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サカナクションと長良川|編集者のこぼれ話⑤

 『長良川のアユと河口堰 川と人の関係を結びなおす』の編集を担当しました、農文協 編集部の馬場です。第五話は本の帯の話。

*本連載の過去記事はこちら↓よりご覧ください*


大晦日の夜に届いた帯文

 『長良川のアユと河口堰』の帯文(推薦文)は、著名なロックバンド「サカナクション」のフロントマンで、釣りを愛する山口一郎さんと、父で岐阜出身の木彫家である山口保さんによる合作です。

「かつて、川には、人々の生活が息づいていた。夏の水辺は、水遊びの子供達でいっぱいだった。私達は、この国の自然に生かされ、文化を育み、時を繋いで来たのではなかったか」

山口 保(木彫工房メリーゴーランド)

「いつのまにか川は、ただの水路となり、山は無価値なものとして、打ち捨てられてしまった。いずれ『バチ(罰)が当たる』と、祖母の言葉を思い出した」

山口一郎(サカナクション)

 お二人に帯文をお願いしたのは昨年12月のこと。読んでみたいと言っていただけたので、ゲラ(校正紙)をお送りしました。一郎さんと保さんは、ゲラを受け取ると、いい本になりそうと仰って、帯文の執筆に取り組んでくださいました。

 原稿を受け取ったのは大晦日の夜、ちょうど新年のカウントダウンの時間帯でした。スマホの受信音がブブッとなり、メッセージが届いていました。父と子で繋いだ珠玉の言葉に、手が震えました。二つの世代(時代)から見た、川と人の関係性が見事に表現されていて、深く頷かれる方も多いと思います。黄色の帯の上で、父と子の言葉を囲む二つの円は、レコードやメリーゴーランドを連想させるデザインです。

黄色の帯の上、父と子で繋いだ言葉は連歌のようでもあり、お二人の言葉を囲む二つの円は、レコードやメリーゴーランドを連想させる

岐阜は第二の故郷

 一郎さんは北海道の小樽出身なのに、なぜ岐阜を流れる長良川の本にコメントを寄せてくださったのか、不思議に思われる方が多いかもしれません。

 一郎さんの父、保さんの実家は岐阜の金山町(現・下呂市)にあり、一郎さんも父や岐阜の親戚とよく川遊びや釣りをされたそうです。バンド名「サカナクション」の由来が、岐阜の親戚のメールアドレスからの着想(魚+アクション)であることも、一部のファンの間では知られています。2018年、長良川国際会議場のライブでは、「岐阜は第二の故郷」と公言され、岐阜在住・出身のファンにとって嬉しすぎる出来事でした。

 2021年には、下呂市教育委員会の依頼で「金山小学校校歌」を父子で共同制作され、話題になりました。保さんが作詞、一郎さんが作曲を担当され、校歌としては珍しいスローバラードの静かで美しい曲調に仕上がっており、「ふるさと」の悠久の時空を表現した味わい深い楽曲は、金山の子供たちに愛唱されています。

 一郎さんが愛する彫刻家イサム・ノグチの「光の彫刻」AKARIシリーズは、ノグチが長良川鵜飼を観覧した折に出会った岐阜提灯をモチーフとして誕生したものです。素材の美濃和紙は、長良川支流の清冽な水と楮(コウゾ)からつくられます。

*サカナクションの山口さん、統合小学校の校歌作曲…父親が作詞*

*サカナクション山口一郎さんが作曲した岐阜県下呂市の小学校の校歌1番*

名曲「ナイトフィッシングイズグッド」と長良川

 私がサカナクションの存在を初めて知ったのは、2009年頃、岐阜の高校の同窓会の帰りでした。久しぶりに会った友人が車に乗せてくれて、車内でサカナクションの初期の曲を聴かせてくれたのです。静と動の音が波打つ中で、詩や哲学、釣りの言葉が跳ねているようで、よい違和感が残りました。

 学生時代から繰り返し聴く曲はバッハのパルティータくらいだったのに、サカナクションの曲はなぜか自分の心情にしっくりきて、繰り返し聴くようになり、ライブにも行くようになりました。一郎さんが言葉をとても大事にしているシンガーソングライターであることは、どの曲を聴いても明らかでした。釣り好きの自分にとっては、釣りでしか感じられない領域の音や気配、イメージや言葉が、曲の中で水を得た魚のように跳ねていることが奇跡のように感じられました。

 名曲「ナイトフィッシングイズグッド」(2008年)は、6分を超える長さを感じさせない曲調の変化と祝祭性に満ちた釣り師のアンセム(聖歌)です。ミュージックビデオは、岐阜市を流れる長良川支流の荒田川で撮影されました(サカナクション『魚図鑑』参照)。荒田川で一郎さんがコイを釣る映像のみで構成され、逆回しの手法も取り入れた作品です。その荒田川も河川整備が進んで、ずいぶん様子が変わってしまったようです。本流でも支流でも、よい釣り場が河川整備でどんどん減っています。

*サカナクション / ナイトフィッシングイズグッド -Music Video-*

本と読者を結ぶ帯文の力

 本の帯は、キャッチコピーや推薦文を印刷して本に巻くことで、本と人の出会いを生み出すツールです。今回、一郎さんは年末のお忙しい中にもかかわらず、「第二の故郷」の川のために、父の保さんと一肌脱いでくださいました。二つの世代、川と人、本と人を結ぶ帯文の力を受けて、本書はAmazonエコロジー1位に二度も輝くなど、このジャンルの本としては異例の広がりを見せています。感謝しかありません。

 辰年の元日、昇龍のごとく完全復活したサカナクション。現在、約2年ぶりの全国ツアー「SAKANAQUARIUM 2024 “turn”」の真っ最中。一郎さんにとってはもちろんのこと、龍神が棲むといわれる長良川(第三話参照)にとっても、きっとよい年になるような気がいたします(一郎さんが応援しているドラゴンズも!!)。


 次回は一郎さんの父、保さんについて、詳しくお話ししたいと思います。


2024年3月1日発売
『長良川のアユと河口堰 川と人の関係を結びなおす』
蔵治光一郎 編
定価 2,420円 (税込)
判型/頁数 A5変型  232ページ
ISBNコード 9784540231278

詳細はこちら https://toretate.nbkbooks.com/9784540231278/
購入はこちら https://shop.ruralnet.or.jp/b_no=01_54023127/

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