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「AIネイティブ」が国家を壊す件(その1)

▼新井紀子氏(国立情報学研究所情報社会相関系教授)が「AIネイティブ」という言葉を提唱している。

今の中学生以上を「デジタルネイティブ」とすれば、さらに下の世代を指す。どういう世代だろうか? 

2018年9月28日付の朝日新聞広告特集から。SAPIX YOZEMI GROUPの髙宮敏郎共同代表との対談。サピックスは、日本で今いちばん勢いのある塾だ。

新井 たとえばネットで動画を見ると、こも好きなはずだとAIが関連動画を教えてくれる。買い物をすると、一緒に売れているのはこの商品ですと薦めてくれる。自力で何かを探す必要がなく、レコメンド(推薦)された中から選択するだけの人生で、人としての基盤的知性を持ちうるのか。そのことをとても心配しています。

髙宮 みんながそれを繰り返していけば、消費も生産も最大公約数的なところに集中していきますよね。つまりAIは人間を、あるいは社会全体をひとつの方向に寄せていこうとする。

新井 そうするのが一番コスト効率が良いので、短期最適化すれば必ずそうなります。しかし多様性をなくした社会は活力を失い、長期的に見れば生産性も低下していく。そうさせないためには、いかにAIが囲い込もうとする枠(わく)の外に出るか、いかに抗(あらが)うかが重要なんです。〉

▼現時点でAIは、「計算」や「データの蓄積、解析」では人間をはるかに上回るが、決して人間の「知性」の代わりにはならない。これが新井氏の研究の中間報告である。

髙宮 子どもたちが、先生の言う「AIの囲いの外に出る」ためには何が必要ですか。

新井 ひとつにはリアルを知っておくということです。先日、1歩進んではしゃがんで石を拾い、2歩進んでは立ち止まって葉っぱを眺めている1歳ぐらいの女の子に、根気よく付き合って歩いているお母さんを見かけました。

もちろんバギーに乗せてサッと通り過ぎたほうが大人は楽ですが、そうした体験が欠落したまま大きくなる子とその女の子では、育ち方にゆくゆく大きな差が出るだろうと思います。〉

▼この話は、新井氏がことあるごとに強調する話だ。知識を詰め込むことよりも、「(パンダの)シャンシャンのように、ゴリラのように育てること」がまず大事だ、という主張である。

髙宮 リアルというのは面倒なものだけれど、その遠回りの中に豊かな学びがあるということですね。

新井 そうです。歴史学の阿部謹也先生が、かつて学生たちの知的レベルが下がったと感じたのは、大学生協にコピー機が普及した頃だとおっしゃっていました。

自分は研究のためヨーロッパに出かけ、まるで写経のように古文書を丁寧に書写したことがある。多くの人は写経など知的作業ではないと思っているがそれは違う、今の自分があるのはそうした体験のおかげだ、と。

髙宮 手を動かして書くことで内容が頭の中で整理され、理解を深めることに役立つのかもしれないですね。私たちSAPIXにも、タブレットなどの電子教材を使ってほしいという保護者の要望がないわけではないですが、愚直に黒板授業を続けていて良かったと思いました。

▼かつて大学生だった人のなかには、「学生たちの知的レベルが下がったと感じたのは、大学生協にコピー機が普及した頃だ」という一言を聞いて耳が痛い人もいるだろう。今も黒板で授業をしている、という点に、サピックスの強さがあるのかもしれない。

この後、二人は集団授業(個別授業ではなく)の価値を論じ、こう結論する。

髙宮 グローバル化の時代で学校教育も入試も変わっていく。将来はこんな力を身につけなければ生き残れない、といった情報ばかりが耳に入ってくる。子どもたちも保護者も不安なので「これだけやればいい」といったわかりやすい言葉をほしがっているのが現在だと思います。しかしそんなシンプルな解など存在しないのでしょうね。

新井 不安があるならどうするか。私は、そのまま抱えているのがいいと思います。現実社会の問題を見ても、すぐには答えが出ない、誰もが納得する答えなどそもそも存在しないことばかりです。抱え続けた不安や問題意識があってこそ、それに対処できる力を身につけた時に、点と点がつながるように解決の道筋が見えてくるのだと思います。

これを読んで筆者は、新井氏は何らかの「信」をもった「強い人」なのだなと思った。「信」なき人は、「不安」を極端に避ける。すぐ安心したがる。それは人間の性(さが)なのだけれども。

不安を抱える力がなければ、結局、その時、その時に自分がいる「点」を生きるだけになってしまうのかもしれない。だとすると、「点」と「点」をつなぐ力も、一本の「線」を引く力も、立体的な「面」をつくる力も、それらの喜びも苦しみも知らないまま人生が終わってしまう。

それがもったいないことだと感じる力すら、なくなってしまうだろう。

▼では、このAIネイティブがなぜ国家を壊すことになるのか。新井氏が、作家の佐藤優氏と同じテーマで対談した時に、そういう方向に議論が進んでいった。(つづく)

(2019年4月10日)

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