見出し画像

「プロなら黙っていい仕事をするだけ」、その限界と新たな挑戦

 僕はこれまで、「いい仕事をして、その成果で、次の新しい仕事を呼び込む」、そう思っていたし、実際、そうしてきた。つまり、編集者として、読者やクライアントの期待に応えるコンテンツを企画し、腕の立つライター、フォトグラファーに企画を超える仕事をしてもらうことができれば、そのコンテンツに触れた誰かが、僕に新たな仕事を依頼してくれる、と。

 しかし、昨年末から請け負った仕事をきっかけに、今の時代に仕事を得る方法はそれだけではない、言い換えれば、「プロなら黙っていい仕事をするだけ」というある種、職人的な考え方、また、その考え方を自分に固持させようとする過去の成功体験が、いつしか自分を時代遅れな編集者にしてしまうのではないかと、危機感を抱くようになった。

 「プロなら黙っていい仕事をするだけ」、この考え方のどこに問題があり、それを固持することにどんなキャリアのリスクがあるのか――。今回は、そのことに気づかせてくれたとある経営者との出会い、そして、これから始めようとしている編集者としての仕事の新しい見つけ方、について語り、僕のnote開始宣言に代えたいと思う。

思いがけない展開

 僕は今、アムステルダムシンガポールを拠点に、編集者として海外のビジネスやテクノロジー、また働き方やミレニアル/Z世代/α世代の間に生まれる新しい価値観に関する情報を、主にオンラインメディア上で発信している。

 その一環で、昨年は「ITmedia」というニュースサイトで、IT企業の経営者のインタビュー記事を請け負った。働き方に焦点を当て、個人の働き方の変化や、それに合わせて組織をどう変えていくか――というようなテーマについて、経営者の方々と対話する機会を得た。

 このインタビュー自体はそれまでの仕事の延長線上にあったのだが、TAMというデジタルエージェンシーの社長の取材が終わった時、社長が僕のインタビューを高く評価してくれ、「見抜く力がある」と言われた。

 社長は僕のことを買いかぶりすぎだとは思う。が、心当たりがあるとすれば、おそらく彼がこれまで直観を働かせ、自然体で行ってきた会社経営を、僕なりに解釈し、言語化したことで、彼自身気づかなかったような彼の欲求を浮き彫りにすることができたのだと思う。

 その後、社長は自社の働き方が世の中の共感を生むことを知り、それを支える哲学や取り組みをもっと発信していくことで、会社の価値を高め、自社で働きたいと思ってくれる人を増やせるのではないか――と考え、その戦略に僕を加えてくれることになったのだ。

これまでとは異質な仕事

 具体的には、採用促進を目的としたオウンドメディア『TAM made by people』を立ち上げることになった。

 これまで、企業の新規採用は、まず求人サイトに求人情報を掲載し、履歴書審査→面接→内定→入社という流れとなっていたが、ソーシャルネットワークサービス(SNS)が浸透している現在、求人に限らず、個人の情報入手手段はSNSが主流になってきている。SNSでは情報をいかに共有してもらえるかが重要なので、そのコンテンツ作りのために自社メディアが必要だと思った。

 僕は、特に社員が共有してくれるようなコンテンツ作りを目指している。社長や外部の僕が採用活動をするのではなく、全社員が採用に関わってほしいと考えたからだ。会社としてどんな人が欲しいかは、もちろん人事や経営者も分かることはあるが、直接的に人材が必要なのは事業部長であったり、チームリーダーであったりする。彼らのほうがより明確に課題を捉えているし、彼らがインタビュー記事をSNSで共有してくれたら、そのほうが受け手にとっても説得力がある。

 このTAMの新しい試みは、僕にとっても新しい世界だった。まさか自分が企業の採用活動に携わるとは思ってもみなかったが、社長が僕を信頼してくれたことも嬉しかったし、真剣にやってみると意外と楽しいと感じられた。この仕事を通じて、自分がまだ知らない、やったことがない、難しい課題に取り組むことの醍醐味を再認識した。

 そして、編集者という仕事は、自分が思っている枠以上のところでも世の中に貢献できるのではないかと感じたし、その可能性を広げたいとも思った。それがnoteを始めたきっかけだ。

実績で仕事を得ることの限界

 noteでどんなことを発信していきたいか――。それは、自分が知らない、やったことがない、難しい課題を投げかけてくれる、一言で言えば、TAMの社長のような人との出会いをもたらしてくれる、そんな情報を発信できればと考えている。

