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おおにしひつじの小説

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大西羊(onishi_hitsuji)の小説をまとめています。おもしろいのが書けてるとうれしいです。
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#短篇小説

短篇小説:『孤独』

短篇小説:『孤独』

 その日も十時四十五分に待ち合わせていた。僕が駅につくと、彼女は身体を壁にもたせかけてうつむいていた。ゆっくり近づくと彼女は顔をあげた。僕は言葉なしに、にこりとした。彼女もにこりとした。駅にはさめざめとした人の往来があった。
 とくに予定はなかった。今日はどうしようか、ということになった。
 いつものように僕の家でゆっくりしようか。
 それともどこか特別なところへ出かけてもいい。ここは駅で、少し行

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掌編小説:白い冷蔵庫

掌編小説:白い冷蔵庫

 その日は彼氏が初めて私を家に招いてくれた日だった。不安がなかったわけではないけれど、私のほうも期待していた。彼も同じ気持ちだったと思う。その顔つきからは、緊張の色がうかがえていた。
 私たちは外階段をのぼり、鍵をあけ、ともに足を踏み入れる。その場所がごく狭い場所であり、極めて清潔に保たれている部屋であることがわかる。キッチンに続いて奥に趣味のいい居間が見える。中に入って、玄関の扉を閉めるなり、彼

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掌編小説:夜の沈没船

掌編小説:夜の沈没船

 人間や、それ以上の白い流紋岩が転がるこの浜辺は壮観だった。ペンキのように真っ青の色をした海と、純白の浜辺は万人を惹きつけた。
 夜になれば全ては闇になった。ごまんとある醜い岩礁と同じだった。
 岩礁には毎夜風が吹いた。

 その晩は遊覧船が岩礁に乗りあげようとしていた。いちばんにそれを発見した僕は、まず彼を起こした。マットレスから彼を突き落として、浜まで連れ出してきた。二人で夢のような景色を味わ

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短編小説:夜の海に探して

短編小説:夜の海に探して

 やはり三月の夜になると、ぼくは海を、その浜辺を散歩することになった。
 昏い冬の季節の間は世界中が凍てついていた。三月になると汚れがごっそり落ちるみたいに、晴れやかな日々が帰ってきた。それで、ぼくにはようやく余裕のある時間ができた。やるべきことをやって、自分を満たすための時間が。しかし、詩は読みつくしてしまっていた。ディキンソンからシェイクスピア。ユーゴーからホイットマン。ゲーテも四周はしたし、

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掌編小説:英雄と悪漢

掌編小説:英雄と悪漢

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 たびたび、古い小説を公開している。
 この作品も、暗くなって、戸棚の隅に眠っていた掌編のひとつだ。
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 ロッカーに鍵をかけて、僕は病院を後にした。
 冬の夜はとても冷える。家まで三十分、僕は何かを考えながら歩いている。右耳で静かな街の音を、左耳でグルードのピアノを聴いている。彼のピアノは新月の夜のような色をしている。
 病院には

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短篇小説:トリステ

短篇小説:トリステ

 当時の話をしよう。
 そのころ、私は西を目指していた。西に向かって旅をしていた。なにも、私が特別だったわけじゃない。かつては誰もが西を目指していたのだ。西にはすべてがあると信じられていた。そして、実際に西にはすべてがあった。求める物があり、甘い未知があり、平等の救いがあった。人々はまことしやかに西について語った。当然人には生活があったから、西を目指して旅立てるのは富豪か世捨て人に限られていた。西

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短篇小説:ソルボンヌ大学にて

短篇小説:ソルボンヌ大学にて

 僕がソルボンヌにいたころ、雨になると外に出て踊り出す女の子がいた。
 彼女はおさげ髪に花柄のワンピースというかっこうで雨の下に飛び出してきては、くるくると踊った。

 僕がその子のことを知ったのは十月の第一週だった。あのとき、サニーに教えてもらったのだ。サニーと僕はその日ずっと図書館で勉強していた。生物学の講義で来週末に中間テストを控えていたからだ。サニーも僕もその講義を取っていたのだが、サニー

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詩・掌編小説:森の生活

詩・掌編小説:森の生活

 母さんは「そんなことできない」って、口酸っぱく、ほとんど朝のスズメみたいになんども言ってきたけど、いま思うと笑ってしまいそう。わたしとあの子はこっちで元気にやれている。たしかに、すこしだけ森の奥に住んでいて、去年の二月には石油のために四時間も冬の森を歩いたけれど、それでも三年が経った。ねえ、三年よ? 大丈夫。きっとわたしたちは最後までここで暮らしていけるのよ。

 森での生活は大変なことばかりじ

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