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大西羊
2021年7月8日 09:41
その日も十時四十五分に待ち合わせていた。僕が駅につくと、彼女は身体を壁にもたせかけてうつむいていた。ゆっくり近づくと彼女は顔をあげた。僕は言葉なしに、にこりとした。彼女もにこりとした。駅にはさめざめとした人の往来があった。 とくに予定はなかった。今日はどうしようか、ということになった。 いつものように僕の家でゆっくりしようか。 それともどこか特別なところへ出かけてもいい。ここは駅で、少し行
2021年5月13日 12:04
その日は彼氏が初めて私を家に招いてくれた日だった。不安がなかったわけではないけれど、私のほうも期待していた。彼も同じ気持ちだったと思う。その顔つきからは、緊張の色がうかがえていた。 私たちは外階段をのぼり、鍵をあけ、ともに足を踏み入れる。その場所がごく狭い場所であり、極めて清潔に保たれている部屋であることがわかる。キッチンに続いて奥に趣味のいい居間が見える。中に入って、玄関の扉を閉めるなり、彼
2021年5月5日 23:01
人間や、それ以上の白い流紋岩が転がるこの浜辺は壮観だった。ペンキのように真っ青の色をした海と、純白の浜辺は万人を惹きつけた。 夜になれば全ては闇になった。ごまんとある醜い岩礁と同じだった。 岩礁には毎夜風が吹いた。 その晩は遊覧船が岩礁に乗りあげようとしていた。いちばんにそれを発見した僕は、まず彼を起こした。マットレスから彼を突き落として、浜まで連れ出してきた。二人で夢のような景色を味わ
2021年4月21日 10:47
やはり三月の夜になると、ぼくは海を、その浜辺を散歩することになった。 昏い冬の季節の間は世界中が凍てついていた。三月になると汚れがごっそり落ちるみたいに、晴れやかな日々が帰ってきた。それで、ぼくにはようやく余裕のある時間ができた。やるべきことをやって、自分を満たすための時間が。しかし、詩は読みつくしてしまっていた。ディキンソンからシェイクスピア。ユーゴーからホイットマン。ゲーテも四周はしたし、
2021年4月4日 15:10
―――――――――――――――― たびたび、古い小説を公開している。 この作品も、暗くなって、戸棚の隅に眠っていた掌編のひとつだ。―――――――――――――――― ロッカーに鍵をかけて、僕は病院を後にした。 冬の夜はとても冷える。家まで三十分、僕は何かを考えながら歩いている。右耳で静かな街の音を、左耳でグルードのピアノを聴いている。彼のピアノは新月の夜のような色をしている。 病院には
2021年3月27日 15:50
当時の話をしよう。 そのころ、私は西を目指していた。西に向かって旅をしていた。なにも、私が特別だったわけじゃない。かつては誰もが西を目指していたのだ。西にはすべてがあると信じられていた。そして、実際に西にはすべてがあった。求める物があり、甘い未知があり、平等の救いがあった。人々はまことしやかに西について語った。当然人には生活があったから、西を目指して旅立てるのは富豪か世捨て人に限られていた。西
2021年2月14日 18:10
僕がソルボンヌにいたころ、雨になると外に出て踊り出す女の子がいた。 彼女はおさげ髪に花柄のワンピースというかっこうで雨の下に飛び出してきては、くるくると踊った。 僕がその子のことを知ったのは十月の第一週だった。あのとき、サニーに教えてもらったのだ。サニーと僕はその日ずっと図書館で勉強していた。生物学の講義で来週末に中間テストを控えていたからだ。サニーも僕もその講義を取っていたのだが、サニー
2021年1月31日 15:53
母さんは「そんなことできない」って、口酸っぱく、ほとんど朝のスズメみたいになんども言ってきたけど、いま思うと笑ってしまいそう。わたしとあの子はこっちで元気にやれている。たしかに、すこしだけ森の奥に住んでいて、去年の二月には石油のために四時間も冬の森を歩いたけれど、それでも三年が経った。ねえ、三年よ? 大丈夫。きっとわたしたちは最後までここで暮らしていけるのよ。 森での生活は大変なことばかりじ