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戦うのではなく闘う

「少年ジャンプに登場するキャラクターは戦っているのではなく闘っているのです。なので全てのセリフを修正してもらっていいですか?」

この指示を初めて受けたのは集英社の会議室で行われる監修会の席でした。

もう20年くらい前の話です。

意味わかりますか?

ゲーム内のシナリオに記載された全ての「戦う」というテキストを「闘う」という文字に修正変更してください、という指摘でした。

その頃の私は少年ジャンプにそうした決まりというかルールが存在していたことを知らなくて聞き返してしまいました。

「???え、どういう意味ですか?」ってね。

すると当時の編集担当者はこう答えました。

「あのね、少年ジャンプで連載されている漫画の中の登場人物たちは闘争することや競い合うことはあっても、戦争はしないんですよ?もっとちゃんと読み込んでもらっていいですか?松山さん」

そう言われて(心の中で)さすがにクワッとなって

「いやいや、こないだのナルトとサスケの会話の中にも出てたでしょ!?」

「ほら、ここ!」

と単行本の8巻を開いて該当ページをバッと出したら

「オレはお前とも闘いたい」

って書いてありました。

「あ、はい、すいません……全部、修正させていただきます」

完全に知らない話でした。また一つ勉強になった!と思いながら会社に戻ったあとに全社的に共有して、それ以後サイバーコネクトツーで制作する作品は『NARUTO-ナルト-』に限らず基本的に「闘う」で統一することになりました。

厳密な話をしてしまうと「戦う」と「闘う」の意味は以下の通りです。

戦う:武力を用いて互いに争うこと・戦争すること

闘う:対立するもの同士の争い・苦痛や障害を乗り越えること

言われて初めて納得しましたし、自分でもちゃんと意味を調べ直して「なるほど」と腑に落ちました。

「セリフや漢字の表現ひとつとってもここまでのこだわりを持って漫画を作っていたのか、やっぱり少年ジャンプは凄い!」

と改めて惚れ直しました。

と、いう感じでめっちゃ感心した話を今回はお届けしました……ということではありません。

今回の記事は更に「その先」がテーマとなっているのです。

「その先」というのはその後の話であって現在に繋がる話です。

順を追っていきますね。

*****

まず、今この記事を読んでいる少年ジャンプ界隈の漫画家さんや関係者の皆さんで「え?なにそれ、そんなルール聞いたこと無いよ?」って思われている方いらっしゃいませんか?

そう、問題はそこなんです。

事実、サイバーコネクトツーはこの20年くらい「闘う」の表記を守り続けてきてバンダイナムコエンターテインメントの新しい担当者がやって来るたびに「いや、少年ジャンプ作品は『戦う』は『闘う』と表記するルールなんですよ」と伝え続けてきました。

しかし、少年ジャンプで連載されていた漫画家さんにお会いした時にこの話をしても「え?ボク一度もそんなこと言われてないですよ?実際に漫画の中でも『戦う』って書いてますよ?ほら?」って言われて、実際に見ると『戦う』と表記されていたのです。

「……あれ?」

そして更にその後に少年ジャンプ編集部の若い人と会った時にも

「『闘う』ルール?なんですか?それ?そんなの聞いたこと無いですよ」

って言われてしまったのです。

「え?いや、だって、ウチ、前に御社に言われてそのルールをずっと守ってゲーム作って、え、いや、え?無いんですか?ルール……」

と、恐る恐る尋ね直すと

「だから無いって、そんなルール、つか『NARUTO-ナルト-』だって作中で第四次忍界大戦を描いておいて『戦争はしない』も無いでしょ?戦争してんじゃん!他の漫画だってフツーに『戦う』という表現使ってますよ?」

って言われて頭の中でガーーーーーーンってなりました。

コレ実は先日の話なのです。そう、めっちゃ最近の話です。

要するに『そんなルールは存在しなかった』という話です。

じゃあ、あの時(20年前)に言われた『闘う』表記ルールは何だったのか?

「まぁその時その時で考えていることも方針も変わりますからね、少なくともその時の担当者はそういうこだわりを持っていたのかもしれませんが、あくまでその人の中のルールですよ、それ」

と言われて再びショックを受けたのでした。

ガーーーーーーーーーーーーーーーーーン(再び)

そして現在。私は今もスタッフと共に色んなゲームソフトを作っていますし、そのシナリオもチェックします。そして自分でも日々文章を書きますし、マンガの原作だってやっています。

その時に「戦う」という表記を見つけてはジッと考えてからそっと「闘う」に修正してしまっているのです。

なんか生まれて初めて見た相手を親だと思い込んでついていくひな鳥のような感覚になっています。うん、例えが下手ですいません。ショックすぎてもう上手く表現できていません。

なんか、そういうのって無いですか?みなさん。

後から「そうじゃない、そうじゃなくてもいい」とわかったとしても長年刷り込まれたルールに縛られてしまうことって、無いですか?

私は(サイバーコネクトツー含めて)おかげさまで完全に『闘う』の呪いにかかっていますよ。

もう書けないもん、『戦う』って。

どーしてくれんのよー、って思って先日その『闘う』ルールを私に直接言った当時の編集担当とお会いした時にそのことを伝えたら

「??なにそれ?そんなこと言いましたっけ?」

って言われて

ガーーーーーーーーーーーーーーーーーン(3回目)

って頭の中でとてつもないサイズの鐘が鳴りましたとさ。

-おしまい-

なんかこうして振り返るとただの笑い話みたいになってしまいましたが、『闘う』の呪いが解けたわけではありませんからね。

今回の件で私が得られた教訓は「なんでもかんでも鵜呑みにするな、少しは疑え」ということであり、妄信は楽な反面こうして簡単に呪いへと変化するぞ、ってことだ。(談:貝木泥舟)

さて後半部分は【実は他にもこんな『呪い』が存在します!】ってやつを(この際だから)一挙に公開していきたいと思います。

せっかくなのでゲーム業界におけるレーティング問題とその対策についても触れていこうと思います。

*****

『修行』ではなくて『修業』

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