岡野萌々美

好きを忘れないための備忘録とか小説。 小説置き場: https://sutekibun…

岡野萌々美

好きを忘れないための備忘録とか小説。 小説置き場: https://sutekibungei.com/users/oknm3

マガジン

  • 短編小説集

    1万字以内の小説。幻想やファンタジーなど、ちょっとふわふわした作品が多めです。後日ステキブンゲイにも更新しています。

  • 備忘録

    日常のことなど、忘れないための記録。

  • その他小説集

    note企画参加作品や学生時代の作品など。基本的にnoteのみで公開している作品となります。

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【小説】ヒーローに口無し、白昼夢

 久しぶりに戻ってきた地元はよく見知っている風景でありながら、その実少しずつ変化しているので、パラレルワールドにでも紛れこんでしまったような心細さを覚える。肌で感じる初夏の陽気は当時と変わらないのに、目で見る情報が記憶と異なっていて噛みあわないのだ。  柳沢は手持ちの定期券を兼ねたICカードを改札に当て、聞き慣れた電子音に少しだけ肩のちからを抜いた。  建てなおされた駅舎にはもう根の錆びた鉄柱はなく、電光掲示板は発色のよいものになっていて、券売機はICカードに対応した最新

    • 【小説】手中の魚

       祭囃子が聴こえてきた。はて、この辺りで祭りなどあっただろうか。  よせばいいのに、私の足はふらふらと音のほうへと寄っていく。  笛、太鼓、鐘の音。からころと下駄の軽やかな音がまじる祭り独特の喧騒。久々に耳にするそれは聴いているだけでも心が浮つく。  日が暮れてもまだ熱を孕んだ夜を縫うようにいくつかの角を曲がったところで広い道に出た。道の端にはずらりと屋台が並び、楽しげに歩くひとびとを橙色のあたたかな光が照らす。  ソースや醤油の焦げる芳ばしい匂いに、綿あめやかき氷のシロッ

      • 【小説】河の童

        「胡瓜が巻かれているから河童巻きっていうわけじゃないんだよ、あれは」  伯父はそう言うと、がり、と飴玉を奥歯で噛み砕いた。子供の前で煙草を吸うなとくち酸っぱく怒られたせいで、伯父はぼくがいるときはずっと飴を食べている。 「じゃあなんで河童巻きなんていうの」 「もともとは本当に河童を巻いてたのさ。よほど旨かったんだろうなあ。とうとうあらかたの河童を食い尽くしちまって、外聞が悪いから胡瓜を河童の好物だってことにして代わりに巻いたんだ」  ぼくはコオロギのいる籠へ視線を向けた

        • 【小説】砂上に咲く花

          「それで、先生。娘の具合は……」  ガレンは鋼色の瞳を寝台で眠る若い娘から、不安げに寄り添う夫婦へと向けた。 「夢魔でしょう。彼女が目覚めなくなる前、何か普段と違うことはありませんでしたか」  何か……と夫婦が顔を見あわせる。 「そういえば、街に旅の一座が来ていました。中央の広場で何やら出し物を……彼らが街を去って数日ほどして娘は起きなくなったのです……まさかあいつらが病を、」  旦那のほうがやにわに怒りを滲ませるが、ガレンは落ち着いた調子でそれを否定した。 「夢

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        【小説】ヒーローに口無し、白昼夢

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          【小説】さらば幕は閉じて

           スポットライトの眩い白が彼を照ら出す。  つい、と天へ向かって彼の手が伸び、朗々と愛を歌いあげる。  背後に映った影すら美しく、観客の目は彼に釘づけだった。 『嗚呼、貴女さえ、貴女さえいればそれで良かったのに』  陳腐な台詞も、彼が唱えると途端に極上の甘露となって響く。  うっとりと蕩けた視線で客席を舐めれば、誰もが悩ましげに溜め息を吐く。 『貴女をもう一度この腕に抱けたなら、この私の魂など……!』  指先までぴんとそろっていた手が不意に崩れ、苦しげに表情を歪める。

          【小説】さらば幕は閉じて

          あんぱんのヒーローに郷愁を誘われるという話

          例えば祝日で休みの金曜日。 つけっぱなしになっていたテレビからアンパンマンのOPが流れてくる。 そうすると、私の感覚は一気に小学生の頃に戻ってしまう。 小学生の私は時々、学校に行くのが嫌で、嫌すぎて、本当にお腹や頭が痛くなるような子供だった。 別にいじめられていたとかではなくて、この授業どうしても受けたくないなみたいな、大人になった今思い返すとただの我が儘、当時の私からしたらそれなりに切実な理由だった気がする。 (ほかにもその時々で何かあったはずだが思い出せない) (あと念

          あんぱんのヒーローに郷愁を誘われるという話

          【小説】明日には忘れてしまう花の名前

          「これはタンポポ。これはスミレ」 「あの大きな白い花は」 「あれはハナミズキ」  指で示して尋ねると、彼はすぐに花の名を答えてくれた。 「あっちの小さくて青い花は」 「オオイヌノフグリだね」  彼が答えるたび、ただの色彩だった花は輪郭を得て僕のなかで意味をもつ。  黄色はタンポポ。  紫色はスミレ。  白色はハナミズキ。  青色はオオイヌノフグリ。 「あの黄色いのはタンポポ」 「惜しい。あれはヤマブキソウだね」 「じゃあ、あっちの黄色がタンポポ」 「残念。あれはキンセ

