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胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第22話

 次の女は慎重に選んだ。直接会って、そこで止めた女も何人か居た。前回の反省を踏まえて、今度は相手のキャラクターをしっかり見極める作業に時間を割いた。メッセージのやり取りを何度も繰り返して、直接会ってからも時間を十分に取った。

 そしてSNSで、ようやく次の女を見つけた。実際に会うと控え目で、性格的には太造と合いそうだった。何より従順で、人の言葉をすぐ鵜呑みにするタイプ。信じられない程、上手い具合に事は運んだ。ただ盲点だったのが、判断するための時間を長く取ってしまったせいか、女は俺に対して異様に思い入れをする節があった。まるで俺に好意があるような素振りを度々見せてきた。俺よりも太造なんて素晴らしい男をこれから紹介してあげるのに、本当に見る目が無い女だ。何か聞かれた時は、ひとまず太造の事を考えながら、中途半端な答えを返した。どう解釈するかは向こうの女次第で別に構わなかった。
 胸の切除が済んだが、それだけでは足りない。太造の理想の女になるためにも、もっと女の要素を取り除かなければならない。そこで一度、女は躊躇したが、放っておいたら自ら選択して、俺の前に再び現れた。下手に口を出すより、自発的な行動を暗に促すのが一番安全だ。
 太造の理想の女。女だけど、女じゃない女。コンプレックスから自分の胸を取り、不慮の事故で顔も失ったが、それでも健気に生きる女。うん、太造が喜びそうなキャッチコピーだ。子宮と卵巣も取ると、更に完璧な仕上がりになるが、そこまで持って行くにはまだ時間が掛かりそうだった。
 着々と準備が進む中で、何故か女が急に俺へ交際を申し込んできた。それらしき気配は感じていたが、まさか本気で言ってくるとは思わなかった。女は嫌だと言っているのに、自分だけは特別になれるとどうして考えるのか理解が出来ない。いや、そういう夢見がちな所からしても太造とは必ず合う。太造の理想の女にするのは、この子に決めた。だからこそ、下手に断れない。この女を今、手放すのは惜しい。
 だったら上手いように使おう。そのためなら、セックスくらい余裕で出来る。生でヤッて、射精して、下手をしたらこの女との子供が出来ると思うと、ぞみっとしたが、太造の理想の女を作るためなら我慢しよう。

 あとは最後、どうやって太造と女を破局させるかだったが……何の心配も要らなかった。
 あの女は本当に思惑通り、上手い具合に勝手に動いてくれた。他の男とセックスしている程度で、太造に浮気を疑わせるなんて、本当に出来た女だ。

 それでも、まだ途中段階だった。
 まだあの女には子宮がある。生物学的には十分に女。太造が望む〝女じゃない女〟になり切っていない。
 そんな中途半端な女では、太造がまだ女に理想を抱いたままかもしれない。

 だから予定通り続けた。
 最初から子宮を取るって話だったのに、女は途中で喚き始めた。それで仕方無く、強引な手段に出た。
 子宮と膣を取り出した女の体を前にしたまま、太造に電話を掛ける。
「なぁ。今度こそ、太造が好きそうな女の人が出来たんだけど」
「出来た?」
「あ、間違えた……見つけたんだって」
「……本当、もう良いって。そういうの」
 電話越しの声は疲れ切っていた。何度も女を紹介するから、もはや呆れられているかもしれない。でも、そんな情けない声も可愛らしかった。何より今度こそ、本当に助けてあげられる気がした。
「いや、でもさ……太造、本当は結婚とかしたいんじゃねーの? 子供とか」
「もういいって。それより、いつ荷物そっちに持っていっても良い? 今の家、今月中に解約するから」
 そっか。
 そっかそっかそっか。
「分かった。明日の夜とかなら、良いぞ」
「明日ね。宜しくー」
 電話を切る。アイツの声が聞こえなくなった後も、口元のニヤつきを抑えられない。
「……もう、要らねぇって」
 破局は見えていたが、念の為にと思って作った顔も胸も子宮も無い女。太造は本当に興味が無さそうだった。嫌気が差したと言った方が正しい表現かもしれない。俺が作った女をそこまで愛してくれていたなんて、こっちが感動する。確かに落ち込み具合も凄かった。そんな恋愛が浮気オチだなんて、そりゃもう恋愛なんて懲り懲りになるよな。可哀想に。
 可哀想で、可愛い太造。でもこれで、もう傷付く事は無いから安心して欲しい。本当はもっと早く、太造自身が自分で気付いて自身で判断してくれたら、俺がここまでしなくても良かったのに。この女に言ったけれど、そういう意味では確かに恨めしい部分もあった。最初から諦めて、俺と考えで最初から生きていてくれたら、こんなに手間も掛からなかったのだから。
 でも、まぁ……もういっか。済んだ話だし。
「部屋、片付けないとなぁ」
 鼻歌交じりに片付けを始める。一応取っておいたこの女も、もう不要になった。片付けよう。

『嘘つき!!』

 不意に女の言葉が耳元で蘇る。そのせいで、嫌な記憶を思い出す。
 小さい頃、母親に「次は満点を取ります」と泣きながら約束させられた。けれど結局、その次のテストでもミスをして「嘘つき」と何度も殴られた。
「……何が『好き』だか」
 反吐が出る。好きとか愛しているとか。俺も母親から「愛している、最高の子」と褒められた時もあった。その翌日には「アンタなんか生まなきゃ良かった」と罵られた事も。
 好きとか、愛しているとか、子供が欲しいとか……下らない。所詮、条件付きの愛情。見返りがあると前提だから、軽々しく口先で「好き」と言える。見返りが無ければ、きっと「好き」なんて言わない。
 本当にその人が大切だったら、愛して欲しいとか、ずっと一緒に居て私を見て欲しいとか、見返りを求める方が間違っているんじゃないのか。
 一日のほんの短い時間だけでも良いから、顔を見られれば、それで十分幸せだと思う。それ以上を求めるのは贅沢。本当に好きだったら、それ位のささやかな望みが叶えば、満足出来ると思う。
「あー……俺って思っているより、アイツが結構好きなんだな。恥ずかしい恥ずかしい」
 女に使っている鎮静を切って、代わりに致死量を満たす筋弛緩薬を打つ。追々バレたら、ここの患者さんには申し訳無いけれど、あんな院長の病院だから仕方無い。ここの院長は、俺からしたら毒親でしかない。実の子供を見捨てる奴が、赤の他人を見捨てない訳が無い。殺される前に他の病院へ転院してくれる事を祈る。って言っても、患者さんからしたら病院の評価なんて上っ面しか分からないだろうけど。



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