今日は、株の配当金が年で100万もらえるようになったらどうするかを妄想したい。 自由に使えるお金が100万あったとしたら、やっぱり旅行したい。 ハワイ、ニュージーランド、オーストラリア、モルディブ。あとスイスにも行きたい。 きれいな景色、とりわけ海を眺めながらおいしいものを飲んだり食べたり。なんと最高であろうか。 誰かとワイワイガヤガヤしながらではない。沈黙や少しの会話だけでも気まずさを感じない関係性の友人や家族と過ごせたならこれまた最高だ。 …そういえば先日書いた
就活をしていた時から育休の途中までの約10年もの間、私は自己実現のために仕事をするものだと思っていた。 だから仕事ではとにかく認められたくて、自己犠牲的に頑張ったつもりだった。 しかしながら、1人空回りをしているような気がして、周囲からはほとんど認められてなかったような気がする。 私は何のために働いてるんだろう? やっぱり出世もしたかった。あの人はさばけるねって評価されたかった。 でも出世ルートからは外れてる。もう自分のためには頑張れないな。 …と打ちのめされてい
こんにちは、オカクミです。 ブログから遠ざかりつつある今日このごろ。 諸所の事情で書きたくても書けないことが多くて、ね。 でもなんか書きたい! 私を表現したい! …という訳で、 「こんな老後を過ごしたい」 というテーマで筆を取ってみた次第です。 オカクミの妄想に付き合ってもイイぜ、という心お優しい方がおられましたらぜひ最後までお付き合い下さい。 きっとあなたも老後を妄想してしまうに違いありません。 定年退職後は、気の合う友人たちとお茶したりして優雅に過ごしたい
私は書くのが好きである。実績はまだない。 社会に出てからは趣味もなく、やるべきことしかしない、つまらぬ人生だと思っていた。 そんな私が親になり、長男はまさかのダウン症! 今までの私のままじゃ、なんか絶対よくない気がする…! 言い知れぬ焦燥感に駆られ、私には一体何ができるのか必死に模索してきた。 あれこれやってみて、やっと楽しみながら打ち込めるものにたどり着いたのが2年前。 それがブログだ。(細々とやってるけどな!) ただ人生をふり返ると、私は小学生のころから物語を
長男を出産してしばらくしたころ、私は自宅から10分ほどの場所にある整体院に通うことにした。 産後の体をメンテナンスするためだ。 月1〜2回、1年ほど通ったが行かなくなった。 私には合わなかったのだ。 どういうところが合わなかったのか。 言語化するのは難しい。 私と相手の「信じるもの」が相反するとでも言おうか。 その整体院は、40過ぎの男性が1人で切り盛りをしていた。 彼はとても物静かな人だった。 積極的に会話をせず、申し訳程度に「今日は天気が良いですね」などの当
去る日曜、かねてより闘病中だった祖母(93)が息を引き取りました。 いつかこんな日が来るとは分かっているつもりでしたが、実際にこの日を迎えると、やっぱり悲しいものですね。 なんだか心にポッカリと穴が空いてしまったようで、ただひたすら悲しいです。 日課だった自分軸手帳に1日の内容を書くことも、スキマ時間を見つけてはむさぼるようにしていた読書も、いまの私からは気力が出てこなくて行えておりません。 まさかこんなに落ちこむとは思っていませんでした。 私が祖母にできることは
年末、祖母(93)は医師から 「今年いっぱい持つかどうか。生きられて2月までやろう。」 と告げられた。 あまりにも突然の宣告だったので、私は非常に動揺した。(それは前回のnoteに書いた通りだ。) 祖母のために何ができるだろう? 必死に脳みそを振りしぼった結果、次のことをした。 孫達・ひ孫達の写真&オカクミのメッセージ付色紙のプレゼント 祖母の大好きな柿をポケットマルシェ(農家から直接購入できるアプリ)で購入。 祖母の退院時に親戚が集まることが見込まれたため、
今年も1年が終わろうとしている。 子育てのかたわらで、ブログサイト運営、簿記3級の勉強、FP3級の勉強、月10冊前後の読書等、毎日がとても充実していた。 大変なことも沢山あったけど、その都度解決して乗り越えてきたつもりだ。 しかし、これだけは時間がかかりそうだ。 祖母がもうすぐ、この世を去るという事実の受容。 正直、祖母とは話が合わなかった。 耳が遠くて話は通じないし、長男のダウン症のことも理解ができず、 「なんでこんな歩かんとね?あんたがテレビばっかり見せるけん
