岡野萌々美

好きを忘れないための備忘録とか小説。 小説置き場: https://sutekibun…

岡野萌々美

好きを忘れないための備忘録とか小説。 小説置き場: https://sutekibungei.com/users/oknm3

マガジン

  • 短編小説集

    1万字以内の小説。幻想やファンタジーなど、ちょっとふわふわした作品が多めです。後日ステキブンゲイにも更新しています。

  • 備忘録

    日常のことなど、忘れないための記録。

  • その他小説集

    note企画参加作品や学生時代の作品など。基本的にnoteのみで公開している作品となります。

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【小説】ヒーローに口無し、白昼夢

 久しぶりに戻ってきた地元はよく見知っている風景でありながら、その実少しずつ変化しているので、パラレルワールドにでも紛れこんでしまったような心細さを覚える。肌で感じる初夏の陽気は当時と変わらないのに、目で見る情報が記憶と異なっていて噛みあわないのだ。  柳沢は手持ちの定期券を兼ねたICカードを改札に当て、聞き慣れた電子音に少しだけ肩のちからを抜いた。  建てなおされた駅舎にはもう根の錆びた鉄柱はなく、電光掲示板は発色のよいものになっていて、券売機はICカードに対応した最新

    • 【小説】考える海

       彼は部屋の中央で、大の字になって寝転んでいた。長い手足をのびのびと脱力させ、穏やかな顔つきで目を閉じている。  これといって足音を忍ばせるようなことはせず、大股で近づいた。  彼の寝顔に私の影が落ちる。と、彼が目を開いた。  ばちり、と音が聞こえたような気さえする。それほどに彼はくっきりとした眼差しで、眠りの気配など微塵も感じさせなかった。  そもそも、眠ってなんかいなかったのかもしれない。 「ああ、いらっしゃい」  笑みをのせて彼は言った。  浅縹色の双眸は、浅瀬

      • 【小説】白樺の森の魔法使い

         白樺の森の近くには魔法使いが暮らしている。ひとあたりがよく、博識な魔法使いだ。  カズサは親に持たされた土産の焼き菓子と葡萄酒を携え、魔法使いの家の玄関を叩いた。頑丈だが小さな小屋だ。なかにいればすぐに気づいてもらえる。だが、幾度叩けども返ってくるのは静寂ばかりで、もしやと考えたカズサは小屋の脇に立つ温室を見た。  魔法使いの温室はふたつある。ひとつは薬草を育てている四角い形の小屋で、硝子越しに草木が茂り、黄色や紫色の花が咲いているのが見える。しかし、人影はなく、カズサ

        • 静けさと詩歌と相変わらず迷っているという話

          最近はよく『suiu』にいる。 小説になりきれないくらい小さな言葉の破片を並べたり、なんか綺麗でリズムがよいなって思った言葉を置いている。 あそこは評価も閲覧数もなくって、ただひたすら美しく、鮮烈な言葉たちが並んでいて、静かでとても居心地がよい。 もし私を見かけたらよろしくお願いします。いや、よろしくしなくて大丈夫です。「おっ、いるやん」くらいでよいです。 短歌、読むのは好きだけれど創るのは苦手だ。 短歌には小説よりもルールがある。(と少なくとも私は思っている) そして私

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        【小説】ヒーローに口無し、白昼夢

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          6本
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          7本

        記事

          【小説】夜に差すひと匙の金

           おや、どうしたんだい。  ……そう、悲しいことがあったの。  それじゃあ早く寝てしまおう。  そのひとはそう言うと、誘うように枕を叩いた。  どうしたの、早くおいで。  眠れない? それは困ったね。  じゃあ、僕のとっておきをプレゼントしてあげよう。  キッチンへと向かう背中を追いかける。  振り返ったそのひとは、ふっと表情をほころばせた。  さあ、見ておいで。  そのひとは小鍋を手に取ると、ミルクを注いだ。  それから小鍋を火にかける。ちちち、とコンロが鳴く音。

          【小説】夜に差すひと匙の金

          2023年の創作と変化の話

          これまでの話色々な変化や忙しなさにわたわたしているうちに、あっという間に今年も終わろうとしている。 今年はとくに、個人的に変化が多い年だった。 自分からチャレンジしたこともあれば、否応なしに変わりゆくこともあり……時にどうしようもない無力感に苛まれて何にもしたくなくなって、キーボードを前にしても指が動かない、物語が動かないなんてことも。 世の中に変わらないものなんてないとわかっているはずなのに、いざ変化すると大いに戸惑い、不安になる。 ただ人間とは慣れるもので、そのうち案

          2023年の創作と変化の話

          【小説】地上には星、空には月

           年末年始の駅前広場はいつもより眩い。空に灯るはずの小さな星の煌めきの分まで、地上で色とりどりの人工的な光が瞬いているからだ。  木々には散った葉の代わりに小さなライトが巻きつけられ、低木にも金色の光がキラキラと輝いている。蒼白く光るライトチューブが描くのは雪の結晶だ。 「見て、トラ。僕たちの税金が光ってるよ」 「なんてこと言うんだ、テン……」  いくらか引いたようすの友に、テンが冗談だよと笑う。 「定番のジョークじゃない? 実際のところは自治体とかビルのオーナーが出し

          【小説】地上には星、空には月

          【小説】ファムファタールの杯

           ディオンは城内でも指折りの真面目な男であった。無駄なくちは利かず、誘惑になびくこともなく、従順に己が主人に仕える男であった。  そんな性格を買われた彼は、城主直々の命により『杯の世話係』に任じられた。  何でも城主が手にいれたとある酒杯は、その余りの美しさから多くの争いを生むという。城主が先日とある領地を攻め落としたのも、この杯を手にいれるのが本当の目的であったとまことしやかに囁かれるほどであった。  雑談の輪にも加わらないようなディオンであっても噂くらいは耳にしていたが、

