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みどりちゃん u2


・・・・・・

「ん、起きたかな」

 と、目が覚めたわたしの頭は、コップの中のようであって、そこに声はくぐもった音で聞こえたのであった。

「ごめんね、でもね、こっちもこのまえ思いついて、いま突貫で動いているんだ。だから、ああいう短絡的な行動にまかせるしかなかったんだよ」

 丸植さん……、泥の残る意識で、わたしはこの聞き覚えのある声の正体を探り当てた。

「おお、気がついたね、山下さん、久しぶり。……フフフ。すまないね、こんな拙速な仕掛けで」

 わたしはソファに寝かされていた。とても気分が悪く、少し吐き気もした。わたしはゆっくり体を起こした。上から薄い布がかけられてあった。触ってみると、布団カバーだと知れた。ざらざらして、埃っぽくて、いまにも粉が飛びそうなので、わたしは少し息に困った。

 起き上がったわたしの横に、丸植さんが座る。わたしはなにがなんだか、全く理解できないでいる。しかし丸植さんは嬉しそうにうなずいて、それから気ぜわしなくきょろきょろあたりを見るように首を動かした。演技的な動きであったが、しかしそれにつられてわたしもこの部屋を見た。なんとも異様な、云いようのない不気味さのある部屋がそこにはできあがっていた。まず薄暗い。電気もまるで台本に従っているみたいにちかちか明滅する。取り替えればいいようなものを、丸植さんの演出であろうか。灰色の空気、この部屋。壁もなぐったように穴があいてあったり剥がれていたりする。床をみると砂が転がっていて、汚い。窓も破れている。そしてさらにわたしはあるものをみて、ゾッとして、つい救いを求めるように丸植さんの方をむいてしまった。

「面白いよ」

 と彼は云ったのだった。

 そしてそのあるものの方を示した。……何が面白いことがあるものか。

 丸植さんは悪趣味である。

 わたしが見たものを白状すると、それは、椅子に縛られて、顔に袋をかぶせられた男の人であった。気を失ったように首を垂れ動かない。これがあるだけで、この部屋の異様さは膨れあがるように増している。わたしは思わず目をそらした。誰なのか、その姿影からは、ちょっと想像できない。けれど、みたことがあるような感じもする。

「ごめんね、音楽を聴いていたんでしょ」

 丸植さんの声がする。

 どういったわけがあってわたしにこんな奇異な状況がふりかかるのであろう。

 わたしはつとめて落ち着こうと、深く二度息をしてとにかくパニックにはならないようにと自分を見つめた。

「音楽を聴いていたらしいね」

 と彼は云いなおして立ち上がった。そしてわたしのそばから離れると、壁際にあった椅子を引いてきてそれに座った。この気味のわるい部屋に、いつでも貴族然とした雰囲気をまとう丸植さんは浮いてみえた。まるで砂場に西洋絵画が埋まってるみたいに、吐き出した吐瀉物のうえに新品の林檎を置いたみたいにみえた。幽霊みたいなその肌の白さも、浮かんでみえる原因であろう。

 音楽を聴いていた、と聞いてわたしは思い出した。兄の部屋にいたのだ。そこでわたしは、音楽を聴いていたのである。


 兄の部屋で、カレンダーを見たわたしは、本当にすることがなかったので、珍しく音楽でも聴こうと思ったのだった。

 わたしは、兄のパソコンを見つけてそれをひらけた。それから音楽のアプリをつけたのだ。わたしは音楽に詳しくないので、兄のもつリストの中から目についたものを流した。机の前にちんと座っていくらかは聞いたと思う。

 それから、記憶がないのだ。

「問う者は、問われないといけないね」 

 と丸植さんは、わたしの記憶の呼び戻しを中断した。そして、「ああ、山下さんは、なにもしなくていいよ。見ていればいいんだよ。何もしなくてもいいんだよ。もちろん、何か云いたいことがあれば云ってくれればいい。邪魔するのもいい。自由だからね。ふふふ。僕は自由を割と大切にしているんだ」

「うん……」

 と空っぽな返事をすることしかできない。わたしはいまにも気が遠のく気分である。眉をひそめて床を見つめていることが、もう限界でわたしは何にも対することができないでいた。

 するとそのとき、椅子の人が動いた。そしてその人は「なんだ、これ。……誰だ」と袋の中から質問した。そんな彼を見て丸植さんはまた口角を上げた。とても満足そうであった。そして彼は舌で唇を濡らして、

「おはよう。タキさん」と云った。

「誰だ」

「丸植だよ」

 丸植さんは、椅子から立って彼の袋を取りに行った。袋から出てきた顔は、わたしの知った顔であった。わたしは、それにまた驚いたのであるが、当の彼は丸植さんを睨むのに必死で、わたしに気づかなかった。彼とはあの、わたしが両親のところへ帰ったときに、一晩兄の部屋に泊まった男の人であった。彼はタキさんという名だったのだ。わたしはいま初めて知った。

「なんのつもりだ、丸植」

「あなたこそ、なんのつもりで縛られてるんですか。趣味?」

「ふざけるな。どういうことだ」

「さぞ、理解に苦しむところでしょう。まあ、一旦あなた落ち着きましょう。左右をみて状況を把握してください」

 そのときタキさんはちらとわたしを見た。そして苦い顔をしてまた丸植さんを睨んだ。丸植さんは続けた。

「彼女のことがわかりますか。ええ、山下さん。みどりちゃんともいうね。ふふ。それだけじゃないんですよ。彼女、犠牲者十一少年の恋人でもあったわけだ。恋人ではなかったのかな。でも、恋人になったかも知れない。生きていたらね。あの少年の名前は、タキさん、ご存知ですか。ふふふ」丸植さんは今度、わたしの方をみた。「山下さん、彼が、ギンジくんを殺した犯人だよ」

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