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胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第19話

 肩の痣は太造と仲良くなったきっかけだけど、人に見られるのは未だに嫌だった。彼女とセックスする時も、上には何かを羽織ったり、部屋の電気を暗くしたりして、極力隠していた。
 話を少し戻す。その肩の火傷は母親に熱湯を掛けられたからだけど、母親が何故そこまで怒ったかと言うと、俺が算数のテストで二つミスをしたせいだった。ミスは一箇所なら許せても、二箇所は許せないらしい。その日の機嫌によって一箇所でも許されない事が多々あったけれど、俺の母親はそういう人間だった。父親は見て見ぬ振り。夫婦仲も冷め切っていたから、今となれば八つ当たりの意味も含まれていたんだと思う。早く離婚でも何でもすれば良かったのに、世間体を気にして、結局離婚したのは俺が大学生になってからだった。それでも子供二人をこさえたのだから、夫婦と言う存在は理解出来ない。好きでもない相手とだろうが子供は作れるらしい。それを知った時、家庭への憧れは一切無くなった。自分の子供が欲しいとも全く思わなくなった。
 自分の幼少期は決して穏やかな生活とは違ったが、それでも衣食住に困る事は無かった。予備校代を出して大学にも入れてくれたし、親ガチャの部類では多分当たりの方だろう。それでも当たりと思った事は無い。その考えを言わないのは、口に出したら贅沢だと罵られるから。確かに自分より貧しくて困っている人はごまんと居る。その人達からすれば、多少暴力を受けても裕福な生活を送れるのであれば、十分に当たりだろう。俺もそう思う。ただ、お陰で性格は人より歪んだ。小さい頃、託児所で玩具を貸してくれなかった年の近い男の子の頭を肘で何度も殴ったら、先生に酷く怒られた。今ならその理由が分かるが、どうして怒られたのか当時は全く分からなかった。自分がされた事を人にして、何がいけない?
 そんな素行にやや問題有りな子供時代を過ごしたが、成長するにつれて落ち着いていった。周りを見て一般的な知識を得て、常識的な振る舞いを覚えて、多分普通になっていった……と自分では思っている。

 成長にするにつれて、親からの暴力は減っていき、高校生になった頃はほとんど殴られなくなった。多分体が大きくなったのが理由だと思う。結局どの時代でも、皆弱いもの虐めが好きらしい。
 それでも家の中ではよく罵声が飛び交ったから、大学に入ると同時に家を出た。

 直前まで勉強漬けだった反動で、大学時代は遊んでばかりいた。勉強はギリギリ、夜は連日飲み会。医学部生のネームバリューもあって、女の子には困らなかった。男女の関係に期待はしていないものの、性欲が盛んな時期でもあったから絶えず彼女は作った。
 セックスは好きだった。セックスは気持ち良い。
「生理来ないんだけど……出来てたら、どうする?」
 けれど束縛されてまでセックスする価値を徐々に見出せなくなった。一通りやり終えると、ふと思う。
 これまで付き合ってきた女の子達、俺が今と違っても、好きと言ってくれただろうか。もし俺が医学部じゃなかったら? ブザイクだったら? チビでデブの陰気臭い男だったら? 短小で遅漏か早漏のイケてないチンコ持ちだったら?
 絶対寄ってこなかったと思う。たとえ中身が俺のままでも。どうせ上辺を整えたいだけだから。女の人って結局強いから、一緒に居る男は所詮ただのアクセサリーな気がする。
 真実の愛なんて無いし、運命の人なんてものも居ない。元からそういう期待を一切持っていなかったせいもあってか、たとえ形式上でも男女関係を演じる事が億劫になっていった。セックスしたいだけなら、プロの所へ行くか、オナニーで済ませた方が早い。相手が気持ち良いかどうかを常に気を使うのも、意外と面倒臭い。
 大学の頃は見栄を張って、ずっと彼女を作っていたが、卒業して臨床に出ると本格的に彼女を作る事が面倒臭くなった。同級生では、研修医同士で支え合って、今年結婚しますなんて報告してくる素晴らしいカップルも居たけれど、俺には無縁の話だった。ちなみに研修医時代に付き合っていた子とは、俺が連絡をスルーしていたら、夜中に突然キレて呼び出された挙げ句、路上で説教、更にグーでぶん殴られて別れた。俺が俺だから、俺と付き合う子も結局そういう感じの子だったんだろう。

