noteの共同マガジンって……
僕はいま、どこに属しているのだろうか。
ふと、そんな疑問が頭をかすめた。
物書きとして人生を送りたくて、食いつなぐために書店で働いて、創作意欲をnoteにぶつけて、なぜか東京に住んでいて。
ヒト化ヒト属ホモ・サピエンスであることは間違いない。
確信できることは、自分が社会から爪弾きにされたマイノリティの一員である、ということくらいだ。
なぜそんなことを考えているかというと、僕はnoteの『共同マガジン』にちょっと興味があるからだった。
人となにかを共有して創作をする、ということはどんな感じなのだろうか、と。
noteの検索欄に「#共同マガジン」と打ち込んで検索をする。
それでヒットしたほとんどが、なんだかとてもきらきらしていた。
きらきらしすぎていた。
共同マガジンのほとんどは、戦略的なもののように感じた。
つまり「このnoteという荒波を切り開いていくために、巨大な船を作り、そこに乗りこむ船員を募集します!!」という感じの。
僕はそれに違和感をおぼえてしまった。
しかし、これは落伍者である僕の趣向を考えれば、当然のことだった。
僕は船に乗り込み、未開の地へ向かうよりも、自分が暮らしている土地を耕す方が性に合っているのだった。
船を作るだけの木材があれば、家を建てるに違いなかった。
そこに友人や近所の人を招いて、ささやかな宴会を催すだけで充分だった。
そして夜更けまで、自分たちの愚にもつかない妄想や、尾ひれのついた武勇伝について何度も何度も語り合うことの方が魅力的だった。
船に乗るとしても、年一で隣の島にでかけるくらいでよかった。
海に浮かべるなら、誰に届くともしれない手紙を詰めた瓶の方がよかった。
そしてもし仮にそんな共同マガジンがあったらな、とも思ったりするのだった。
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