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短編小説「もしかしたら」

(1)

学校の講義が終わって帰宅したとき、ちょうど電話が鳴った。

「わかるかな、わたし。この前、成人式のときに会った由紀だけど」
「ああ、由紀か。もちろん。この前はどうも。で、今日は?」
「突然の電話でごめんね。落ち着いて聞いてほしいんだけど。貴史が亡くなったの」
「えっ、貴史って、あの貴史が」

僕は驚いた。というのも貴史とも成人式のときに会っていたからだ。
その後、由紀となにを話したのかよく覚えていない。ただ、来週の葬儀の日程をメモしておいた。

(2)

貴史の家の前には、制服を着た大勢の中学生の姿が見えた。貴史の家は、僕たちの通っていた中学校から近い。わずか20歳で亡くなったのだから、かわいそうに思った人も多かったのだろう。
初めての葬式が、貴史の葬式になるとは、夢想だにしていなかった。

「あ、由紀。この前は電話してくれてありがとう」
由紀は僕に軽く会釈しただけだった。
僕は焼香をあげる列の一番後ろに並んだ。

しばらく待ったあと、順番がまわってきた。貴史の両親と、そのとなりに若い女性が泣きながらすわっていた。
「えっ、まさか!」
僕は思わず声をあげそうになった。中学生のとき、僕と付き合っていた香だったからだ。

(3)

僕は進学校の男子校に行ったから、中学校を卒業したあと、香とはずっと会うことはなかった。

中学生の最後の頃は、受験でみんなバタバタしていたから、誰がどこの高校に進学したのか、よくわからなかった。
しかし、僕が高校2年生の頃、風の噂で、貴史と香が付き合っていることを知った。

香とは、中学を卒業するとき、ちゃんとお別れをしたわけではなく、何となくフェードアウトしたような感じだった。だから僕は香とまだ、半分付き合っているような感覚だった。何となく妙な気持ちになった。
貴史と香が付き合っているのか。

(4)

それから、僕は地元を離れ、地方の大学に進学した。

恋愛にまったく興味がないと言えば嘘になるが、僕は恋愛よりも勉強が好きだった。だから、高校2年生のとき、貴史と香が付き合っていると聞かされたときも、多少心が動いたが、あまり気にはしていなかった。

大学も理系の学科だったから、女子もそう多くはなかった。僕はひたすら、勉強と学問、研究に明け暮れていた。

(5)

貴史の葬式が終わってから、半年が過ぎた。今年の正月は、なんとなく、実家に帰りたくなった。もしかしたら、心の奥底では、いまだに貴史のことが気になっているのだろう。いや、正直に言おう。貴史のことより、香と由紀のことが気になっていたのだ。

とはいっても、貴史という現在の彼氏を失った香と、その香の元カレである僕が会う大義名分はなかった。
僕は、あの時、電話で話して以来、なにも話していない由紀と、何らかの理由を見つけて話ができないものか、懸命に考えた。

由紀とどうしても会わなくてはならない理由なんてあるはずはなかった。僕は明日、アパートに帰るつもりだ。

(6)

次の日、僕は、大学の街へ戻る準備を整えて、駅に向かって歩いていた。駅に着き、切符を買おうとしていたとき、由紀に声をかけられた。

「偶然だね。もしかして、これから帰るところだった?急ぎじゃなかったら、私、ちょっと、話したいことがあるんだけど。ダメかな?」

「いや、ほんと偶然だね。切符はまだ買ってないし、今日中に着けばいいって感じだから。」

「そう、よかった。そんなに私も長い話をするつもりはないんだ。言おうかどうか、迷いに迷ったんだけど、やっぱり私自身のために伝えておきたいと思って」

僕たちは、駅近くの公園のブランコにのって話し始めた。

(7)

由紀は深呼吸してからこう言った。

「遅ればせながら、告白するね。私、ずっと、ヒロ君のこと、好きだった。中学生のときから、ずっと」

「えっ、僕のことを?」

「ヒロ君って、ほんとに鈍感だよね。悲しくなるくらい」

僕は返答できなかった。たくさんの「なぜ?」が頭を駆け巡った。

「やっぱり、なんにも気づいてなかったんだね。だいたい、貴史が亡くなって私がヒロ君に電話したとき、気がつかなかったの?」

「というと」僕は声を絞り出した。

「だからぁ、貴史が亡くなって私が電話したのは、ヒロ君と話がしたかったからなの。ほんとだったら、別に私がヒロ君に電話する必要なんてなかったの。」

由紀は苛立ちながら語り続けた。

(8)

僕と香は、学校から家へ帰る方向が同じだった。しかし、さすがに校門を出て、そこから一緒に家まで帰ることは、人目が気になってできなかった。だから、香と僕はいつも、帰り道の途中で落ち合ってから一緒に家まで歩いていた。

今になって思い返すと、香と僕は「なんとなく」の関係だった。幼なじみだから、香のことを特別な女の子としては見ていなかったのかもしれない。

僕と香が付き合っていることは、誰も知らないと思っていた。しかし、由紀の話によると、誰も知らない人がいないくらい噂になっていたそうだ。

由紀も、僕と香が、正真正銘の彼・彼女の関係だと思っていた。だから、僕に告白することをずっとためらっていたらしい。

(9)

由紀は話し続けた。

「貴史はね、ヒロ君と香が付き合っていたことを、中学生のときからずっと気にしてた。でも、香のことが好きだから、ほんとはもっと上の高校に行けたのに、香と同じ高校に行ったんだよ」

僕は黙って由紀の話を聞き続けた。

「私は、高校の頃、たまたま貴史と香が一緒にいるところを見かけて、二人が付き合っていることを知ったんだ。だったら、ヒロ君には彼女がいないんじゃないかって思って。」

「ほんとはね、ヒロ君が大学に行く前に告白しておけばよかったのかもしれない。だけど、ヒロ君は、香に対してもそうだったけど、いつも女の子にあいまいな態度しかとってくれないよね?」

僕は何も言えなかった。

「ごめんね、一方的にしゃべっちゃって。正直に言うね。貴史が亡くなったとき、香とヒロくんが、また、よりを戻したら、もう本当にヒロ君に告白できなくなるんじゃないかって思って」

「不謹慎なのはわかってるし、同級生の貴史が亡くなったのは悲しい出来事だけど、ヒロ君に告白するチャンスだって思っちゃった」

僕には、予想外過ぎて、話がよく飲み込めなかった。

(10)

結局その日、僕は帰らず、実家にとどまった。
由紀の話がすべて真実だとは思わない。しかし、そういえば、貴史はなぜ亡くなったのだろう?すべては藪の中だった。

由紀から聞いた貴史の死因は次の通りである。

「成人式が終わってから数ヵ月後、貴史は急に腹痛になり、病院に運ばれ、そのまま息を引きとった」と。

あまり、深く考えたくなかったし、深く考えても仕方ないことだと思っていた。
けれど、今、普通に考えて、前日までピンピンしていた二十歳の若者が、次の日に「腹痛」で死ぬなんてことがあるだろうか?

僕にはよくわからない。けれど、「もしかしたら」と考えたら恐ろしくなった。


おしまい


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