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長編小説

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私の長編小説をおさめるマガジン。
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記事一覧

連載小説⑪漂着ちゃん

連載小説⑪漂着ちゃん

 私はこの1年の間、1度も収容所の外に出ることはなかった。というより、出ることを許可されなかった。ナオミとヨブには申し訳ないが、彼女らといっしょにいるよりは外の自由な空気を吸うことを欲するようになった。

 エレベーターを使えばいちばん下の階までは行けるが、出口は1つしかない。監視が厳しい。常駐している守衛が複数人いる。となると、私の選択肢は限られていた。そう、53階の自室から飛び降りることだった

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連載小説⑩漂着ちゃん

連載小説⑩漂着ちゃん

 1年後、ナオミと私との間に男の子が生まれた。自ら死を選ぼうとしていた者が人の子の親になるとは、自分でも驚きであった。ナオミは子どもを溺愛するようになった。いつしか、私のことを「お父さん」と呼ぶようになっていた。

「お父さん、この子の名前なんだけどね、私、ヨブにしたいと思うの」

「ヨブって、聖書の…」

「そう、ヨブ記のヨブよ」

「なぜだ?苦難の連続だった人物じゃないか!」
 私はどうして

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連載小説⑨漂着ちゃん

連載小説⑨漂着ちゃん

 収容所53階で、ナオミと私との二人きりの生活が始まって1ヶ月が過ぎた。最初はお互いになにを言っているのか分からなかったが、共同生活を始めて1週間が過ぎた頃から、必要最低限の意志疎通はできるようになった。二人の話す言語が相互に異なるものだったなら、こんなにも早く習得することはできなかっただろう。

「先生、今日も私、かわいいかな?」

 ナオミは私のことを「先生」と呼ぶ。年齢が離れているし、ナオミ

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連載小説⑧漂着ちゃん

連載小説⑧漂着ちゃん

 目の前には、あの時の少女が立っていた。私にとっては再会であるが、この子にとっては初対面だった。しかし、私を見ると微笑んだ。可愛かった。

「では、私はここでお暇させていただきます。あとはお二人でごゆっくり」 

「エヴァ、どういう意味だい?この子と私が二人だけ?」

「はい、この町のルールでは、発見者が『漂着ちゃん』の世話係をすることになっています」

「世話とは?」

「『漂着ちゃん』は、現代

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連載小説⑦漂着ちゃん

連載小説⑦漂着ちゃん

 私はエヴァとともに、収容所へ向かうことになった。私が外へ出るのは、数日ぶりのことだった。
 しかし、あの日、最後に見た光景とは似ても似つかぬものだった。

「エヴァ、ここはどこなんだ?私が最後にいた場所とは違うようだが…」

「ここの細かいロケーションはお伝えすることはできません。『漂着ちゃん』のことは機密事項なのです。いま言えるのは、『日本のどこか』ということだけです」

「それもそうですね。

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連載小説⑥漂着ちゃん

連載小説⑥漂着ちゃん

「エヴァさん、もう1つの有力な仮説というのはいったいなんでしょう?」

「はい、私たちはもしかしたら、未来からやって来たのかもしれません」

 私は驚くと同時に半信半疑になった。さっき過去からやって来たと言ったばかりではないか?

「それじゃあ、さっきの説明と真逆ではありませんか?過去から来たと言ったり、未来から来たと言ったり。そもそも未来から来たという話はどこから出て来たのですか?」

「そうで

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連載小説⑤漂着ちゃん

連載小説⑤漂着ちゃん

「どういうことです?千年以上年上だというのは?」

 さっきまで老婆だった女は私を一瞥すると、伏し目がちにゆっくりと話し始めた。

「千年以上というのは、そのままの意味です。実は私にも、ここへ来たハッキリした経緯は分かりません。しかし、推定されることをこれから話しましょう」

 それから、彼女は私の目を見ながら、ゆっくりと考えながら、ポツリポツリと話し始めた。

「私がこの町で発見されたのは、今か

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連載小説④漂着ちゃん

連載小説④漂着ちゃん

 明くる朝、目が覚めると、老婆が私のとなりに眠っていることに気がついた。一瞬ギョッとしたが、体を寄せてみると妙な違和感を覚えた。

 この感触は…?!

