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【#2000字のドラマ/小説】私はひまわり。

雨が降っている。


「ひまー!一緒に帰ろう!」

琴音は、いつも私には輝いて見える。

琴の音という名前に相応しく
人を癒し、元気を与える明るさを持った子だ。


「うん、帰ろー」 


傘を持ってきていて正解だった。
土砂降りの雨の中、琴音と学校を出る。


「うわー、雨ひどすぎ。びちょびちょなんだけど」

バス停までのわずかな距離でびしょ濡れだ。
バスはすぐにやってきた。


乗りなれたバス。
いつもの場所に琴音とともに座る。

ふと窓の外に目をやると、
そこには土砂降りの雨に打たれながら下を向いて咲く
ひまわりが見えた。


何だか悲しい気分になった。


「ひま?ひーま!」

「あ、ごめん、何だっけ?」

「だから、明日来る転校生どんな人かなって話」

「あー、どんな人だろうね」




家の鍵を開け、中に入る。

「ただいま」

誰もいない部屋につぶやく。



『ひまわり』
私の名前。

だけど、その名前を呼ぶ人はほとんどいない。
みんな、私を『ひま』と呼んでいる。


別にそれが嫌なわけじゃない。
可愛い響きだし、どちらかと言うと好きだ。


だけど、『ひま』と『ひまわり』は違う。



私を「ひまわり」と名付けた母は、
私が小学一年生のときに私を置いて出ていった。

私のことを唯一「ひまわり」と呼ぶ父も、
仕事であまり帰ってこない。


だから私は
誰からも「ひまわり」と呼ばれることはない。


私は『ひま』でいい。






「みんなに新しい仲間を紹介します」

先生がお決まりのフレーズを言ったあと
教室に男の子が入ってきた。

「榊原優人です」

名前の通り、優しそうな人だった。



「じゃあ、席はあそこで」

先生が指さしたその席は、私の隣だった。


昼休みになると
彼の周りにはたくさんの人が集まった。

購買から帰ってくると
私の席にあまり話したことのない男の子が座り
優人たちと話していた。

お弁当派の琴音もその輪の中にいた。


仕方なく、カレーパンを持ったまま
廊下で窓の外を眺めていた。

昨日見たひまわりが
今日も降りしきる雨の中で下を向いて咲いている。



「ひまわり、だよね?」

私は驚いて振り返った。優人だった。

「あ、うん、ひまわり咲いてるね」

私はできる限り明るい笑顔でそう返した。



「そうじゃなくて。君の名前」

優人は私の目を見つめながら、そう言った。

「あ、名前?うん、そうだよ。」

何かを見透かされる気がして、私は目を逸らした。
 
「いい名前だね」

「そう?長くて言うのめんどくさいよ?みんな、ひまって呼ぶし」

「そうなんだ…」


「ひまー!!ここにいたの!ごはんたべよー」

琴音が私を呼びに来た。

「隣の席だから、これからよろしく。じゃあ僕は職員室に行かなきゃだから」

「うん」

私は琴音と一緒に教室に入った。




「ねね、スイーツバイキングのお店、また行かない?」

琴音がお弁当を食べながら言った。

「いいよ」

「やったー!」


本当は甘いものはあまり好きじゃない。

だけど、一人になるのはもっと好きじゃない。





 

学校の一日の終わりを告げるチャイムが鳴った。
琴音は委員会があるらしく、一人で帰ることになった。


なんとなく今日は歩いて帰りたい気分だった。


傘をさして、学校を出る。

「ひまわり…」

ひまわりの咲く花壇の前で、私は立ち止まった。




私の名前は、どうして『ひまわり』なんだろうか。


こんな呼びにくい名前なんかつけないで欲しかった。

よりによって明るくて綺麗な花の名前。
私には似合わない。



「あなたを幸せにします」

聞き覚えのある声に振り返ると
そこには優人が立っていた。


「ひまわりの花言葉。いろいろあるけど、僕はこれが一番好きかな」



「え!どうしたの?」

気がついたら泣いていた。

優人は驚きながら
私の涙が止まるまでそばにいてくれた。




私は自分のことを話した。

琴音にもまだ言えていなかった母親のこと、見捨てられることや嫌われることが怖くて言いたいことが言えないこと、本当は明るい性格ではないこと。

それが『ひま』ではない『ひまわり』だ、と。



優人は話を聞き終わると優しい声でこう言った。

「そっか。つらかったね…」

そして私の瞳を見つめながら、続けてこう言った。

「ひまわりってさ、一つの大きな花に見えるけど、ほんとはいくつかの花が集まってるんだって。でも、誰もその花一つ一つをわけて好き嫌いを決めたりしないで、一本のひまわりとして見る。人間も一緒だと思うんだよね」



その言葉で私の心が軽くなっていくのを感じた。




「また明日ね」

そう言って優人と別れた。





「ひまー!おはよ」

「おはよ」


「あのさ、スイーツバイキング来週の土曜日どう?」

ドキッとした。
だけど、掌をぎゅっと握ってこう言ってみた。

「ごめん、琴音。実は私あんまり甘いの得意じゃなくて…」


「え!そうなの!?」

琴音は驚きながらこう続けた。

「言いたいことはちゃんと言ってね!私は自分の行きたいとこにひまを付き合わせたいんじゃなくて、ひまと一緒に楽しみたいんだから」



廊下の窓からひまわりが見えた。
久しぶりの青空だからだろうか
幸せそうに太陽を見つめている。



「ひまわり!おはよう」

彼はわたしをひまわりと呼んでくれる。


「おはよう」




今なら自信を持って言える。


私はひまわり。


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