないし、同じ空間に二人きりで居る事すら嫌だった。
そんな風に余所事を考えていると、肉がブチッと引きちぎれた。
出てきた物体を片手で掴み、宙ぶらりんの状態で観察してみる。膣と子宮。子宮らしきものは、膨らんだ三角形のような形を一応保っており、そこから細長い塊の膣もちゃんと付いていた。卵巣はホルモンを維持するという口実で、面倒臭いから体内に残しておこう。
 あとは縫合。膣と尿道周囲の肉が無くなった事で、どんなに寄せても隙間が出来てしまう。けれど別に綺麗に縫う必要は無い。女の足をピタリと閉じて、その状態で強引に縫い始めた。深めに針を刺して、肉と肉を細い糸で心ばかりに繋いでいく。それでも、どうしても数ミリの空隙があったが、もう見なかった事にした。そうして表面だけを雑に縫って、処置を終えた。
「うん。要らない」
 彼は満足気に頷いた後、女の体から取り出した膣と尿道口と子宮がくっついている肉の塊を、感染廃棄物用の段ボールの中へ放り投げた。その中には黒いビニール袋が敷かれているから血が漏れる心配もないし、わざわざ奥底にある中身を確認する人も居ないだろう。

――これで今度こそ、女だけど女ではない女が出来上がった。

 女の定義に関して言及すると難しい。身体的、精神的な側面があるから、一概には言えない。けれども、ここまで生物学的要素を排除出来たのは初めてだった。今この瞬間は、確かに心躍った。
「ふっふふーん。ミンチに挽き肉、ハンバーガー♪」
そんな苦労して仕立てた女の体も、すぐに要らなくなった。労働した分だけ勿体無くも感じたが、別にこだわりも無い。
 彼はたまに思う。自分の中には二つの人格があるのではないか。人当たりの良い青年と、頭のイカれた異常者が共存している――それが自分ではないかと。




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② 胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第2話|アサキ (note.com)
③ 胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第3話|アサキ (note.com)
胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第4話|アサキ (note.com)
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