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ぽつねんとして、
2021年6月11日 21:57
七時間の立ち仕事を終え、さてハイボールを飲もうと安物のボトルを開けたのだが、誤ってスマートフォンにストレートを飲ませてしまった。彼女は突然の事態に状況が飲み込めないような顔をして、しかし次第に焦点が合わなくなっていった。たったの一口で酔っ払ってしまったようだ。私は大変疲れていたので、こんな女を介抱するのは面倒であった。望んでもいないのに眠った彼女を米びつにぶち込み、やっと一人でハイボールを飲んだ。
2021年4月30日 18:37
花かんむりを完成させたことがない。きらいな物も、きらいな人もいなかった五つの頃、自分がオンナノコであることだけが仄かなユウウツだった。足の遅いのは仕方がない。力で敵わない存在がいることを知って、悪あがきに武道を習った。髪を短く切ってもらうのがうれしかった。だって翼くんとワタルも短かった。ただ私として揺られている。毎日化粧をすることは嫌ではなくて、まぶたにオレンジを引けば、素顔よりもすてき
2021年3月31日 22:11
馬車道から歩いたまだすこし寒いねと言ってどんどん夜に近づいていくと観覧車が透けた夜の空にでしゃばっていたわたしはすこし浮かれて船の前でポーズを取って見せたiPhone8の画質わたしのSEではとうてい敵わない閉園した小さな遊園地で汚れた遊具がじっと押し黙っているそれを横目に見ながら饅頭のような月へ向かって走ったたぶん近づいてもiPhone8では写せなかったのでわたしはすこ
2021年3月12日 20:03
悲しいことにいまだ、自分のことを持ち上げる腕力はあっても重力には逆らえなかった。あれは東京タワーではなく電波塔だし、悲しいことにいまだ、人をかき分けてでないとまっすぐ歩くこともおぼつかない。二本の脚だけではどうしても不十分で、悲しいことにいまだ、徒競走ではこの世のすべてに追い抜かれていくばかりだ。それなのに他のなにかを飼い慣らそうとして、それなのにいまだ、あの小さ
2021年1月31日 21:14
すこしずつ捨てていく消耗してすりきれたものともだちがくれた古いアイエイチやいらないと言ったのに持たされた寝袋もう似合わなくなったスカートにいつかフラッグスで買ったバッグすらも変なシミひとつでいらなくなってしまったああここまで来ても結局言えずじまいだったなもういいけどだってどうせ後悔するちょっとの旅行から帰るみたいに昔のように手を振ってくれますようにまだあちこちに停留所が
2020年12月31日 17:07
ねえ明日は元気にしていますか今日はそれなり 新しい靴を買いましたきっとあなたも気に入ると思います朝と夜に野菜のスープを食べたけどあなたも明日 同じものを食べるのでしょうね昨日のあなたが作ってくれた味のうすいスープおかげで酩酊した体の調子は戻りましたところでどうしてあんなに泣いたのですかあなたは私のただひとりだけの友達そして恋人 そして私のひとり娘ただひとり 私だけのわたし
2020年11月30日 21:08
中央本線でひたすらゆられた25分19歳とハタチの若者ふたりで赤い鉄格子におおわれた駅構内はだだっ広くどんなに広くても欲しいものは見つからないこの先にドンキがあると言って好きだった人と歩いた一駅がとんでもなく長かった結局なにが欲しかったのかは思い出せないままだけどそれもチャチな思い出にすぎないもうずっと大人になってしまってから好きだったんですよねと伝えた語尾には「笑」がついている
2020年10月28日 21:07
アルコールをしこたま摂取したあとはカフェインに限る。ラーメン屋へ向かう集団に、わたしはじゃあねと手を振り先をゆく。駅の向こう側、遅くまでやっている普通のチェーン店で普通のコーヒーを一杯だけ。豆の違いなんて大人になっても分からないままだから、この二百円のやつが一番美味しい。中年の男女が色恋沙汰に声を潜めている。一緒になろうよとささやく男の声の本心を探るようにしながら、そんなつもりはないの
2020年9月30日 19:46
2020年8月17日 22:09
現実の対岸でブザーの音を三回聞いた。頭痛の夜は大概ななめになって寝るので、きっとそれがよくなかった。あの人とあの人は別々の場所に立って、たぶんわたしたちを見ていて、わたしはぼんやりとしながら、彼女たちの唯一の共通点は、わたしと弟だけなのかもしれない、などと考えていた。あのふたりの関係についてはほとんど知らない。そのどちらからも、わたしは自分と同じ血の濃い匂いを感じていたけれど、あ
2020年7月25日 18:36
すれ違っていく生物たちを嫌悪している訳ではないけれど、わたしたちは別々の種族として干渉せず暮らしていきたい。たとえばそのやわらかそうな毛並みも、ときに従順で、ときに挑発的な瞳も、薄桃色のてのひらや、実用的な牙も、ヒトのそれ以上に愛らしいと到底思えない。そもそもその手触りをよく知らない。それなのに昨日、猫を飼う夢をみた。痩せこけて汚れたちいさな猫だった。餌をやり忘れていたから
2020年6月19日 19:05
飽和状態のアレが空気をつきやぶって肌にまとわりつく、そのつめたさになんとか呼吸を再開できる。だけどあたしはマスクの中でまだ身を潜めてる。通り過ぎていく軽自動車が道路にすてきなイルミネーションを灯したので、あたしは知らない中年に笑って見せた。ひとり笑う女は不気味だったかもしれない、けれど誰も気づかなかった。十九時五分、もう眠りの針に引っかかってしまった。この水槽の外側はこの地球上
2020年5月13日 17:15
今日夢に出てきてまで叱ってくれたあなたは、一人きりで山に登っていた。その痩せた猫背とバレッタで留めた髪に触れたいと思った。名を呼ばなくても振り返る、眉をひそめて口を結んだその顔を、わたしはよく知っている。けれどそれは太陽の光がまぶしすぎたせいかもしれない。たったひとり、ひとりきりで目を覚まし、バナナと小松菜をミキサーにかけた。ひとりきりでランドリーへ向かい、回転する衣類を眺める。
2020年4月12日 20:32
うるんだ空気が彼の頬を濡らしていませんようにそんなふうに祈るのはこれが初めてかもしれない太陽のまわりをぐるりと回りきり信仰の対象がひとまわり若がえるあれに守られていた実感を終えてこれをやさしく温めたいと願った永遠なんてないと絶望したはずの一周前にわらわれるかも知れないーー偶像について