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【短編小説】 眠らない工場

工場の機械は夜でも、つねに動いている。夜勤の人間(僕)はその動作を見守っている。異音を発したり煙を出したりしたら電話で報告する。材料が足りなくなったら補充する。そんな具合で僕の仕事は明け方頃まで続く。

日が昇る直前に交代がやってくる。季節にもよるが、ロッカーで作業着を脱いで工場の裏口から外に出る頃にうっすらと空が明るくなっている。

交代でやって来る人間。この人間は僕よりも長くここで働いている。黙々と働くことで工場長から評価を得ている。

機械の扱いにも慣れているので、なにかトラブルがあった場合も——僕なら電話での連絡が義務づけられているが——この人間は自分で対処してしまう。

僕は何度か挨拶したが、目も合わせてくれないこの人間を次第に無視するようになった。肌は薄黒く、無精ヒゲを蓄えている。髪も無造作だ。しかし制服だけはいやにきれいだった。

僕はロッカーで着替えるときに脱いだばかりの自分の制服をハンガーで吊るして見てみた。

袖口から肘にかけて、汚れが目立った。機械の油が付着している。油のシミはいくら洗ってもとれない。つまりあの人間は一度も制服を汚さずに作業をこなしているということだ。そんなことが可能だろうか?

ロッカールームを出て、工場の裏口近くでタバコをった。立て続けに4本は喫った。勤務中は喫煙できない。休憩はない。タイムカード上では休憩していることになっている。でも実際は休憩していない。え、休憩がないんですか、と僕は面接時に言った。

「休憩したらそのあいだは誰が機械を見るんですか」

工場長は信じられないという口調で言った。

多くの人々は週休2日に満たなかったり、残業代が出なかったりする会社なんて今どきの日本にはない、と思いこんでいる。

でも、僕が働いている町工場では当たり前のように労働基本法が遵守されない。そんな法律の存在なんて知らない、というふうである。

工場内に一歩でも立ち入れば治外法権で、前時代的な、昭和の風が吹き荒れる。

「嫌なら働かなくていいよ、うちは辞めてもらって、よそに行ってもらって構わないから」
と工場長は言った。
「やるならここに判を押して」

ほかに行くあてなんてなかった。僕は黙ってその契約書に判を押した。


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