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短編小説☀️🔢経済学者🤔

(1)

「君たち!この前頼んでおいたデータの収集とその計量分析は終わったかな?」
E教授は、社交辞令的な挨拶はいっさいせず、いつものように単刀直入に用件を伝えた。
 私たち大学院生は、E教授に意見することは許されない。大学院生とは、常に微妙な立場にある。自分の論文作成だけでも忙しいのに、教授の研究の下準備をしなければならない。

 本来は自分の研究にだけ全力投球したい。しかし、仮に自分の論文を完璧に仕上げたとしても、その論文を査読するのは担当教授である。自分の論文を通して学位を得るためには、教授の言うことに逆らってはならない。

「すみません、まだデータの収集が終わっていません。あと2~3日、お待ちいただくことは可能でしょうか?」
私は恐る恐る教授に尋ねた。

「なに寝言を言っているんだね?本来なら今日までに計量分析まで終わっていなけりゃいけないのだよ」
教授は怒鳴った。しかし、できていないものをできたとは、流石に言うことはできない。

「申し訳ないことです。すみませんでした。できるだけ急ぎます。申し訳ないです」
私たちは平謝りするほかなかった。

 教授は私たちの弁明を最後まで聞くことなく、ドアをバタンと閉めて出ていった。

(2)

明くる日の午前、学校で教授に出くわしてしまった。
「で、君!。昨日私が帰ったあと、どこまでデータ分析を進めたのかね?」
教授は苛立ちながら、私に尋ねた。
「えっと、昨日はもう遅かったので、そのまま皆、帰宅しました。夕飯も食べずに研究を続けていましたから。皆、限界に近いのです」
私の言葉を聞くや否や、E教授の顔がみるみる鬼の形相になった。
「君たちはふざけているのかね?そんなことでは、学位を与えるわけにはいかないな」
「すみません。急ぎます。申し訳ございません」
教授はそそくさとカフェテリアのほうへ向かって行った。

(3)

「本日は、経済学に新しい行列式、マトリックス分析を考案いたしましたE教授の研究発表会にお集まりいただき、誠にありがとうございます」
 司会者の声がホールに鳴り響いた。「では、E教授、よろしくお願いいたします」

 教授の研究発表会に私たちも招かれた。なんとかギリギリ発表会までに研究成果をまとめることができた。
 私たちの計量分析をもとに、これからE教授が発表する。私たち大学院生は、教授の研究発表前の苦労を噛み締めながら、教授の言葉を待った。今までの苦労が報われる瞬間である。嫌なことも多かったが、私たちの喜びの瞬間でもあった。

「我々の分析結果によると...」
そう話し始めたとたん、E教授は教壇に倒れこんでしまった。

(4)

 皆、E教授のもとに駆け寄った。かろうじて呼吸はしていた。そのまま、E教授は救急車で病院に運ばれてしまった。
 E教授を担当した医師によると、E教授は軽い認知症だったようだ。自分の記憶が消えていってしまう前に、なんとか研究成果を発表したかったのだろう。
 直接の原因は、前日の深酒だったらしい。呼気からは強いアルコールが検出されたとのことである。当分、職場復帰はできそうにない。

 私たち大学院生は、新しい研究室を探さなければならなかった。



おしまい
 

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