          【小説】明日には忘れてしまう花の名前

          【小説】考える海

           彼は部屋の中央で、大の字になって寝転んでいた。長い手足をのびのびと脱力させ、穏やかな顔つきで目を閉じている。  これといって足音を忍ばせるようなことはせず、大股で近づいた。  彼の寝顔に私の影が落ちる。と、彼が目を開いた。  ばちり、と音が聞こえたような気さえする。それほどに彼はくっきりとした眼差しで、眠りの気配など微塵も感じさせなかった。  そもそも、眠ってなんかいなかったのかもしれない。 「ああ、いらっしゃい」  笑みをのせて彼は言った。  浅縹色の双眸は、浅瀬

          【小説】考える海

          【小説】白樺の森の魔法使い

           白樺の森の近くには魔法使いが暮らしている。ひとあたりがよく、博識な魔法使いだ。  カズサは親に持たされた土産の焼き菓子と葡萄酒を携え、魔法使いの家の玄関を叩いた。頑丈だが小さな小屋だ。なかにいればすぐに気づいてもらえる。だが、幾度叩けども返ってくるのは静寂ばかりで、もしやと考えたカズサは小屋の脇に立つ温室を見た。  魔法使いの温室はふたつある。ひとつは薬草を育てている四角い形の小屋で、硝子越しに草木が茂り、黄色や紫色の花が咲いているのが見える。しかし、人影はなく、カズサ

          【小説】白樺の森の魔法使い

          静けさと詩歌と相変わらず迷っているという話

          最近はよく『suiu』にいる。 小説になりきれないくらい小さな言葉の破片を並べたり、なんか綺麗でリズムがよいなって思った言葉を置いている。 あそこは評価も閲覧数もなくって、ただひたすら美しく、鮮烈な言葉たちが並んでいて、静かでとても居心地がよい。 もし私を見かけたらよろしくお願いします。いや、よろしくしなくて大丈夫です。「おっ、いるやん」くらいでよいです。 短歌、読むのは好きだけれど創るのは苦手だ。 短歌には小説よりもルールがある。(と少なくとも私は思っている) そして私

          静けさと詩歌と相変わらず迷っているという話

          【小説】夜に差すひと匙の金

           おや、どうしたんだい。  ……そう、悲しいことがあったの。  それじゃあ早く寝てしまおう。  そのひとはそう言うと、誘うように枕を叩いた。  どうしたの、早くおいで。  眠れない? それは困ったね。  じゃあ、僕のとっておきをプレゼントしてあげよう。  キッチンへと向かう背中を追いかける。  振り返ったそのひとは、ふっと表情をほころばせた。  さあ、見ておいで。  そのひとは小鍋を手に取ると、ミルクを注いだ。  それから小鍋を火にかける。ちちち、とコンロが鳴く音。

          【小説】夜に差すひと匙の金

          2023年の創作と変化の話

          これまでの話色々な変化や忙しなさにわたわたしているうちに、あっという間に今年も終わろうとしている。 今年はとくに、個人的に変化が多い年だった。 自分からチャレンジしたこともあれば、否応なしに変わりゆくこともあり……時にどうしようもない無力感に苛まれて何にもしたくなくなって、キーボードを前にしても指が動かない、物語が動かないなんてことも。 世の中に変わらないものなんてないとわかっているはずなのに、いざ変化すると大いに戸惑い、不安になる。 ただ人間とは慣れるもので、そのうち案

          2023年の創作と変化の話

          【小説】地上には星、空には月

           年末年始の駅前広場はいつもより眩い。空に灯るはずの小さな星の煌めきの分まで、地上で色とりどりの人工的な光が瞬いているからだ。  木々には散った葉の代わりに小さなライトが巻きつけられ、低木にも金色の光がキラキラと輝いている。蒼白く光るライトチューブが描くのは雪の結晶だ。 「見て、トラ。僕たちの税金が光ってるよ」 「なんてこと言うんだ、テン……」  いくらか引いたようすの友に、テンが冗談だよと笑う。 「定番のジョークじゃない? 実際のところは自治体とかビルのオーナーが出し

          【小説】地上には星、空には月

          【小説】ファムファタールの杯

           ディオンは城内でも指折りの真面目な男であった。無駄なくちは利かず、誘惑になびくこともなく、従順に己が主人に仕える男であった。  そんな性格を買われた彼は、城主直々の命により『杯の世話係』に任じられた。  何でも城主が手にいれたとある酒杯は、その余りの美しさから多くの争いを生むという。城主が先日とある領地を攻め落としたのも、この杯を手にいれるのが本当の目的であったとまことしやかに囁かれるほどであった。  雑談の輪にも加わらないようなディオンであっても噂くらいは耳にしていたが、

          【小説】ファムファタールの杯

          【小説】共鳴

           学校のプールに、クジラが泳いでいた。  帰ろうと靴を履き替えたところで、独特なにおいが鼻を掠める。  プールのにおいだ、と思った。清潔感と気怠さが混じった、青いにおい。  眞木の中学のプールは校庭の隅にある。だから昇降口にいる眞木のもとまでプールのにおいがするわけがない。  でも、たしかに鼻の奥にまだ残っている。  下駄箱の前に佇んだまましばし考えた眞木は、校門ではなく校庭のほうへと足を進めた。  プールの道路に面したほうは背の高い木とブロック塀、校内に面したほうは金網

          【小説】共鳴

          【小説】一緒に暮らすということ

           ずらりと天板に並んだクッキーを摘まもうとした手がはたかれる。 「行儀が悪い」  あっちへおいき、と魔法使いが言う。 「おれも手伝う」 「おまえに手伝えることなんて、食べることだけだろう」 「そんなことない、と思う」  魔法使いはそれを聞くと、愉快そうに笑い声を立てた。高い位置で結った長い髪がさらりと流れる。 「いいよ、おまえの出番は明日これを運ぶときなんだから」 「ほかにも何かできると思う。薬草をまとめるとか、夕飯の準備とか」  ジンジャークッキーを袋詰めしてい

          【小説】一緒に暮らすということ