 これまでは編集者として海外のビジネスやテクノロジーに関するコラム、働き方やマネジメントに関するインタビュー記事などを発信してきたが、それはいつも「想定内」の仕事だった。自分が発信した記事を見て、メディア運営者の方が「あのような記事をうちでも書いてもらえませんか?」と声をかけてくれるように、過去の実績が次の新しい仕事を途切れることなく呼び込んできた。

 この流れだと、自分から営業しなくても次の仕事を得られたし、経験を元にしているため、クライアントの要求と僕の提供できる仕事の間にミスマッチがなく、迷惑をかけることもなかった。さらに過去の実績を基に価格面でも交渉しやすかったり、「黙っていい仕事をする」といった職人的なカッコよさもあったりする。つまり、このやり方にはたくさんのメリットがあったのだ。

 しかし、これだけだといつも過去の「焼き増し」的な仕事しか来ない。さらに、過去の実績だけに基づいた仕事に対しては、求めたことは当然やってくれるものと、クライアントも期待値がさほど高くなく、お互いに熱量が低い。新しいチャレンジを呼び込むためには、過去の延長線上にある情報ではないものを発信していかなければならないのではないか――というのが、僕が昨年後半にぼんやりと思いついたことだった。

自分を全方位で発信

 noteではこれから、編集力のさまざまな活かし方に関するアイデア、実際の仕事、プロジェクトにおける仮説と実験、検証結果などを発信していけたらと思う。

 今の自分にとって最大の関心事は、どうすれば、読者に態度・行動変容を促せるのか、ということ。より具体的には、オウンドメディアを運営する企業への読者の転職意向を高めるか。いわば、エモさの因数分解とユーザーの導線設計だ。

 これまではいかに多くの人にコンテンツを読んでもらえるかが、クライアントから僕に課せられたKPIだった。次はコンテンツを読んでもらった先で、読者を動かすことに挑戦したい。その試行錯誤のプロセスを発信していけたらと思う。

 発信するのはそれだけではない。自分が知らない、難しい課題を与えてくれる人との出会いを呼び込むには、読者からどんな反応が来るかも自分では分からないような情報――海外でキャリアを築き、生計を立てるためにやってきたことリモートワークで編集者・ライターチームを運営する今の働き方など、自分自身を全方位で世の中に投げかけていきたい。

 「想定外」の出会いを目指すために、実はこのnoteの記事作成についてもちょっとした実験をしている。note、あるいはブログと言えば、普通は自分一人で記事を書いてアップするものだが、僕はオランダに暮らす信頼するライター(山本直子さん)に対話相手になってもらい、初稿を書いてもらうことにした。

 あえて第三者に質問を投げかけてもらうことで、自分一人では考えなかったであろう問いに向き合い、自分が意識していなかったことに気づけると思ったからだ。無意識の自分にアクセスし、それを浮き彫りにして発信する。それは、この記事でもすでに起こっていると思う。

挑戦に失敗も成功もない

 このnoteにしてもそう、新しいことを始めるときにはできるだけ、始める前からその成果について予測を立てたり、始まってもすぐにはその成果を評価したりせず、取り組むこと自体、またその時々の局面を楽しむスタンスでいる。

 このブログが自分にとって想定外の仕事や出会いを呼び込んでくれれば、それはすごく嬉しいことだが、仮にそうはならなかったとしても、誰かの役に立ってくれれば嬉しいし、情報発信を楽しむことに意義があると思っている。そして、数十年後の自分が読み返すものとしても、必ず糧になるものと信じている。

編集者/Livit代表 岡徳之
2009年慶應義塾大学経済学部を卒業後、PR会社に入社。2011年に独立し、ライターとしてのキャリアを歩み始める。その後、記事執筆の分野をビジネス、テクノロジー、マーケティングへと広げ、企業のオウンドメディア運営にも従事。2013年シンガポールに進出。事業拡大にともない、専属ライターの採用、海外在住ライターのネットワーキングを開始。2015年オランダに進出。現在はアムステルダムを拠点に活動。これまで「東洋経済オンライン」や「NewsPicks」など有力メディア約30媒体で連載を担当。共著に『ミレニアル・Z世代の「新」価値観』。
執筆協力:山本直子
フリーランスライター。慶應義塾大学文学部卒業後、シンクタンクで証券アナリストとして勤務。その後、日本、中国、マレーシア、シンガポールで経済記者を経て、2004年よりオランダ在住。現在はオランダの生活・経済情報やヨーロッパのITトレンドを雑誌やネットで紹介するほか、北ブラバント州政府のアドバイザーとして、日本とオランダの企業を結ぶ仲介役を務める。

読んでいただき、ありがとうございました。みなさまからのサポートが、海外で編集者として挑戦を続ける、大きな励みになります。