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【小説】地上には星、空には月

 年末年始の駅前広場はいつもより眩い。空に灯るはずの小さな星の煌めきの分まで、地上で色とりどりの人工的な光が瞬いているからだ。
 木々には散った葉の代わりに小さなライトが巻きつけられ、低木にも金色の光がキラキラと輝いている。蒼白く光るライトチューブが描くのは雪の結晶だ。

「見て、トラ。僕たちの税金が光ってるよ」
「なんてこと言うんだ、テン……」

 いくらか引いたようすの友に、テンが冗談だよと笑う。

「定番のジョークじゃない? 実際のところは自治体とかビルのオーナーが出してるらしいよ」
「へえ。物知りだな、テンは」

 今度は感心すると、テンは得意そうに胸を張ってみせた。友のそういうところが憎めないよな、とつきあいの長いトラは思う。

「それにしても眩しいな」

 トラはそう言うと、しぱしぱと瞬きをした。夜目が利くトラに駅前の賑わいは少々刺激が強すぎる。

「これを見ると年末だなぁって気分になるよね」
「そうだな……夜は明るくなってしまったけど、この時期の浮足立った雰囲気はいつの時代も変わらない」
「トラはクールだね」
「まあ、これだけ何度も年を越えていると今さら新鮮みもないというか……テンは違うの?」
「僕は結構そわそわするよ。修行場の天狗たちだってめでたがってたし。ほかのとこの天狗も同じかは知らないけど」

 ふうん、と相槌を打つトラは猫又であり、テンは修行に飽いて山からおりてきた烏天狗である。縁あって出会ったふたりは拠点を点々としつつ、こうやって人間に紛れて暮らしているのだった。

「まあ猫って時間の概念緩そうだもんね」
「否定しきれないんだけど、天狗にそれを言われるのも何だかなあ……」

 テンがあははと笑ったかと思うと、今度は、あっと声をあげる。

「ねえ、トラ。ちょっとコンビニ寄ろうよ。中華まん食べたくなっちゃった」

 テンが指出した先、コンビニが駅前のイルミネーションに負けないくらい煌々と光り輝いていた。窓に貼られた印刷物を見たトラは、おお……と小さく呟く。

「クリスマスケーキの広告とお節の広告が並んで貼ってある……」
「ほんとだ。これぞ日本の年末年始って感じだよねえ」
「そういえば、去年は店頭でローストチキンも売ってた気がする。ほら、クリスマスだかイブだかに」
「うん、多分今年も売るんじゃないかな。食べるでしょ?」
「うちはいつもスーパーのほうで買ってなかったっけ」
「ああ、そうだったね」

 喋りながら自動ドアをくぐるとあたたかい空気に出迎えられ、寒がりのトラがほうっと息を吐いた。
 目的のものは決まっているが、つい賑やかな棚に目を奪われてしまう。レジ前には中華まん以外にもおでんやホットスナックが並んでいて、魅力的なかおりを漂わせている。

「トラはどうする?」
「ううん……しょっぱいものが食べたい気分かも……」

 オーソドックスな肉まんとピザまんの間を視線が往復する。もしここが家だったら、ふたまたのしましま尻尾が揺れていたのが見えただろう。

「僕、あれにしよっかな」
「どれ?」
「新作の、カルボナーラまん」

 あれ、とテンが指差した先には、クリーム色のまあるい中華まんが並んでいた。近くに貼られたポップいわく、具はカルボナーラパゲッティらしい。

「スパゲッティがはいっている……それって中華まん……なのか……?」
「まあまあ、いいじゃない。美味しければ」
「でも、麺って……」
「焼きそばパンだってあるんだし、ありなんじゃないかな」

 結局、トラは定番の肉まんとカップのカフェオレを、テンは新作のカルボナーラまんと微糖の缶コーヒーを買ってコンビニを出た。

 行儀はよくないが、食べながら道を歩く。冷えきった手にさっきまであっためていた中華まんは熱くて、伸ばした袖で指を覆いながら、はふりとひとくち頬張った。
 ふわふわとしてほんのりと甘い皮に、甘辛い餡がくちのなかに広がる。やわらかな肉に紛れたタケノコのしゃきしゃきとした食感が愉快で美味しい。奇をてらった味ではないが、だからこそ安定した美味しさがじんわりと染みた。

