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胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第18話

【彼の独白】

 右肩にある痕は、小学生の時に母親から浴びせられた熱湯が原因だった。火傷で赤黒く変色した皮膚は、水泳の時間になると「カブトムシの羽の下みたいで気持ち悪い」と同級生からからかわれた。担任の先生は一度注意したが、休憩の度に二度、三度と同じ事が繰り返されると、最終的に放置するようになった。それ以降、水泳は休むようになった。水泳と言うより、水着が嫌だった。
 そのまま中高も何かしら理由を付けて水泳を休み続けたが、大学に入ってから避けられない事態に陥った。当時付き合っていた彼女やグループの友達とでナイトプールに行く事になった。俺が居ない間にかなり話が進んでおり、俺だけ行きたくないとは言い出せなかった。
 当日になってドタキャンしようと思ったが、この時の彼女がなかなか強引で、布団に籠もっている所を無理矢理連れ出された。いつの間にか水着まで買われており、結局諦めて皆で出掛ける事にした。
 水自体は嫌いじゃなかったから、久し振りのプールに少しだけテンションは上がった。けれど、右肩はやはり人前に出したくなかった。火傷は昔ほど表面がボコボコしていないし、色も薄くなっている。今ならカブトムシの腹とまでは言われないだろうが、他とは違うと今でも明らかに分かる。肩を隠すために下だけ水着に履き替えて、上は着てきたTシャツそのままの姿で更衣室を出た。
 プールに出ると案の定、Tシャツを着ている格好を突っ込まれた。
「紫外線が気になって」
「夜だよ!」
 ふざけていたら、後ろからプールに突き落とされた。それ位までは許せた。
「ねぇ、乳首立ってるの凄い気になるから脱ぎなって!」
 乳首がどうとか言って、彼女がしつこく絡んできた。鬱陶しくなってきたし、俺が怒って場を白けさすのも嫌だったから、もういいやとなって諦めて脱いだ。
 けれど脱いでからすぐに、白いパーカーが頭から降ってきた。背後のプールサイドから落ちてきたらしい。
「それ、水着用のパーカーだから、濡れても乳首は目立たないよ。寒いなら、今だけ貸してあげる」
 それが太造だった。出席番号が隣。近くに座った流れで、そのまま一緒に行動している。普通に喋るけれど、別に特段仲が良い訳じゃない。真面目で少し地味だから、俺とはタイプが違う。たまたま同じグループになっただけの奴。
「つか何で太造、そんなモン着てたんだよ」
「いや、最近腹がちょっと気になって……」
「本当だ! 太造君、ぷにぷにしてる!」
「触るのは止めてくださいよー」
 話の中心が太造に移る。皆が笑いながら太造の腹をツンツンと指でつついたり、むにっと摘んだりする。水着が腹を締め付けるから、ほんの少し肉が盛っているように見えるだけで、決してデブでは無い。でも、それをからかって楽しむ。人が複数集まると何を思ったのか、急に下さない事でふざけ始める。それは小学生でも大学生でも変わらない。昔ながらの光景を見て、内心萎えた。
 それでも、パーカーだけは有り難かった。皆が騒いでいる隙に白いパーカーに腕を通した。

「パーカー、ありがとな」
「いいよ。あんまり寒くなかったから、邪魔だったし」
 二人になったタイミングで話し掛けてみたが、それ以上の会話は続かない。日頃から仲良く話す間柄じゃないけれど、その妙な沈黙から、俺の肩を見られたと察する。向こうも気まずいのだろう。
「あ……なぁなぁ」
 何かと思えば、太造が濡れた前髪を手で掻き上げる。
「オールバック? 太造には似合わねぇな」
「そっちじゃない。こっち」
 太造が髪の付け根を指差す。薄明かりの中で目を凝らすと、生え際に隠れて分かりにくいが、三センチくらいの傷痕が見えた。
「傷? それ、どうしたんだ?」
「小さい頃、母さんにうちわで叩かれた。ほら、駅前とかで配っているうちわってプラスチックじゃん。それが途中で折れて、ザックリ突き刺さったらしくてさ」
 太造は笑みすら浮かべて話す。そんな普通の様子に、かえって俺は目を見開いた。
「……痛かった?」
「うーん……正直、よく覚えてないんだよね」
「あ、分かる。前後は何となく覚えてるけど、その瞬間って微妙なんだよな」
「ね。あれってテキスト見ると、子供の防御反応らしいね。頭やられたかと思ったけど、普通で良かったー」

 ああ、同じなんだ――そう気付いた。

「俺も肩のヤツ、母親」
「そうなの? ごめん、さっき見えた」
「いいよ、別に。古い火傷だし」
「火傷……じゃあ、俊太朗が頑張った痕か」
「何それ」

 それ以上、踏み込んだ話はしなかった。そのうち彼女や他の奴が寄ってきたので、皆でワイワイ騒いで、終わったら帰った。
 だけどそれ以来、太造とはよく喋るようになった。気が付くと、他の奴とより仲良くなっていた。彼女が何人も変わっても、グループの奴と仲違いして離れても、太造とはずっと近くに居た。
 アイツの近くは何となく居心地が良かった。あの時のパーカーは借りパクしたまま、今でもうちに有る。



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