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64.わたしが二番目に悔しかったこと

わたしが二番目に悔しかったこと

それは、一生懸命に描いたイラストがわずか3000円だったことです。。

さらに、その3000円の作品は何日間もかけて、練りに練った会心の出来のキャラクターでもありました。それに愛着もあります。なぜ3000円かって? うーん!お金も欲しかったり、それよりも相手の予算の範囲内だし……。

「じゃあ、両方とも合意の上で金額を決めたわけだから、何も問題はないじゃあないか。それにお前は納得して、その仕事を受けたんだろ!」

その通りです。

でも、わたしにはそれでもいくつかの納得できないことがあります。

わたしの制作した仕事は、動物のキャラクターデザインです。
当時は生活にも苦しく、安くても仕事をもらえるだけありがたいと思っていました、何よりも自分の作品を世に出すことが嬉しかったのです。
だから、何百点も描き続けてきました。

しかし、何十点を描いても選ばれるのはほんのわずかです。それにクライアントからの注文でポーズを変えたりして何度も何度も描き直しをしました。だから、1点3000円の仕事ではなく、1枚300円ぐらいの仕事。

描けば描くほど苦しくなる、あまりにも低すぎる価格です。今、思えばよくそれだけの仕事をしていたのかと思うとまったく信じられません。

しかし、そのクライアントはわたしに仕事を出し続けるのだから、少しは価値があったのでしょう。

だが、ある日、

「社長、すいません。大分仕事もこなしてきて実績も少し出てきたと思うのですが、1枚3000円の費用を少し上げてもらえませんでしょうか……」 

「やなら、やめてもらっていいんだよ」

なんと驚きの言葉。
一瞬、何を言っているのか信じられない…。

「ちょっと待ってください。別にやめる話をしているのではなく、もう何百点も商品化されているのですし、価格を上げることが無理でしたら、せめて著作権料をいただけないでしょうか。ひとつの商品に対して2%〜3%(2円〜5円)でいいのですが……」

「馬鹿いってんじゃあないよ。著作権はウチにある。1点につき3000円で買い取っているのだから、それに今さら著作権料など払うつもりはない……」

なんとひどい言葉なのでしょう。

もう数年も取り引きしていました。

本音をいえば、3000円だからといって不平や不満があったわけじゃありません。これだけ身体をはって頑張っているのですから、もう少し評価してもらえてもいいのじゃあないでしょうか。

もし、嘘でも「良くやってくれている、ありがとう。今は会社の予算をこれ以上出すことはできないが、もう少ししたら考えてみる……」とでもいってくれたのなら、おそらくそのまま続けていたでしょう。

この会社は、わたしのキャラクターを使い、エプロン、Tシャツ、袋バック、包装紙、ノートや便箋などを専門に扱っている印刷企画会社です。わたしの作品は日本全国の市場に出回っているくらい売れているものです。

何か、わたしは大きな誤りをしたのでしょうか。
その後、わたしはめでたく解雇となりました。

note記事を見ている本を皆さん、こんなことが許されるのでしょうか。

そして、話はまだまだ続きます。どうしても納得できず友人の紹介で弁理士の先生と会うことになりました。

「うーん。著作権ねえ。たしかに著作権はあなたのモノだったけど、そこの社長のいうように3000円をもらって譲渡したんでしょ。これは戦っても負けるよ……」

「でも、本で読んだんですけれど、著作権は譲渡しなければ、著作権はわたしにあり、3000円をもらったけど、譲渡はしていません。それに、著作権には著作者人格権もあり、著作者に承諾なしで勝手に改変してはならぬと本に書いてありました。わたしに承諾なしで、わたしの作品が勝手に変えられているのがたまらなく、つらい、なんとかならないのでしょうか……」

「はっきりいいましょう。こんなことで争うことより、早く他の仕事を見つけたほうがいいですよ。それに、これで争ったってわたしのビジネスにならない(儲からない)。つまり、争う意味がない……」

え? 

この言葉を聞いたときの悔しさがわかるでしょうか。

こんなにも著作物の評価、わたしの評価は低いのでしょうか。こんなに頑張ったのに、こんなにも努力したのに……。

これも現実なのでしょうか。

「著作権はビジネスにならない」、この言葉がわたしの心の中に今でも住み着いて離れません。

「知恵」はとっても大切な財産のはず

あれから数十年、たった今もまち中の店にはわたしの作品が溢れています。日本全国のどこにいってもわたしの作品に出会います。
そっと目を反らす。
じっと見つめていると何か自分が悪いことをしているのかと勘違いしてしまいます。
先日も池袋のサンシャインの中のわたしの作品と出会う。
友人たちは知っていて「お前の作品だよ。凄いなあ!」といいます。

しかし、わたしの心の中では、わたしのものであってわたしのモノでないと答えます。

そして、わたしは「著作権」という言葉を追求しはじめました。


特非)著作権著作権協会です。
創作の価値ってなかなか評価がむずかしいですよね。

一枚の絵を描くのに数分で描く人と数時間、数日間かけて描く人もいます。それは創作者の考え方もありますし、表現の仕方も違うので当たり前の話です。

しかし、芸術家や有名人ならばたった一枚の絵でも高額な取り扱いとなりますが、私たちのような無名な創作者の場合、数日間かけても評価が低い。

note記事の世界でも、時間をかけた作品でも、簡単なものでも、それを見る人にはその大変な労力がわかりませんね。

このようにビジネス取引においても、創作の分野には価格表など存在していませんし、ほとんどが目分量又は、予算、またはどんぶり勘定となっています。

私たちがコンビニで働けば時給1100円いただけますが、創作の世界で8時間かけて描いた作品がよほどでなければ、8800円にもなりません。それって、おかしいですよね!

今回の「わたしが二番目に悔しかったこと」は数十年前の話ですが、デジタル、ネット社会の創作費用というものはまったく変わっていないという恐ろしさを感じています。

しかし、その解決方法が「著作権」「著作者人格権」を主張する、もっともっと著作権法を知る、伝えることによってこのような問題が少しでも減り、わたしたち創作者(著作者)にとっての必要不可欠な武器になると考えています。

創作者たち、いまこそ、正当なる対価、正当なる価格をいただくようにしましょう!

ここまで、おつきあい感謝申し上げます。

この「著作権ノウハウ」がみなさまのお役に立つことを心から願っています。毎週(月)(水)(金)の週3回連載、また来週の月曜日に見てくださいね。

ありがとう!



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