見出し画像

胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第15話

【男・最後】

 男は困惑する反面、何処かで安堵していた。
「ある日突然、家に帰ったら誰も居ないんだけど。連絡くれたのは良いけれどさ、せめて荷物は持って帰ってくれないかなぁ」
 夜遅い医局で、古い友人を前につい愚痴を零してしまう。同棲していた彼女が帰ってこないと思ったら「ごめんなさい、他に好きな人が出来ました」とメッセージだけ送られてきた。驚いたが以前から浮気を疑っていた気持ちもあったため、青天の霹靂とまでは行かなかった。むしろ、ああやはりと妙に納得してしまった。
「そのまま終わらせて良い訳? 太造、かなりゾッコンだったじゃん。仕事終早く終わらせて、家帰りたいって連呼してたし」
「止めてくれ~。今となれば、いい年して恥ずかしい……あれは病気だったんだ……」
 正直、病気としか言いようが無い。女性はあれだけ嫌だと思っていたのに、そんな女性に恋をして、女性との結婚や家庭に束の間の夢を見た。そう自覚すると尚更複雑だった。
 初めて女と会った時、男は間違いなく恋に落ちた。友人から話は聞いていたが、酷い火傷を顔に負いながらも、それを一切隠さず、自然に振る舞う彼女の姿に衝撃を受けた。しかも彼女の瞳は心配になるほど純粋だった。多少の陰りがあるのは、火傷、あるいは胸の件が後を引いているのだろうと思った。
 胸の話もあらかじめ友人から教えられていた。自らの体にコンプレックスを持ち、それを排除しようと実行に移した様は、自分と通じるものを感じた。だが先に紹介された女の子も胸の予防切除を受けていた。友人がそういう人を立て続けに紹介してくれたのは、少し不思議だったが、彼の実家が病院である点を考慮すれば有り得ない話ではないかと思い直した。医者が患者さんに男を紹介するのはどうか思うが、実際に付き合ってしまったのだから自分は何も言えない。
「僕んちにある荷物、持っていくように伝えてよ。俊太朗(しゅんたろう)、連絡先知ってるだろ」
「めんどくせぇな……分かった。俺が荷物引き取って、渡しとくよ」
「宜しく。あ、そういやお前、患者さんの前だと自分を僕呼びなんだな。この前、病棟で会った時に初めて知った」
「ああ、あれ? 昔、先輩に言われて直したんだよ。っておいコラ、なに笑ってんだ」
「いや? 麻酔科のイケメン先生が僕呼びって、そりゃ患者さんから『可愛い』って言われるだろうなって。学生時代の彼女の取っ替え引っ替えが無かったかのように」
「あー黒歴史。止めろ止めろ!」
「仕返し」
 女の存在なんて忘れて、男は笑った。友人とこうして居ると気が休まった。相手が自分を好きかとか、自分をどう思っているかとか、裏切るのではないかとか考えるだけで疲れしまう。
「なぁ……紹介とか、マジでもういいからな」
「……そ?」
「うん。疲れた」
「んじゃ、男同士で空しく家事の分配でも決めるか」
「別に空しくて良いよ。でも翔太朗、実家の方にも行ってるんじゃないの?」
「たまにな。向こうに泊まってる時は、お前が全部家事やっといてよ」
「あのなぁ……あ、そういや実家の病院に妹さん戻ってきたんだっけ。元気?」
「元気過ぎてウザい。だから、専門医取るまでは家に戻らないって言ってあるし」
「そっか。専門医取った後、どうしようかなぁ」
 将来への悩みはアラサーのこの年になっても多々ある。だが少なくとも、恋愛面で悩む事はもう無さそうだった。今回の件で懲りた。女性に対して嫌だと言いながらも、結局、何処かで期待して、諦め切れない部分があったのかもしれない。自分と出会うために存在しているような、理想の女性は世界の何処かに居る、と。だが現実は甘くない。世界は自分を中心になんて回っていないのだから、運命の女性なんてものに都合良く出会えるはずが無い。そんな自分にとって美味しい出来事が有るはずが無い。
 男はある種、晴れやかな気分になった。友人に話したい事で全てスッキリしたらしい。恋愛は自分に合わないし、もう懲り懲りだと反芻した。やはり仕事に生きよう。
「専門医になったら、俺んちの病院来れば? 外科の先生、募集してるし」
「そこまで世話になりたくないよ」
「世話じゃないだろ。俺が戻ったって、麻酔は掛けられても手術は出来ないし。どっこいどっこいじゃん」
「うーん……まぁ考えとく」
「おう、宜しくー」



次→:胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第16話|アサキ (note.com)

←前:胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第14話|アサキ (note.com)

一覧(第1話):胸を切った彼女なら、ペニスを切り落とした僕を愛せるはずだった 第1話|アサキ (note.com)


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?