          【小説】ファムファタールの杯

          【小説】共鳴

           学校のプールに、クジラが泳いでいた。  帰ろうと靴を履き替えたところで、独特なにおいが鼻を掠める。  プールのにおいだ、と思った。清潔感と気怠さが混じった、青いにおい。  眞木の中学のプールは校庭の隅にある。だから昇降口にいる眞木のもとまでプールのにおいがするわけがない。  でも、たしかに鼻の奥にまだ残っている。  下駄箱の前に佇んだまましばし考えた眞木は、校門ではなく校庭のほうへと足を進めた。  プールの道路に面したほうは背の高い木とブロック塀、校内に面したほうは金網

          【小説】共鳴

          【小説】一緒に暮らすということ

           ずらりと天板に並んだクッキーを摘まもうとした手がはたかれる。 「行儀が悪い」  あっちへおいき、と魔法使いが言う。 「おれも手伝う」 「おまえに手伝えることなんて、食べることだけだろう」 「そんなことない、と思う」  魔法使いはそれを聞くと、愉快そうに笑い声を立てた。高い位置で結った長い髪がさらりと流れる。 「いいよ、おまえの出番は明日これを運ぶときなんだから」 「ほかにも何かできると思う。薬草をまとめるとか、夕飯の準備とか」  ジンジャークッキーを袋詰めしてい

          【小説】一緒に暮らすということ

          【小説】美しい渦

           役目を終えた小屋に火が放たれる。小さな灯火は乾いた木を食んで成長し、やがて海風に負けないほど大きな炎となる。  村人たちは燃える小屋を囲み、赤い炎が踊り、灰となるのを眺めている。なかには酔いに任せて自身も踊る者やそれを囃し立てる者があり、かと思えば、くちを噤んでことを見守る静かな一角もあった。誰しも燃え立つ焔の赤に頬を染め、榛色の瞳に火の粉を瞬かせながら、海原へと流れる白い煙を見送る。  これが、海辺の小さな村に続く風習であった。家族の数だけ白い和紙を家畜の形に折り、玄関に

          【小説】美しい渦

          【小説】私たち、いつまでも電車に乗って

           広々とした車輌で、私たちは隅に寄り添うようにして座っていた。  彼の右手は緩く私の左手を握っている。時折、ふしくれだった指が私の甲を滑る。  窓の外では歩くような速度で世界が流れていた。湿った曇天のしたに静寂がぞろりと横たわっている。  私たちはそれぞれにつないでいないほうの手で端末をいじっていた。もう久しく更新されていない文字列を縦へ横へとなぞる。何度も読んだ文章を飽きずにまた繰り返し黙読する。  爪が短く切りそろえられた指が、淡いグリーンに染まった爪を撫でた。私の爪を

          【小説】私たち、いつまでも電車に乗って

          【小説】向日葵が呼んでいる

           若が買ったのは一枚の向日葵の絵だった。  地平線を埋め尽くす向日葵畑が描かれた絵だ。黄色い大輪の花々の奥には青くぺったりとした空が広がり、雲と思しき白いものが点々と置かれている。  素人目からしても優れた技巧があるようには見受けられず、これといって面白味のない絵であった。  しかし、若はよほど気に入ったのか、毎日のようにその絵を眺めていた。  その視線はあまりに熱がこもっていて、まるで恋でもしてるみたいだ。実際そう揶揄うやつもいたが、若は鷹揚に笑うばかりであった。周りの冷

          【小説】向日葵が呼んでいる

          【小説】海辺の町にて陽炎の告白

           息を吸うたびに、熱された潮と錆が肺の隙間を埋める。じわじわと茹でられていくような気怠さが始終まとわりつき、私はこの季節が最も苦手であった。  それでも私は色濃い影をともに、とぼとぼと閑散とした海辺の町を歩く。切らした煙草を買いに行くという、或るひとによっては心底くだらぬ、また或るひとによっては切実で同情に値するであろう目的のためにである。  ろくに日陰もない道を歩いていると、ふと鼻先を嗅ぎ慣れぬ空気が掠めた。  湿った土と苔むした青いにおい。この町に染みついた潮の香とは対

          【小説】海辺の町にて陽炎の告白

          【小説】明るい夜にアイスクリーム

          「ねえ、アイス食べに行かない?」  声をかけられたトラは壁にかけられたアナログ時計を見あげた。  あたたかみのある木目の浮かんだ文字盤を回る針が示す時間は午後十時を過ぎたところである。 「今から?」 「うん」  テンがレコーダーのリモコンを操作しながら頷く。  今日は昼からずっと映画を観ていた。ゾンビ映画やサメ映画など、いわゆるB級映画というやつだ。  ピザやポップコーン、それからコーラなんかを準備して、くだらないなあなんて軽口を叩きあいながら半日以上。たまにはそんな

          【小説】明るい夜にアイスクリーム

          【小説】窮屈な電車

           わたしは電車が停まっているうちに車輌を移るべく、ずんずんと歩いた。  連結部の貫通扉をえいやと開くと、沈んだ緋色の椅子はすっかり埋まっている。  日に焼けた丸い輪の吊り革は誰に掴まれるでもなくぞろりと垂れ下がり、大きな窓からは長閑な田園風景が覗いていた。  一枚の硝子を挟んだ向こう側の青々とした草木はノスタルジックな風合いで風になびいている。  しっかりと閉じられた扉のうえには停車駅の案内図があったが、ひどく色褪せていて文字を読むことはできなかった。  わたしは次の車

          【小説】窮屈な電車