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あなたの好きだった…あなたの好きな…

人は笑いによって沢山の感情が芽生える。
時に笑いは新しい出会いも与えてくれる。

私は昔、少し体が弱く病院に入院していた時期があった。
大きい病院だったので子供が遊べる小さな小部屋があった。
そこにはお笑いが大好きな中2の女子がいた。
その子は後2週間で退院すると言っていた。
お笑いの話をたくさんしていて、
「私はこの芸人さんが好きで応援しているから死ねないんだ」
と言っていた。
その芸人は「サンドイッチマン」
誰でも知ってるような芸人だ。
ライブの映像を何度も見ているらしく、私たちは毎日のようにライブを見ながら雑談をしていた。
ネタを見ている時の彼女はとてもかわいく、病気のことなんて忘れているようだった。
ある日のことだ、朝起きてから子供部屋に向かっていると行く途中で見たことのある女の子がうずくまり、唸っていた。
彼女だった。
あと2週間で退院する予定で、病名もわからない、名前も知らない彼女だった。その手には彼女のスマホがあった。
看護婦を呼んでくる間に声が無くなっていた。
走っていったので私も咳込んでしまい、状況を看護婦に説明するのに時間がかかった。
とにかく走った。看護婦の白衣を掴んで。
彼女にもう一度笑ってほしかったから…あの笑顔がまた見たかったから。

その夜、私は看護婦に呼び出された。
彼女は2週間後に手術を受ける予定だった。
成功するかもわからない。だから私に嘘をついていた。
ショックだったが、優しい嘘にツッコミと似たものを感じた。
別の部屋に移動になり、あの子供部屋に彼女が自分の足で行くことが危険とされたことで私が彼女に会える頻度は少なくなった。
私の頭の中では彼女の倒れていた時の姿が映っていた。
寝ている時も、食事中も、何をしている時もだ。
彼女の手術は前倒しされ、症状の重症化で余命2か月と下された。
手術によって、軽くなって2か月だ。

私も退院の時期になった。
これで会えるのは後2回だ。
彼女は部屋に行けば笑っていた。
以前はつけていなかった酸素マスクのような物から見える彼女の笑った顔は無理をしているのが分かるほどだった。
無理もない。余命宣言までされたのだ、精神的に不安定に決まっている。
だが彼女はまだお笑いを見て笑っていた。
その笑い方は以前と変わらず、私が惚れ惚れする表情だった。
画面の中でサンドイッチマンがまだネタをしている。
元気になった私と、悪化した彼女との2人きりの空間だった。
不思議な感覚だった。本当ならあと何回会えるかで悲しい時期なのに、
安心感のような、以前不安だった頃に彼女に会った時と同じ感覚があった。
彼女が笑っていて、私も彼女も不安じゃない。
それでいいじゃないか。
その夜、彼女の容体は悪化して亡くなった。
ショックだったが、驚きもない。
最後の時間を俺と一緒に過ごしてくれて、
最後まで俺の前で笑ってくれた彼女は幸せだったから死ねたんだ。
そんな考えが私の中で確立されていった。

彼女は好きなものをやって、十分に満足して亡くなった。
だが私に一つの後悔があった。
あの時、彼女が倒れた時に息切れているのではなく…
励ましの声と共に、笑いを与えてあげられたのならば、
どれだけ幸せだったか、気が楽になったのだろうか…

お笑いで彼女は余命を伸ばした。
余命2週間だったのだろう。
手術が成功する確率がなかったようなものだったから。
その運命を、笑うことによって変えたのだ、
私は彼女のことを一度も笑わせることもできなかった。
いつも私を笑わせてくれているのは彼女の笑顔だった。
富澤さんのボケと、伊達さんのツッコミによって、
彼女は魔法をかけられたように笑顔になり、
その笑顔によって私は笑顔になっていた。

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