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胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第23話(終)

 不要になった女の体はしばらく霊安室で放置した。動物の死んだ体は一週間ほど冷蔵庫のような場所で寝かせれば、死後硬直が良い感じにとけて解体し易いと、ジビエが趣味の友達から教わっていた。勿論、その友達には人間を捌くとは言っていないけれど。
 学生時代の解剖をたまに思い出しながら、その日、要らなくなった女の体を解体した。切り込みを入れた肩を捻って関節を外す。太股は捻るだけでも大変だったが、それでも一人で黙々と作業を続けた。首は捻っても取れないので、少しずつ切っていく。子宮と膣を取り出した時とは違って、先の大きい二十二番メスで皮膚、筋、神経、血管を表層からザクザクと勢いよく切っていく。血管からはたまに、にゅるっとしたどす黒い血の塊が出てきたが気にしない。しかも今回は、もはや死んだ体。ただ切っていけば良いから楽だった。だがどうしても趣味で、輪状甲状靭帯を切りたくなった。適当に切っていると大抵ズレたのだが。
 骨こそ適当に骨ノミでカンカンと叩いて割った。腕と足もそのままだと長いので、これまた適当な長さで切った。ただ作業が雑過ぎて、途中で木の枝のように骨がメキッと折れた。皮質骨が部分的に突き出してしまう。流石に自分に刺さると嫌だったので、それはリュウエル鉗子で先端をちぎって丸めた。
 切り分けた後には、各々のパーツを何となく眺める。手足に個性は無いが、顔と胴体だけは個性的で好感が持てた。でも、それだけ。そもそもこれはあの女が全て望んだ結果なんだから。そんな事実すら弁えず、あの時に自分が〝嘘つき〟呼ばわりされたのは非常に心外だった。
「だから女は嫌いなんだ。鬱陶しい。ウザいウザいウザいウザい。ウッザいな、マジで」
 急に苛ついてきて、女の胴体にメスを突き刺す。胴体にメスが一本だけ垂直に立つと、何だか誕生日ケーキにポツリと刺さる蝋燭が思い浮かんで、少しだけ笑えた。そう言えば去年の誕生日の翌朝、太造がコンビニのチーズケーキに蝋燭を一本だけ立てて、医局で静かに祝ってくれた。ずっと病院に居た俺を気遣ってくれたのだろうが、あの時はロング明けの疲れも吹き飛んだ。本当にアイツ可愛い。せめてショートケーキ買ってこいと言ったら「これしか残ってなかった」とアイツは言った。
 アイツのお陰で、苛々していた気分が少し収まった。そこで再び目の前の作業に戻る。肉を削いで、骨と肉を分ける。内臓は医療感染性廃棄物として捨てる。赤いバイオハザードマークが描かれた段ボールと黒いビニール袋を自分で広げる。前回の時は開けたばかりの箱があったから、それを使ったが、今回は自分で新しい箱を組み立てる。いつもなら他のコメディカルがやってくれるが、こんな遅い時間では流石に自分で準備するしかない。面倒だし億劫だが、これで全てが終わると思うと、晴れやかな気分だった。
「ミンチに挽き肉、ハンバーガー♪」
 別に料理の趣味は無いが、そんな風に適当な歌を口ずさんだ。人間も解体すると、ただのバラ肉に見えた。ちなみに手術明けに焼肉に行ける医者と行けない医者が居るが、俺は行けるタイプだった。


 全てが片付いた翌月、太造が俺の家に引っ越してきた。正直、どちらかが当直とか、俺が実家の手伝いに行っているせいで、ほとんど家では顔を合わせない。
 それでも家に帰った時、綺麗に畳んである洗濯物を見ると、物凄く幸せな気持ちになった。ちなみに太造の家に残っていた女の荷物は、時期を見計らって捨てた。
「兄貴、最近機嫌良いね。何か良い事あった?」
 実家の病院で働いた後だったので、その日の晩飯は妹と一緒に外食をしていた。妹も俺も親との仲は悪かったけど、ここの兄妹仲は悪くない。
「別に良い事って訳じゃねぇけど……太造が家事半分やってくれるから、楽」
「え? 太造さんと一緒に住んでんの?」
「まぁ、そんな感じ」
「いーなー! 太造さん、優しいもんね。私もそっち行こうかな」
「無理。三人は入らない」
「えー……じゃあ太造さんだけ貰ってもいい? 太造さんって、今、彼女居るの?」
「アイツ、そういうのもう懲りたって。直前の彼女に浮気されたらしい」
「うっわ、可哀想……でも分かる! 私も前の彼氏が浮気してやがってよ。私より、受付の女の子と一緒に居る方が気が休まるって……こっちだって、好き好んで忙しくてしてないっつうの!」
 何故か突然、妹の愚痴が始まる。それもいつもの事なので、ウンウンと適当に頷いて返す。別に患者さんでも、新しい女を探している訳でもないので、今は聞き流して終わらせる。女の人の話を真剣に聞こうとすると、どうしてあんなに疲れるのだろう。でも一方的な話を聞かされて疲れるのは、男も女も同じか。
「兄貴、良い人紹介してよ!」
「やだよ。お前みたいにワガママな女に、合う男なんて居る訳ねぇだろ」
「え~……そんなつもり無いんだけどなぁ……」
 珍しく落ち込む妹と前に、ふと思い立つ。
「――作れば?」
「ん? 何を?」
「理想の男。お前が自分で。浮気しない、つか浮気出来ない男」
 半笑いで言ってみる。すると妹は顔をしかめて、向かい側の席からこちらに体を乗り出してきた。
「浮気出来ない男って……?」
 思いの外、食い付いてくる。珍しくクソ真面目な顔をしてくる妹が面白くて、逆に吹き出しそうになった。
「自分で考えろ」
「うーん……けど、何処で見つけてこれば良いと思う?」
「知らね。SNSとかに適当に落ちているので良いだろ」
「え~、せめてマッチングアプリかな。結婚に前向きな人が良いよ」
「はいはい。ま、頑張れ」
 そこに飯が運ばれてくる。会話は一区切りして、二人揃って食べ始める。
「……自分で作るかぁ……それはそれで、アリかもね」
 ポツリと呟いた妹の言葉を聞き流す。「見た目は似ていないけれど、性格がよく似ている」と太造に以前言われた言葉を思い出していた。
「そういやお前、ハンバーグの作り方って知ってる?」
「ハンバーグ? 簡単だよ。兄貴、作るの?」
「作ってみようかな。来週、太造と休み被ったし」
 でも妹の話はどうでも良いので、すぐに頭から抜ける。目の前のハンバーグを食べ進めながら、これから迎える穏やかな生活に想いを馳せていた。



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