見出し画像

ゆっくり深読み 中島みゆきの『ヘッドライト・テールライト』その21「大林宣彦&横溝正史の 金田一耕助の冒険」


前回はこちら



A MOUSOU


(本作品は著者の身体に憑依した横溝正史の霊が世間で駄作の烙印を押されている大林宣彦の映画『金田一耕助の冒険』を種明かしするという妄想です。ネタバレどころか横溝文学の秘密の核心部分にも踏み込みますので予め御了承ください)




その通り。

フラ・アンジェリコは「フラッシュを焚かれた瞬間の闇夜のハゲ頭オヤジ」も描いているが、わかるかな?


これも簡単です。

「サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノの受胎告知」の預言者イザヤですね(笑)


『Annunciazione di San Giovanni Valdarno』


ふふふ。

それでは小西六写真工業(現コニカミノルタ)のカラーフィルム「さくら天然色フヰルム」のコマーシャルソング、灰田勝彦の『僕はアマチュアカメラマン』最後の5番を見ていこう。





大「ではいよいよ最後の5番です」

角「くそぉ。最後くらいは言い当ててやるぞ」

横「ははは。君の当ててやるは全く当てにならんな」

角「まあ見ててください横溝先生。もうパターンは完全に理解しました」

大「では行きますよ。♬僕はアマチュアカメラマン、スピードスナップ撮影会、押すな人混み、押されてよろよろ、競馬競輪電車汽車♬」

角「撮影会… 競馬競輪電車汽車…」

大「♬あっち向いて、こっち向いて、はいっパチリ、はいいけれど、写真が出来たら、みんなブレている♬」

横「♬あらブレている、おやブレている、あゝみんなブレている♬」

横「オチは、ブレている…」

大「さあ角川さん、5番の歌詞、わかりましたか?」

角「うーむ… 押すな人混み、押されてよろよろ、か… しかしフラ・アンジェリコの『受胎告知』に人混みなど描かれていない…」



ふふふ。わかりましたよ。

読み解く鍵は「スピードスナップ撮影会」ですね。

スナップ写真は英語で「snapshot」と言い、直訳すると「瞬間的に光や音を発するもの」つまり「電光石火」という意味…


この歌の「僕」である天使ガブリエルは、上半身から眩い閃光を放っている。

まさに「snapshot」だな。



そしてマリア同様に天使ガブリエルも前かがみの姿勢で胸を押さえている…

まるで誰かとぶつかって痛がっているように…

だから「押すな人混み、押されてよろよろ」ですね。


『Annunciation』Fra Angelico


では「競馬競輪電車汽車」は?


競馬場にはラチと呼ばれる「白い柵」があり…



競輪場にはバンクと呼ばれる「丘」がある…



ふふふ。つまり?


『コルトーナの受胎告知』と『サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノの受胎告知』に描かれる「エデンの園」のことですね。



その通りだクリス君…



角「なるほど… 確かにあの柵と丘は、競馬場のラチと競輪場のバンクに見える…」

大「そしてあの柵は線路のようにも見えます。だから競馬競輪電車汽車なんですね」

角「なんてこった…」

横「はっはっは。ここまでくれば、いくら鈍感な君でも、オチの意味はわかるだろう」

角「5番のオチは、ブレている…」

大「そして5番はこの歌の締めくくり。つまり5番のオチは歌全体のオチでもあります」

角「歌全体のオチ?」

横「まさか、まだわからんのか?」

角「ブレているは歌全体のオチ… いったいどういうことだ…」

大「角川さん、難しく考える必要はないんです。物事はシンプルに」

角「シンプルに?」

大「アマチュアカメラマンの写真は、なぜブレるのでしょう?」

角「なぜブレる? そんなの決まってるだろう。カメラを構える手がピタッと静止していないからだ。フラついているから写真がブレる」

大「角川さん、今あなたは答えを言いましたよ」

角「え?」



写真がブレているのは、手がフラついているから…

つまり「フラ」アンジェリコ(笑)


左様。

そしてフラ・アンジェリコの『サン・ジョヴァンニ・ヴァルダルノの受胎告知』のマリアの家の壁には「ブレていて何が映っているのかよくわからない画」が飾られている。



もう、そうとしか思えません。

あれは「ブレていて何が映っているのかよくわからない画」以外の何物でもない。

まだ手ぶれ写真も抽象画もない時代に、フラ・アンジェリコは何を意図してあんなものを描いたのでしょう?



