マガジンのカバー画像

知徳体

10
武術を通じての一考察
運営しているクリエイター

記事一覧

会津物語 最終章 - 白虎隊

会津物語 最終章 - 白虎隊

会津若松と言えば、戊辰戦争や会津戦争という戦いの歴史を知らない人々でも、飯盛山における白虎隊の集団自刃を知っている人々は多いのではないでしょうか?

白虎隊自刃の場所に到着する迄に驚いたのが、ドイツ人の寄贈する碑とドイツ父子のお墓。

白虎隊のどこにドイツ人の彼等は惹かれたのか?

生き残った1人の隊士の証言で白虎隊の最期が判ったそうですが、全員が文武両道の将来有望な少年。

しかし、全員が自刃す

もっとみる
会津物語4 - 西郷頼母

会津物語4 - 西郷頼母

鶴ヶ城の後は、会津武家屋敷。

門をくぐると迎えてくれたのが、復元された西郷頼母の屋敷でした。なんと建物面積280坪、38部屋で畳の数が328畳という広大な屋敷でした。

西郷と言えば隆盛。同じ性の頼母を知ったのは、実は合気道開祖の植芝盛平が修行した武田惣角の大東流合気術が、実は会津に伝わる武術で武田惣角に教えていたのが西郷頼母。その頼母の養子となって、後の柔道講道館四天王の一人で、姿三四郎のモデ

もっとみる
会津物語3 - 鶴ヶ城

会津物語3 - 鶴ヶ城

七日町を後にして向かったのが鶴ヶ城。
訪れたのが、夏休み最終日の8月31日だったのですが、旧暦との違いがあっても、偶然とは言え会津の人々が籠城して新政府軍に立ち向かったのが、8月末でした。

当初長州藩の大村益次郎は、仙台、米沢を攻撃する主張に対して、土佐藩の板垣退助が会津への攻撃を主張し、旧暦8月23日(新暦2024年10月8日)に城下に突入しました。

しかし、籠城戦に対して在府中の大村益次郎

もっとみる
会津物語2 - ならぬものはなりませぬ

会津物語2 - ならぬものはなりませぬ

会津若松市内散策

先ずは会津の空気に触れようと思い、1日バス乗車券で駅前から市内散策に出かけました。

最初に下車したのが七日町。

古い街道雰囲気が残る通りを散歩。松蔭も逗留したという宿、新撰組を讃えるお店、豪商の家跡から野口英世の青春通りなど昔の佇まいが残って居ます。

感動したのが会津若松駅前だけでなく、街中のそこかしこに「あいづっこ宣言」が掲げられている事でした。会津の小学校では、今だに

もっとみる
会津物語

会津物語

何故東北戦争?

理由もなく行ってみたい場所ってありますか?私は在米中から気になり始めていた場所が、実は幾つかあります。

1. 鹿島神宮、香取神宮

2. 高野山

3. 会津若松
4. 熊野古道
5. 出雲

1は2年前、2は今春。そして、やっと3の会津若松に今年8月末に訪れる事が出来ました。

歴史が好きな私ですが、幕末の戊辰戦争で合点のいかない、心の隅のわだかまりが、ずっとありました。

もっとみる
コツを覚える|武術から学ぶビジネスのイロハ

コツを覚える|武術から学ぶビジネスのイロハ

少林寺拳法の基本の大切さを説くのに「コツを覚える」の話する事があります。

「コツ」は骨という漢字が当字に出来ます。

頭で解ったと実際出来るは別物です。

何度も繰り返し稽古し、筋肉が覚え、それを通り越して「骨身に染みる」ほどになって初めて「コツ」を覚えるに至り、技を使いこなせるようになる。そこまで至らないと所謂「骨抜き」です。

これは武術や芸事の世界だけでなく、日常生活や仕事にも共通すると思

もっとみる
薩摩の教えと起業家精神

薩摩の教えと起業家精神

薩摩の教えに下記の「男の順序」というものがあります。

シアトル日本祭に薬丸自顕流の一行が演武に来訪され、その後1週間、湖の辺りでマンツーマンで自顕流を膝が笑うほど稽古させてもらう機会がありました。

猿叫と云われる奇声をあげながら、ただひたすらに蜻蛉の構えから打ち続ける。そうするといつの間か頭の中が真っ白になり、反射的に猿叫をあげ叩き続ける自分がいました。

幼少から毎日繰り返し鍛錬して育つと、

もっとみる
大愚|AI vs. 知徳体

大愚|AI vs. 知徳体

Chat GPT開発を一時的に中断すべきとまで言われていたAIの倫理課題。

薬にもなれば毒にもなる

どちらに出来るかは、人間の理性が拠り所となるのではないでしょうか?

知的労働は、AIがとって変わるものが増えるでしょうが、「徳」は如何でしょうか? そして、「知」と「徳」を繋げるのが「体」になると捉えています。AIには体はなく、人間が持つもの。

先日、何十年振りかに障子の張替えしました。最初

もっとみる
武士道とは

武士道とは

長い米国生活の間、日本人と見るとすぐに「Samurai」について聞かれるし、武術稽古していることもあり自然と向き合う課題でした。

武士道と云ふは死ぬ事とみつけたり

葉隠の有名な一節ですね。

以前は、

戦などに際して死ぬことを恐れず、
何時死んでも悔いを残さない心持ちで
生死をかけて過ごす心構え

と解釈していました。

しかし、

「死ぬこととみつけたり」は、
「生きることを大切にする」

もっとみる
道と術

道と術

「武道」である前に「武術」である事が大切だと思います。

術が道になったのは、戦後GHQ占領政策で武術禁止令からの復活に関係があるとも言われています。昔は剣術、柔術、合気術と言われていたのが、今日では剣道、柔道、合気道と呼ばれています。

武術の先に武道があります。先ずは身体動かして術の鍛錬。術が出来ず、精神修養のお題目唱えるだけで道に到達はあり得ません。

心身一如を通じて判る悟りの境地。禅の世

もっとみる