図書館と僕と、男子小学生。
その図書館の自習スペースは広かった。
そしてほとんどは埋まっていた。
とても清潔感があって、Wifiも通っているのでいつ行ってもそれなりに人がいる。
居心地がいいので、最近は僕もよく利用していた。
そのときは夕方ごろだったので、学生が多いように思えた。
本を積み上げて気ままにページをめくっている大学生、ノートパソコンで熱心に何かを書いているビジネスマン、居眠りしている高校生、音楽を聴いているおじいさん。
皆、思い思いに利用していた。
しかし、僕にはひとつ、気になることがあった。
机の一つ一つにL字を逆さにした白い棒のようなものが取り付けられていた。
L字の底辺部分につまみのようなものがついていて、回すことができた。
なんだろうとずっと不思議に思っていたが、僕の隣に一人の男子小学生が座ったときにその謎がとけた。
彼は机につくと、慣れた調子で手提げカバンから筆箱とプリントを取り出した。
僕は本に集中していると見せかけて、少しだけ彼に意識を向けていた。
すると、カチッという音が聞こえてきた。
横目で隣をみると、彼の机にはまるで宗教画のごとく光が降り注いでいた。
天からの祝福の光は、彼の算数のプリントにそそがれていた。
『なんだ? いまこの子は何をした?』
僕は動揺した。
机にそれぞれ取り付けられた白い逆さL字棒は、電灯だったのだ。
しかしみる限り、どこにもスイッチらしきものはない。
僕は焦燥感に駆られた。
時刻はもう16時半になろうとしている。
日も沈みかけ、外は薄暗い。
このままでは、やがてぽつりぽつりと皆が机の電灯をつけ、自分専用の明かりをほしいままにしているというのに、そのなかでひとり僕だけが明かりの付け方を知らず、薄暗がりの中で小さな文字を追う奇特な人間になってしまう。
そうなることだけは避けたかった。
僕は闇へのおそれを胸に秘めたまま、インクの記号の列をなぞった。
内容はまるで頭に入ってこなかった。
隣の席をみやる。
彼は熱心にプリントに書き込みをおこなっていた。
そのプリントに記してある図形は、僕がまったくおぼえのないようなものだった。僕の知識では何を問うているのかすらわからなかった。
もしも僕が彼に「この電気どうやって点けるんですか?」と訊いたとて、「そんなことも知らないんですか、大人なのに」と一笑に付される可能性は充分にあった。
彼はそれほど、高度な頭脳の小学生であることがうかがい知れた。
そんなことを考えていると、館内にチャイムの放送が鳴り響いた。
『五時になりました。大人と一緒に来ていない小学生の人は、気をつけて帰りましょう』
そんなアナウンスが流れた。
すると隣の彼はそそくさと机の上を片付けはじめた。
『しめた!』と僕は思った。
『彼はいくら高度な頭脳の持ち主とはいえ、まだ小学生。この時間になれば、帰らなくてはいけないのだ。ということは電気を消すところが見られるぞ』と。
そうなれば僕は恥ずかしい思いをすることなく、この謎につつまれた電灯の構造を解き明かし、まばゆいばかりの光源を享受、現代文明の力をありありと感じ、大人だけの夜の時間を謳歌できるのだった。
彼は荷物をまとめ終わり、スマホを取り出して、何やら操作していた。
この歳でスマホをつかっているなんて。
やはりただの小学生ではなかったのだ。
僕は彼の一挙手一投足を見逃さないよう、本を置き、ペンを手放し、全神経を隣の席に注いだ。
『早く帰れ早く帰れ早く帰れ』と心のなかで唱え続けた。
そしてスマホを確認し終えると、彼がついに席を立つ。
電気は……消さない!?
彼は机も椅子もそのままに、足早に去っていってしまった。
僕が呆然としていると、その空席に男性がやってきて、腰をおろして、抱えていた本を読み始めた。
僕は帰路につく小学生たちと一緒に、その図書館をあとにした。
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