さあ、それはフラ・アンジェリコ本人に聞いてみないとわからない。


あの世で聞くことは出来ないんですか?

フラ・アンジェリコは天国にいるでしょう?


フラ・アンジェリコは聖人だから、一般庶民とは違う階層の天国におる。

わたしレベルの霊では、おいそれと行けないところなんだな。


やはり死後の世界はダンテの『神曲』に描かれているような厳しい階級社会なんですね…


ふふふ。では話を戻そう。

『僕はアマチュアカメラマン』を作詞した三木鶏郎がこのアイデアを思いついたのは、おそらく灰田勝彦という人物によるところが大きい。

灰田勝彦は、ハワイへ移民した親のもと、ハワイで生まれ、ハワイで育った。

ちなみに灰田の父親は、広島県出身で、人望の厚い医師だったという…


灰田勝彦(1911-1982)


広島県出身? 父は人望の厚い医師?

大林宣彦と同じじゃないですか!


大林宣彦(1938-2020)


大林君は成城の学生時代に私の『瞳の中の女』を読み、不二子像の作者「灰田」の由来が灰田勝彦だと気づき、何か運命を感じたそうだ。

その後、テレビCM制作の世界へ入ったのも、日本初のCMソングである灰田勝彦の『僕はアマチュアカメラマン』の影響が大きかったらしい。

そしていつかは商業映画の監督になって、必ず『瞳の中の女』を映画化してみせると、心に誓っていたとか、いなかったとか…


そうだったんですね…


そして灰田勝彦は、父の死後に日本へ帰国し、東京で学生生活を始める。

当初は兄の晴彦と共に医師の道を目指すが、医学部の受験に失敗して立教大学へ入り、兄弟で日本初のハワイアン合唱グループ MOANA GLEE CLUB(モアナ・グリー・クラブ)を立ち上げた。



ハワイアンのコーラスグループ?

なるほど、そういうことか…

南国の海をバックに唄う吉田日出子とマザーグース合唱団の謎シーンは、灰田勝彦とモアナ・グリークラブを表していたんですね…



ふふふ。そういうことだ。

そして灰田勝彦は兄晴彦と共に日本ビクターからデビューし、次々とハワイアン音楽のレコードを発表して日本にフラ・ブームを巻き起こした。

『ハワイアン・フラ・ソング』『フラ天国の小星』『ビューティー・フラ』『ワイキキのフラ娘』など、数々の名曲フラを世に送り出したのだ。




角「灰田勝彦は… 日本にフラを広めた…」

大「だから三木鶏郎はフラ・アンジェリコの絵を基にしてCMソングを作ったのです。灰田勝彦といえばフラですから」

角「なんてこった…」

横「どうした角川君、フラフラしとるぞ。大丈夫かね?」

角「あ、はい… 大丈夫です… ちなみに横溝先生は『僕はアマチュアカメラマン』を聴いて、すぐにカラクリに気づいたのですか?」

横「当たり前だ。何かを別のものに言い換えるという手法は、物書きにとって基本中の基本だからな」

角「そうなのですか?」

横「Fly me to the moon と同じことだよ」

角「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン?」

大「私を月に連れてって、火星と木星の春がどんなものなのか見せて。これは、私の手を取って、ダーリン、私に口づけして、を言い換えたものなんです」

角「ジャズのスタンダードナンバーくらい知ってるよ、大林君」

大「では、なぜ《私》は《ダーリン》への《告白》を別の表現に言い換えなければならなかったのでしょう?」

角「なぜ? さあ…」

大「なぜなら《私》も《ダーリン》もどちらも男性。つまりこれはスキャンダラスな口づけ、男性同士の口づけなんですね」

角「は? 新宿二丁目系ってことか?」

大「それと、ある有名な《男性同士の口づけ》を重ねたものなんです。人類史上最も有名な《スキャンダラスな口づけ》を」

角「もしかして… ユダの接吻?」

横「わっはっは。わたしが大阪薬学専門学校の学生時代に書いた処女作『恐ろしき四月馬鹿(エイプリル・フール)』も、某有名絵画に描かれているものを言い換えて別のストーリーにしてみせたものだ。だから《実は殺人事件など起きていなかった》というオチなのだよ」