 そうだ。私があの女の子を背負った時に感じた感触と同じであった。私は「まさか?!」と思いつつ、老婆の胸に手を伸ばした。

 老婆の胸に手を当て、その鼓動を感じた時、「間違いない!あの女の子だ」と確信した。

 その時である。

「ふふふ、あなたも

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連載小説③漂着ちゃん

連載小説③漂着ちゃん

 私はまだ、自分が救った女の子には会えなかった。どんな事情があるのか詳細は分からないが、この町には何か大きな秘密があるようだ。

 同じ日本語なのに、私たちには理解出来ない日本語というものがあるのだろうか?

 それはともかく、ここにいると時間の流れを忘れることができる。私はそもそもこの世に絶望してここにやって来た。そして自殺しようとしていた。

 あの山で川に漂着した女の子を発見していなかったな

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連載小説②漂着ちゃん

連載小説②漂着ちゃん

 
 いったいどれくらい眠ったのだろう?

 目が覚めると、目の前には老婆がいた。

「あぁ、起きましたか?ゆっくりできたようで良かったですね」

「はい、おかげさまでだいぶ疲れがとれました。で、あの女の子は今どこに?」

「あぁ、あの子は、とある収容所で眠らせていますよ」

「収容所というのは?」

「じゃあ、そろそろ、この地域で少女が川で発見されるようになった経緯をお話しましょうか。まぁ、その

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連載小説①漂着ちゃん

連載小説①漂着ちゃん

 リュックサックにロープだけ入れて山を目指した。日に数人しか利用客がいないような駅だったらどこでも良かった。駅周辺には、数件の家屋しか見えない。そこに魅力を感じたから下車した。

 細い道が一本あって山頂へとつづいている。けもの道だろう。だったらなおさら好都合だ。道なりに進んで行った。それにしても長い道である。もうすでに人家はひとつも見えなくなっていた。なのに道はどこまでもつづく。

 何時間歩き

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🍂お別れのとき🍂 | #itioshi

🍂お別れのとき🍂 | #itioshi

 三羽烏さんの「#itioshi」企画への応募記事になります。

 何度か再掲した短編小説ですが、やはり1番思い入れのある物語です。
 リライトしたこともありますが、今回は1番最初に投稿した「#お別れのとき」を掲載します。noteを始めてから3ヶ月くらいの時に書いた記事が、いまだに自分の中の「いちおし」の作品なのは少し情けない気もしますが、やっぱりこれ以上の作品は書けていないなと思っています。
 

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短編 | 永遠のふたり

短編 | 永遠のふたり

「もしもし、優奈さんでしょうか?」

 金曜の夜、電話が鳴った。聞き覚えのある声だったが誰だか思い出せない。しかし、懐かしい。

「はい、優奈ですが、あの…」

「突然の電話をしてしまって。わたしはヒロキの母ですが」

「あぁ、ヒロキ君って、私が小さい頃によく遊んでくれたヒロキ君でしょうか?」

 ヒロキ君は私が保育園にいたとき、いつも一緒に遊んでくれた男の子だ。けれども、突然ヒロキ君は保育園をや

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なんか、さゆらりっているなって。。。

なんか、さゆらりっているなって。。。


なんか僕は今、さゆらりっている。

たくさん話したいのに、話したいことがない。
たくさん人の話を聞きたいのに、なにも聞きたくない。

悩み事がいっぱいあるが、その解決法は分かっている。気持ちひとつがパッと変われば、嘘のように解消される悩み事なのに、最初の一歩を踏み出したくない。踏み出せば解決に近づくことは分かっているのに。。。

誰かの声掛けひとつで変わるのは間違いないのに、掛け声を聞いてしまっ

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