 隣を歩くテンも、ぱくりと薄黄色の皮にかぶりつく。しばらくもこもことくちを動かす友のようすを、トラは自分の肉まんを食べながら窺った。
 よく味わうようゆっくり噛んだあと、マフラーのしたでこくん、と喉が上下する。

「……うん、カルボナーラだ」

 とくにテンションがあがったようすはなく、かといってさがることもなく、至極冷静なトーンで告げる。

「トラも食べる?」
「え、あ、じゃあ、ひとくち……」

 どうぞ、と差し出された断面から覗く餡はカルボナーラの白いクリームと麺が絡みあい、においもまさしくカルボナーラのものである。
 未知の味に少し戸惑いつつも、ぱくりと食らいつくと、とろりとクリーミーな味が広がり、胡椒の辛味にちりりと舌をつつかれた。食べやすくするためか、スパゲッティは短くなっているらしい。それに、角切りのベーコンがはいっているようだ。

「……うん、カルボナーラだ……」

 つい、先ほどのテンとまったく同じ発言をしてしまう。

「だね。想像通りのカルボナーラって感じ」
「可もなく不可もなくというか……」
「まあコンビニの商品だし、そんなもんじゃないかな。万人受けするやつ」

 お返しに、とトラが差し出した肉まんを食べながらテンが言う。

「カルボナーラスパゲッティがはいっている中華まんは、はたして万人に受けるのだろうか……」
「トラが慎重すぎるだけだよ」

 とりとめのない雑談をしているうちに、ふたりとも中華まんを食べ終えてしまった。まだほんのりとあたたかい飲み物をちまちまと飲み、その道すがら、イルミネーションされている店を数える。すべての店がやっているわけではなかったが、店先にツリーを飾っているところもあった。

「たった一夜のイベントのために手がこんでいるな」
「その一夜を迎えるまでがイベントなんだよ」

 また、トラがふうんと気のない返事をする。

「トラはあんまり興味ない?」
「興味ないっていうか……そこまでクリスマスとか正月っていうことを特別に感じないんだよ……テンと一緒に喋って、美味しいもの食べて。ほら、それっていつも通りだろ」
「ケーキとかチキンとか、あとお節とか、特別感ない?」
「とくには……あ、美味しいとは思うよ! テンと一緒に食べられるのも嬉しい……それだけじゃ駄目なのかな」

 住宅街にはいったせいか、あたりの夜は濃くなっていた。それでも昔と比べれば街灯が多く、人間ではないふたりは互いの顔をはっきりと視認することができる。だからテンはトラが不安そうに眉尻をさげているのに気がついたし、トラはテンが目を丸くしたあとに、ふにゃりと表情を緩めたのに気がついた。

「テン?」
「全然駄目なんかじゃないよ」

 首を傾げる猫又に向かって、天狗が満面の笑みを浮かべる。

「僕はね、トラと一緒にまた新しい年を迎えられるのが嬉しいんだ。何度迎えても嬉しい」
「そ、それはありがとう……」

 照れくささに、トラがむっとくちをすぼませる。それを見たテンはますます嬉しそうに笑みを深めた。

「僕たち、嬉しいと思うことは別だけど、嬉しいって気持ちは一緒だよ。それだけでもう十分どころかお釣りが来るじゃないか!」

 無言のまま、テンがからになったカップを握り締めた。その顔は寒空にもかかわらず赤く染まっている。

「わかったから、静かにして……もう夜だし、住宅街だし……」
「はぁい」

 返事を待たずして早歩きになったトラのあとを、ウキウキとついていくテンの足取りは軽い。たちまちのうちに追いついて隣を歩く。

「せっかくだし、クリスマスはケーキとチキンを食べて、お正月にはお節食べようね」

 すっかり冷めてしまった缶コーヒーの残りを仰ぐ友を横目に見たトラは、小さく頷いた。
 ふたりの頭上の星明りは乏しいが、まるまると太ってきた月が優しく光っている。

<終>


最後まで読んでいただきありがとうございました。
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