処女作『恐ろしき四月馬鹿』?

これですか?



そう。

死体がどこにも見当たらず、血の染みがあるシーツだけが残されていて、ルームメイトが「血のついた短剣」を隠し持っていたという事件『恐るべき四月馬鹿』は、この絵を「in other words」したものだ。


『St. John and St. Peter at Christ's Tomb(ヨハネとペトロ、イエスの墓にて)』Giovanni Francesco Romanelli(ジョヴァンニ・フランチェスコ・ロマネッリ)


なるほど…

確かに「殺人事件など起きていない」ですね…

イエス・キリストは不死なのですから…


不二子殺しの真犯人が誰なのかハッキリとわからないまま終わる『瞳の中の女』も同じこと。

そもそも殺人事件など起きていないのだ。


殺人事件など起きていない?


そう。だから大林君は不二子が生きていたことにした。

そもそも『瞳の中の女』で不二子は殺されてなどいないから、これは正しい解釈、描き方と言える。

不二子のストローハット(麦わら帽子)が風で飛んで『人間の証明』になるのも、決して大林君の「おふざけ」やパロディなどではない。

『瞳の中の女』を含む「〇の中の女」シリーズを、忠実に再現しただけのことなのだ…



いや、どう見ても『人間の証明』のパロディでしょう?



だから違うと言ってるだろう。

不二子から岡田茉莉子へと渡った「麦わら帽子」は、マリアの「後光・光背」が投影されたもの。

「ストローハット」と「ハロー(halo)」の駄洒落だ。



あっ…


だから岡田茉莉子は「楽園」をバックに「ハウス・カレー」を食べていたのだ。

自分の座っているところが「楽園の見えるハウス」であることを示すために。



ああ… 確かに「楽園の見えるハウス」だ…



「受胎告知」の場面では、旧約イザヤの預言「見よ、乙女が身籠って男の子を産む。その子はインマヌエルと呼ばれる」が引用される。

だからエマニエル坊やのような黒人ハーフの少年、ジョー山中が起用されたのだな。

多くの宗教画イコンに描かれる救世主インマヌエルは、縮れ毛の黒人系少年の姿をしている。



なんてこった…

「〇の中の女」シリーズにも「ストローハット」のトリックが出て来るのですか?


ストローハットのトリックが出て来るのは『傘の中の女』だ。

傘とは日傘、つまり「halo(光背・後光)」のこと。

もちろん「カサ」と「casa(家)」の駄洒落にもなっていることは言うまでもない。


なんてこった…

やはり大林宣彦の映画『金田一耕助の冒険』を理解するには、「〇の中の女」シリーズをまとめた短編集『金田一耕助の冒険』を理解しなければならないのか…


当たり前だ。

角川映画・角川文庫のキャッチコピーを知らんのか?


読んでから見るか、見てから読むか…



つまり、映画を見るだけ、小説を読むだけでは、不十分なのだ。

どちらも理解して初めて作品の意味がわかる。

これが角川映画、そして角川文庫の看板である私の小説の神髄。


では… 解説をお願いします…

大林宣彦が『金田一耕助の冒険』として映画化した未解決事件『瞳の中の女』そして「〇の中の女」シリーズを…


いいだろう。

というか、最初からそのつもりでここへ来たのだ。

いかに大林君の仕事が完璧であるかを現世の人間たちに知らしめるためには、私の短編集「〇の中の女」シリーズの本当の意味を解説するしかないからな。

この私自身の手で…



つづく




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?