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【短編小説】 遺伝

エキゾチックなタイ料理をフレンチ風にアレンジしたレストラン。内装はレトロな感じ。

70〜80年代のデザイン。インテリアを古く見せるように加工が施されている。けれどわざとらしい印象を与えない。

品のあるレストランでサーブされる皿の1枚1枚。そこに乗ってやってくる料理のひとつひとつに品位を感じた。

メニューをメモして取っておけばよかった。

それにしてもおれはあんなにも美味しいトムヤムクンを食べたことがなかった。あの店のトムヤムクンはエビだけじゃない。さまざまな魚介で出汁を取っていて、そのバランス感覚もすさまじかった。

おれはある時点までパクチーをまったく受け付けなかった。けれど、いつの間にか食べれるようになっていた。パクチーを食べられるかどうかは、遺伝的に決まっている。という言説。あれは嘘だ。ということをおれは証明したわけだ。

もしくは、おれは遺伝を克服した。

おれは、遺伝を超克する。

出来のいい父親は、それ相応の女(母)と結婚して、そのあいだに子供(おれ)が産まれた。

どちらの家系も上流というわけではないが、中流よりもやや上のクラスで生活している親戚が多かった。

けれどもおれは落ちぶれて工場労働者として低賃金で働かされている。

おれが落ちぶれた、決定的な契機のようなものはなかった。例えば、中学校でグレてしまったとか、そういうのはなかった。おれは緩やかに落ちぶれていった。まるでそうなることがあらかじめ決定されていたかのように、敷かれたレールの上を滑って、落ちぶれていった。なによりそのことがおれの自信を喪失させたし、片親である父をひどく落胆させた。

次第に父はおれのことを相手にしないようになっていった。……おれの家族のこと、生い立ちのことを書くのはこれくらいにしておく。また順を追って、話すべき機会がやって来たら話すことにする。

とにかく、なにが言いたかったのかというと、おれはエリートの遺伝を超克して落ちぶれたのだということ!


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