ブログを始めて1年が過ぎた。 「私のつよみは何だろう?」 「どの分野だったら、役に立つ記事が書けるだろう?」 自分自身と真正面から向かい合ってきた1年。 就職活動のときにも、周りの友人たちより自己分析をしたつもりだった。 しかし今ふり返ると、当時の私はまだまだ甘いと痛感した。 ブラックサンダーにいちご🍓ジャムとホイップクリームをつけて食べるより甘い。 そう思えるほど自分と向かい合ったと自負している。 ブログ記事を作り、数ヶ月後に読み返してみると新たな発見がある。
6月に泊まったコテージを写真多めでサラッと紹介したいと思います!(めっちゃ今さら 笑) 本当は場所も紹介したいんですが、 なにぶん私が身バレしてはならぬ身のため、控えさせていただきます。 大変申し訳ないッス。 じゃー行きますよーっ! コテージの外観⏬ この日はあいにくの雨。 ならば、しっとりとした雰囲気を味わいましょう♪ コテージの玄関⏬ 「和」な感じが素敵! トイレの芳香剤のにほひが玄関中を包んでいたのが気になるけど、美しいから許される。 玄関から上がって
♪トイレには それはそれはキレイな 女神様がいるんやで (植村花菜:トイレの神様より) 数年前、職場でのことだ。 血相を変えてトイレから戻ってきた後輩が、早口でまくし立てるように訴える。 「Gがいた!Gがいた!! 今トイレに行ったらGが真っ二つに切れていました!! 掃除のおばちゃんに早くなんとかしてもらわないと!!!!」 その場には私を含め、女性4人。 ・当時50代後半の女性の係長(以下:係長) ・当時30代後半の先輩 ・私(確か29だったと思う) ・後輩(20代
ブログもっと上手に書けるようになりたい〜! と、思っていろんな方のブログを読ませていただいてます。 そんな中、Twitterで相互フォローして下さったNむらさんという方のキャンプの記事を見て、めっちゃ楽しそうだなと感化されました。 私はきれいで清潔なトイレしかダメなので(苦笑)きっと、キャンプは一生無理だろうなと思っていました。 ところがどっこいっ!Nむらさんの記事によると、コテージなるものがあると言います。 コテージ! コテージは「小さい家」「小別荘」などと和訳さ
めちゃくちゃ笑ってめちゃくちゃバカした そんな大学時代ー 私が通っていた大学には1年次に体育の授業があった。選択制ではなく、強制的に。こういう大学は珍しいのではないだろうか。 私は幼いころから体育が好きだったので、うれしかった。 しかも、大学の体育の授業は高校時代までと違って集団行動みたいなのがなかった。 先生はとっても優しい先生で、私たちが先生の話を聞いてなかろうと全然怒ることはなかった。 だから、だろうか。 私は体育の授業中に居眠りをしている人を初めて見た。
あなたは親しい人に苦言を言えますか?…私は言えません。男の人には割とハッキリ言えるんですが、同性となると途端に言えなくなります。 苦言には2つの側面があると思っています。 ・NOを伝える(自己主張) ・注意する(相手にとってイヤなことを言う) 私の場合、この2つともできません。 基本的に私はすごく口が悪いんですね。だから「傷つけてしまうかもしれない」と心配して言えないんです。 友だち等から頭に来ることを言われても黙って我慢します。これがつもりに積もると大爆発して怒鳴
子どもたちの寝かしつけが終わった。今日の朝は早く起きたけど寝るのが惜しいので久しぶりにnoteに投稿してみよう。 長男は今月から週3回、療育センターの親子通園に通っている。 本来なら私がいく予定だったが、どうしようもない大人の事情でうちの母が連れていってくれている。 その間、私は次男と2人。 長男がいない分、少しぐらい自分のことができるかと思えば、とんでもない。 次男がイタズラに目覚め、次から次に部屋を荒らしていくではないか。 ダウン症の長男が1歳のころはこんなに
先日、中学時代の友達が2人、私の家に遊びに来ました。 同級生の男子(イケメンで人気者で文武両道)の話題が上がり、彼のFacebookを友だちと見ていました。 奥様からのタグ付けの投稿が多く、内容はラブラブなものばかり。 その中で彼のお母さんの写真が載っていました。 当時、彼のお母さんのステージママっぷりはすごかったです。 目に入れても痛くないくらい、むしろ目の中に入れたいんじゃないかというぐらい可愛がっていた彼のお母さん。 今ならその気持ち、分かります友達がどんな