 医者になってからも、一応たまに彼女を作ったけれど、何だか逆に落ち着かなくなった。隣に女が居ると、かえって気が散るようになっていた。
 男女が付き合うのは体裁を整えるため。本能的に自分の遺伝子を残そうとするため。でも、そうやって無理して遺伝子を残そうとするから、俺みたいに変な奴も生まれてくるんじゃないの? 人間は遺伝子に負けている気がする。自分の意思じゃなくて、遺伝子に従って恋愛して、居なくてもいい異性と一緒に生きていくだけ。

「何か疲れてない?」
「あ~……昨日、二時まで別れ話してた……」
「また?」

 女が鬱陶しくなる一方で、太造の傍に居ると変わらず楽だった。セックスしなくて良いし、下手に気を使わなくて良い。それなのに踏み込まれたくない所と、誰かに話を聞いてもらいたい所が、お互い無意識で何となく分かるから居心地が良かった。長い時間、一緒に居ても全く苦にならない存在のままだった。
 太造とは研修先から、その後の就職先まで同じだった。選んだ診療科は違っていたけれど、同じ病院の敷地内にどちらも居るから、相変わらず結構な頻度で顔を合わせる。お互い、同期では一番長い付き合いになってきた。俺がアイツと同じ所をしれっと選んでいるのも理由だろうけど。

「マジでメンドイ……太造は? 最近何かあった?」
「来月に札幌で学会。お土産買ってくるよ」
「札幌か、いいな。でもそういう話じゃねーよ」
「こっちは仕事の話しか無いって」
「えー……飲み会やるか?」
「いいよ。僕はそういうの向いてないし、興味無いし」

 そうは言っても、太造は俺とは違う。恋愛や結婚に対して、完全に興味を失った訳ではないと知っている。じゃなければ、病院へ来ている患者の家族をあんなに優しい目で、羨ましそうに見ていないだろう。本人は無自覚かもしれないけれど。
 
 学生時代の太造は、今と少し違っていた。周りに影響されて、太造自身も一応彼女を欲しそうにしていた。
 だから、そういう感じの女の子を紹介した。合いそうで、合わなそうな子を。女の子は猫を被って隠しているつもりなんだろうけれど、油断した時のちょっとした仕草や、女の子同士の噂話で何となく性格が悪い所も感じ取れる。太造がそのうちフラれそうと見通した上で、そういう子を選んだ。
 ちょっとした意地悪のつもりだった。アイツは真面目だから、彼女が出来たら彼女ばかり構うに決まっている。俺とか、友達に割く時間が減りそう。それは嫌だなぁって。

 でも、そんな事をやっても駄目。無駄だった。
 憧れているうちは、自分で誤魔化そうとしても、無意識に頭の何処かで憧れている。
 太造は多分、誰かを探している。言葉にするなら、運命の人的なもの。聞くだけで痒くなる。

――諦めたら良いのに。

 そんな人、居ないよ。
 女の人は強いから、俺達が知らず知らずに我慢をするだけ。そんな踏みにじられる人生、勿体無いよ。早く諦めたら良いのに。

 俺と太造は似ていると思う。
 けれど、似ていない所。決定的に違う所。
 俺がもう諦めているものを、太造はまだ諦め切れていない。
 それを取り除けたらなぁ……邪魔だから、本当は取り除きたい。太造が密かに持ち続けている〝憧れ〟を。



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