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福祉施設の夜勤8


だいぶ慣れてきた。ベテランおじいちゃんの仕事が早すぎてほとんど暇だった。利用者と1時間くらい話したりした。深夜暇すぎてベテランと色んな話をした。

「普通ちゃんとした研修をしてからやる。ここは未経験ばっかだからオムツの種類も2.3個しか無くてサイズが全く合ってない。異常に入居者の出入りも激しいので客側からの評判も悪い。社員の夜勤は18時間勤務に2時間休憩と、労基を余裕で破っている。明けで日勤に入ることもある」

「はぁ……」とため息をつくことしかできなかった。

「でもまあ他の施設もね、生理の血を壁中に塗りたくってそれを掃除したこともあったよ。んで、若い女の子の入浴介助を男がする所もあって、セクハラで利用者の身内からクレームが来たり。まあ会社が責任取るんだけどね。本当に酷いところは深夜でもずっと徘徊して騒いでるからここみたいにゆっくりする時間ないよ。それでも休憩4時間くれたりする。給料もここより良い。色んな施設があるけど、大抵どこかしら終わっている」



ああ、この業界は地獄だ!凄い!この現代に狂った無法地帯の様な地獄があるとは!

「だから俺はもし仮にここを辞めたらもう金輪際この種類の仕事はしないね。そらくんは1年くらいここでスキル積んで、他の所で社員として働くとかもいいと思うよ。もう限界になったら別の職種を探して、就いてもいいと思う。それはそらくんがきめること

「まあ……僕も数ヶ月続けられるかもう不安ではあります笑」

ただここは如何せん利用者の世話が楽である。理由はほとんどの従者が無資格で構築されているから。本当に重度(精神病棟並)の人は流石に来ないし、大抵そういう人と判明したら追い出す。
問題は社員クラスの人達からの見られ方くらいか。


僕はトロい代わりにバカ真面目なので、連絡ノートに書かれていたようなことはしっかりするし、メモも頻繁にとって覚えられるようにひたすら考えて、情報を見て、知識を得た。例えば統合失調症がどんな病気かすら知らない従者が普通にいるような中、浅く独学だが自分も鬱病であるし理解と拒否感の無さだけにおいては長けている。

ただ、もう少し利用者とのコミュニケーションを上手くできたらいいね、と研修記録に書かれた。「彼らが細かな会話を良いと思うか、邪魔で不快とはならないか」という要らない気遣いのせいで利用者と距離を縮めるのが遅い。とはいっても利用者も僕に慣れてきたのか、ちょっとした話をしてくれる割合が増えた気がする。

統合失調症でお喋りの人が居る。先月は夜中に騒いだりしてて、今は落ち着いているのだが、結局6月には退去してしまうらしい。その人はPS2でドラクエをやってる途中らしく、僕は唯一ドラクエの5だけはやっていたので中々会話が弾んだ。

「朝食のもやしの和え物は45点だけど、味噌汁は95点!ハンバーグは100点!」と喜んでいいのか分からないことを言われた。夕食時に「味については僕はまだ慣れてなくて、正直に言って欲しい」と素直に伝えたので素直に返してくれた。嬉しい。彼は過去に酷いことを結構していたらしく、相談員からも「退去、この人はとにかく退去」と冷たくされていたらしい。それでも僕が入る前の奇行は僕が入ってから見られないし、根は良さそうなんだよな。周りの利用者に積極的に明るい事を言ったりしているし、「どうしようもない人」とは思えない。これからまた彼の奇行が出てしまい、その認識が変わるのは嫌だな。

正直ベテランおじさん以外の職員より一定数の利用者の方が喋りやすい。結局僕の属性はどちらかと言えば"そっち側"なんだと思う。薬物中毒に鬱病、自傷行為、パニック発作、被害妄想に悩まされ続けてきた以上、それに似ている彼らに感情移入をせざるを得ない。ただ僕の給料から引かれる数万の税金は彼らが使っている訳で。なんとも言えない気持ちになる。
まあ彼らのような人達が少しでも楽に生きれているなら、自分のカスみたいな金くらい多少取られても許してあげるべきなのかな。でも今は居ないが頻繁に暴言を浴びせてくる様な、「救いようがないよ」とどうしても思ってしまう人もその中には居るのも事実で。

僕と彼ら(精神病・発達障害持ち)のこの立ち位置の違いってなんなんだろうって。自分は環境と親の金銭面が潤沢だから今は世話人側に奇跡的になれている。けれど逆の関係になる世界線だって充分有り得た。精神病も無く何らかしらの障害も無く、病状の詳細も知らない世話人には生まれないであろう考えさせられることが、利用者の会話や行動の節々に沢山ある。

介護福祉の類でどれだけ上の立場になろうが、結局ほとんどの人が延命治療の様な妥協の妥協策の救いしか用意できない。どうしたら彼らを救えるのだろう?万能な薬を発明する?政治で支援をもっと手厚くして世話人も利用者も明るい生活に導く?いっそ殺してあげる?どれも自分なんかに出来ない。なんならそうされる人間になってしまう可能性だって大いにある。

「貴方の仕事はそういうものだからできる範囲のことをすればいい」

と母親は言うが、できる範囲って湯煎の低俗な飯を作って全体を掃除して、その中で良好なコミュニケーションを微小に取る事に、大した効果は無いと思ってしまう。心底嫌な仕事だ。こんなことが根本的な救いになるものか。自分のそれくらいしかできないという、能力の無さが浮き彫りになって、そんなんで時々気が狂うほど疲れて、本当になんなんだ。

地獄、地獄、この世は地獄。表向きだけ綺麗で平和に見えて、裏を覗いたら臓物の様に醜く嘔吐するほど臭く血みどろな現実。自分の頭の中の世界に近い世界を現実に味わって、気持ち悪い安心と楽しさと苦痛が混濁して――

何年前だか利用者を殺して回った事件の加害者に同情する。

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