お香が気づかせてくれたこと。
最近、家でお香を炊きはじめた。
きっかけは知り合いから「試しにどうぞ」と何本か分けてもらったものだ。
家にお香を立てる専用の皿がなかったので、安全ピンと漬物用の小皿で代用した。
いつもはキムチがのっている小皿の上に、お香を立てる。
ライターで端を少し炙ると、すぐにいい香りがしはじめた。
お香の香りは昔から大好きだった。
この香りが嫌いという人がいれば、その人は悪霊か蚊の仲間に違いない、と思った。
お香から立ち上る煙を見ていると、不思議な気分になれる。
そのゆらぎは、僕を現実とは違うところに誘ってくれるようだった。
高さによっても、動きが変わる。煙の形をみて「このせまい部屋にも、空気の流れがあるんだ」という発見もできた。
それを眼で追っていると、僕の頭上で煙が滞る空間があることに気づく。
そこをじっと見つめる。
次第に煙が浮き彫りにするものがあった。
人だ、と思った。
そこにいるのは、膝を抱えた人間の形をしたなにかだった。
不思議に思って見つめていると、むこうもこちらを見ているのではないか、という気がした。
表情までは読み取れない。
ただ煙によって、その身体の輪郭がわかるだけだ。
線の太さは男性のそれだった。
毎日お香を炊くたびに、その男の姿が浮き上がった。
お香が終わると消える。しかし、見えなくなるだけで、ずっとそこにいるのだろうと思った。
僕は人見知りなので、話しかけようとは思わなかった。
そもそも、僕を見ているというのは思い込みかもしれないのだ。
こちらに手を振っている人に反応したら、その人の知り合いが背後から現れる、というのは何度か経験があるし。
そのような恥ずかしい勘違いをしたくなかった。
見ていたのは僕の背後にいる他の誰かかもしれないのだ。
そう考えると、僕の周りには人の気配がするような気がしてきた。
正直に言うと、創作作業に集中できないから、どこかに退散してほしい。という気持ちが強い。
でも僕は気が小さいので、そんなことは言えなかった。
直接そんなことは言えないくせに、ここにこうしてそれを書いている。
自分はなんと陰湿な人間なのだろう、と暗い気持ちになった。
しかし、そんなときもお香に火をつければ、気持ちは和らいだ。
浮かんでいく煙が、男の姿を象る。
昨日とは、微妙に姿勢が違っていた。
男はまるで、こちらに手を伸ばしているようだった。
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