みどりちゃん u6
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わたしが目を覚ますと、やはりもう兄は部屋をでていて、そこには誰もいなかった。
わたしは歯磨きだけをして、服を着かえるとそのままもう家を出ることにした。
わたしは何も持たず玄関まできて、靴を履くために座った。
わたしの靴をとって足をいれたそのとき、ガチャリと目の前で扉がひらいた。外のほうが明るいようで、そこに立つ謎謎くんは光に溶けてとっさには見えずらかった。
「謎謎くんか」
「おはよう」と彼は扉を足で留めて、そのままわたしを見下ろしていた。わたしは靴紐を引っ張る指を止めて「なあに」と聞いた。
「結局変えられなかったね。……僕はね、みどりちゃん、君に恋をしていたんだよ」
「またまた、冗談ばっかり」
謎謎くんは、わたしから顔をそらして廊下の向こうをみた。けれどそれはそこに何かがあるのではなくて、ただ首をそっちに向けただけなのである。
「だけれどね。君が自殺する日を決めているなんていうもんだから、僕はそれはいけないと思ってね、こういうことまでしてしまったんだ。つまり、君に思いとどまってもらおうと思ってね。けれどあれだね、人は恋をすると、思ってもないことまでしてしまうものだね」
「そういうことじゃないの、謎謎くん」とわたしは云った。「そういうことじゃないの」
「こうなることは決まっていて、もう変えられなかったのかい」
「当たり前だよ。五月一日までいきて、その日に死ぬ。それがわたしの唯一のルール」
「馬鹿げてるね。だけれど、僕はもう君には見てもらえないのだね」
「うん」
わたしはいつもより固く紐を結んだ。そして立ち上がる。そうすると、目の前の謎謎くんがそこにいるので、ぱたりと視線の的があった。彼はこんどは床のところへ目をそらした。
「そこでね、みどりちゃん。君に二択を用意したよ。二つの選択肢だよ。それはね、一つ目は、ここに引っ越す前に、君たち兄妹が暮らしていたあの部屋へいき、僕たちの最後の仕事を止めること。最後の被害者というのは「罪のない少女」なんだ。……こうなるはずじゃあなかったね。それと、もう一つは、森へ行って、一人で死ぬかだね」
そう云って彼は背中からロープを出してくれた。わたしはそのロープを手にとった。
「こっちを選ぶのかい」
「うん」
「助けなくていい? むこうの女の子は」
「丸植さんはそんなことしないもの。彼には、彼の考え方があるから」
「丸植さん?」
わたしが扉の外へでるともう謎謎くんは何も云わずに場所を退けてくれた。わたしはひとりでマンションを出て、森へと向かった。あの山である。というのは、みなさん記憶に残っているでしょうか。しっかり者の皆さんは覚えていることでしょう。あの、兄と登って、わたしが「日常」をみつけた山である。
ここから、そのまま坂の住宅街を通りすぎて、すぐに行けるのである。
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そして、わたしは山のひらけたところまできた。上にある空は青くて、後ろに並ぶ木々は風の音を表面にだし、下の地面は空高く盛り上がっているところ、右を見ればそこに街が広がっている。私は懐かしく思うここでしっかりと息をした。そして目の前の人と目を合わせた。
そうなのである。わたしひとりの場所ではなかった。そこには先客がいて、悠然とのぼってきたわたしと、その目的地ではちあわせた。それは誰かというと、兄である。そこには兄がいて、そこで彼はわたしをみて驚いたような表情を浮かべたのであった。それもそうであろう。だって、会うはずのないわたしと、それも謎にロープを持ったわたしとはちあったのである。
彼はあたりを見回しながらわたしと声をかわした。
「みどり、なんでこんなところにいるんだ」
「もうずっと前から、ここにくるって決めてたの」
「謎謎くんという人に会えるって聞いてたけれど」
「うん」
にゃー