マガジンのカバー画像

小説

56
シリーズものでない小説はここです。
運営しているクリエイター

記事一覧

堀川くんの憂鬱

堀川くんの憂鬱

「一旦、タバコを吸うのをやめようか」

私は、彼の口に引っ掛かったまだ火のついたばかりの四角いタバコを摘み上げた。

すこし残った煙だろうか。彼は残尿のようなそれを吐いて、ため息をついた。

「どうしたんだい。またしょげてるね」

「そりゃ、やる気もなくなりますよ」

「やる気かい」

「ええ」

彼は呆れたように首を揺らした。

私は話を聞こうと彼の隣に座った。これまでも何度かあったシチュエーシ

もっとみる
壁の裂け目 短編小説

壁の裂け目 短編小説

ある年のゴールデンウィーク。
高校を卒業し、大学を待つ身である時岡は部屋で寝転んで漫画を読んでいた。
なんてことない休日。
何をする予定もない日だった。

突然の出来事。
部屋が揺れ、地響きのよう音が体に響いた。
地震かと思った。時岡は漫画を置き、安全な場所を目で探した。と同時に、部屋はまた無音に戻った。

窓の外を見るとさっきの揺れは何もなかったみたいに、人も鳥も何食わぬ顔でいる。
「あっ、えっ

もっとみる

Down the hole 【短編小説】

 自由とは何か、武士とは何か、わからなくなってきた。
 金はある。が食い物がない。
 刀はある。が飲み水がない。
 窪下穽之蔵は空を見上げた。そこには昨日と何一つ変わらない、青い空が丸く切り取られて見えた。

 穽之蔵には楽しみがあった。狩猟である。
 昨日のことだ。
 趣味の狩猟に赴こうと朝早くに家を出て、山へ踏みいった。屋敷から近いが初めて入る山である。猟銃一丁ぶらさげて、腰に刀と水筒だけ、身

もっとみる
みどりちゃん u6

みどりちゃん u6

 ・・・・・・

 わたしが目を覚ますと、やはりもう兄は部屋をでていて、そこには誰もいなかった。

 わたしは歯磨きだけをして、服を着かえるとそのままもう家を出ることにした。

 わたしは何も持たず玄関まできて、靴を履くために座った。

 わたしの靴をとって足をいれたそのとき、ガチャリと目の前で扉がひらいた。外のほうが明るいようで、そこに立つ謎謎くんは光に溶けてとっさには見えずらかった。

「謎謎

もっとみる
みどりちゃん u5

みどりちゃん u5

 わたしたちは、海へ到着した。

 海とは云い条、砂浜ではなく港である。わたしはどっちも好きだけれど、兄は港の方が好きなのである。なぜなら、ほら静かにすると聞こえてくるでしょう。波が港のわきにぶつかって とぽん とぽん どぽん となる音が。これが耳に響いて心地よいのだそうだ。

 わたしたちは鎖をまたいでコンクリートの岸に足をさげて座った。

 きょうは早朝に水族館へ、それから両親の家を出てこの町

もっとみる
みどりちゃん u4

みどりちゃん u4

 空調の音が耳にはいった。

 また目が覚めて、今度は清潔な図書館のベンチに寝ているのに気づいたとき、果たしてこの頭にあるおぼろげな恐ろしい映像は本当かどうかと疑った。ここはどこかというと、わたしは知っている。わたしがはじめて謎謎くんとあったところである。馬鹿みたいな言い方をすると、謎謎くんとはじめましてをした場所である。けれど、謎謎くんもいなければ、丸植さんの笑い声もしなかった。

 しかしすぐ

もっとみる
みどりちゃん u3

みどりちゃん u3

 さあ、それから丸植さんは、廊下へ一度はけると、そこからテーブルを引っ張ってきた。安そうな、骨の細い、不安定なテーブルである。彼はそのテーブルの方を確認することもなく、片手で引っ張りながら歩いてきた。とても雑な引き方で、テーブルの足は砂とこすれて雑音をならした。

