『星がみえなくても』
夜、宿泊先のコテージから外に出ると、道路の辻の中央で立ちすくんでいる彼女の姿がみえた。
「何をしているの?」
彼女は答えずに、ずっと上を見上げていた。
その目線を追う。
謎がとけた。
僕たちの頭上には満天の星空が広がっていたのだ。
視界いっぱいに散りばめられた金粉のような星たち。
しかし目がわるい僕には、それらがなんだかぼやけて見えた。
普段、画面や本ばかりを睨んでいるせいだった。
それはけっこう、ショックなことだった。
隣りにいる彼女は僕と違って目がいい。
彼女はきっと僕よりもたくさんの星の輝きをみているのだろうと思った。
そのあいだを夢中で泳ぎ回って、名も無い星と星を線で結んでいるのだ。
「あれなんていう星だっけ?」
ふいに彼女が言った。独り言のようでもあった。
「わからない」
僕は答えた。
その星は雲ひとつない夜空の中で、最も輝いていて、僕の目にもはっきりとみえた。
手当たり次第に知っている星の名前を言ってみようとしたけど、それすらも出てこなかった。
「オリオン座」
「それ星座だから」
「夏の大三角」
「それも星の名前じゃない」
「一等星」
「そういうことじゃなくて」
そんな会話をしながら、僕たちは一番輝いているその星を眺めた。
眺めれば眺めるほど、その星は輝きを増し、輪郭が鮮明になっていくようだった。
それにつれて、僕の目にはぽつりぽつりと姿を見せはじめる星たちがあった。
それは深い藍色の画面に、誰かがゆっくりと針で穴をあけているようだった。
星がひとつ、またひとつと増えていくたびに、僕は嬉しくなった。
彼女の世界と僕の世界が近づいている。そんな気がした。
でも彼女は僕がみつけた星の数より、同じかもっと多くの星をみつけているのかもしれなかった。
僕の夜空が彼女の夜空と同じふうにみえるのは、一体いつ頃になるのだろう。
僕はもう一度、一番輝いている星に視線をもどした。
これだけでいい、とふと思った。
ほかの星がみえなくてもいい。
名前なんか知らなくてもいい。
意味なんかわからなくてもいい。
色なんか知らなくても、歴史なんか知らなくても、物語なんか知らなくてもいい。
ただ僕は話がしたいだけだ。
君と僕がみえているものについて。
そう思うのだった。
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