「こういうドラマチックな仕掛けを……計画していたわけじゃあないですけれど……やっぱり楽しいですね。えへへ。タキさん、あなた不思議がって

もっとみる
みどりちゃん u2

みどりちゃん u2

・・・・・・

「ん、起きたかな」

 と、目が覚めたわたしの頭は、コップの中のようであって、そこに声はくぐもった音で聞こえたのであった。

「ごめんね、でもね、こっちもこのまえ思いついて、いま突貫で動いているんだ。だから、ああいう短絡的な行動にまかせるしかなかったんだよ」

 丸植さん……、泥の残る意識で、わたしはこの聞き覚えのある声の正体を探り当てた。

「おお、気がついたね、山下さん、久しぶ

もっとみる
みどりちゃん u1

みどりちゃん u1

『ウサギ』

 わたしは兄から合鍵を受け取っていたので、マンションへはそのまま入ることができた。兄の部屋は一階の一番奥である。最奥というやつだ。塞翁が馬、というのは、人生なにが起こるかわからないという古事成語であるが、たしかに、わたしが兄の部屋のチャイムを鳴らすと、知らない女の人が扉をあけて出てきた。目が合って固まる二人の間に、「てん、てん、てん」という効果音がどこからか流れた。

「あの、あおと

もっとみる
みどりちゃん t6

みどりちゃん t6

「ねえ、みどりちゃんには、恋人みたいな人はいるの?」

「いないよ。しずくちゃんにはいるの?」

 聞き返すと彼女は照れたように首を傾けた。

「ぼくにはいるよ」とひっつき虫が云う。「ぼくのとなりにいたジェシカちゃんだ」

「あら、そんな風に名前がついてるの?」としずくちゃんが聞く。

「そりゃあね、ぼくだってなまえがあるさ。ぼくのなまえはリアン」

「かっこいい名前ね」

「うん」

「それでそ

もっとみる
みどりちゃん t5

みどりちゃん t5

 水族館は、四角く大きくそびえ立つ。

 低い朝日に影になった水族館は、霧に溶けて、ぬっくりと揺れていた。わたしはその青い建築に竜宮城を思い出した。

 何時に開くのかわからないけれど、とりあえずわたしは入り口まで行ってみた。周りにはちょっと足がすくむくらい誰もいない。

 けれど別段そこで客を止めている風はなく、柵もロープも張り紙も看板もなかったので、いきおいわたしは空気流に逆らわずに進み、つい

もっとみる
みどりちゃん t4

みどりちゃん t4

 ・・・・・・

 それからの数日間、わたしは何もせずにすごした。ハンバーグをちびちび食べたり、水を飲んだりの昼なかがいつともなく過ぎ、というより実は昼間は寝てしまっていて、午後にもいたるころに起き出し、夜中をテレビなんかを見てすごすことに費やしていた。

 母はそんなわたしを心配して声をかけたが、母や父の前では、できるだけ明るく振る舞っていたわたしであった。けれど、そのわたしの心についた闇という

もっとみる
みどりちゃん t3

みどりちゃん t3

 次の日、わたしは云われた通りショッピングモールへ向かった。十四時なのか、午後四時なのかが記憶で曖昧に主張し合って不安だったが、とりあえず午後二時にいっていなかったら二時間後にも行こうと、それに間に合うように電車に乗った。

 そして十三時三十分くらいにショッピングモールについた。

 それでわたしは、昨日は本屋さんに行ったけれど、きょうは他の場所をみてまわろうと無目的に歩いたのであるが、そこであ

もっとみる
みどりちゃん t2

みどりちゃん t2

 久しぶりに街を歩く。

 ここへ帰ってきてから「久しぶり」「久しぶり」とばかり云っているが、本当に久しぶりなのだから許してもらいたい。散歩についてであるが、わたしは、とりあえず近場をぐるりと周り、変わらない路と家並みや国道沿いをみると、それには満足して電車に乗った。今度はどこを行こう。とりあえず、数駅いってみることにします。と何らの計算もなく乗った電車の吊り革にぶらさがって、移り変わる景色を眺め

もっとみる