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連載「十九の夏」

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北陸新幹線の開業前、2001年頃の夏の富山を舞台にした青春小説「十九の夏」です。東京の「大江戸理科大学」への進学のために故郷の富山を離れ、上京した主人公「折原夏樹」(おりはら・な… もっと読む
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連載「十九の夏」【おまけ】

連載「十九の夏」【おまけ】

夏樹「さん!」
陽菜子「にー!」
夏樹「いち!」
夏&陽「あけましておめでとう!!」
――陽菜子と夏樹、ふたりは揃って声をあげた。新しい年の始まりとともに。

陽菜子「なっちゃん、いよいよ今年で卒業だよね」
夏樹「うん、四年間なんてあっという間さ」
――そう、今年は夏樹が大学を卒業する年である。あの花火大会からもう四年近くの歳月が経とうとしている。

陽菜子「あたしはあと三年間、大学生! 六年制の

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連載「十九の夏」<最終回>【第十五回:再びはじまるふたりの物語】

連載「十九の夏」<最終回>【第十五回:再びはじまるふたりの物語】

 二人がそんな会話をしているところに、夏樹に話しかけてくる男子学生が。
「おーい、折原! お前、なんだよー、女の子と仲良くしてるじゃねえか」
 その男は夏樹と同じ理工学部情報工学科二年の馬場という学生である。

「へへへ、この子は俺の幼馴染なんだよ」
「へぇー、折原にこんな可愛い幼馴染がいるって。一年生かな?……あ、俺、折原と同じ理工学部情報工学科二年の馬場隼輔です。よろしく」
 馬場は途中から陽

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連載「十九の夏」【第十四回:春のエドリカで】

連載「十九の夏」【第十四回:春のエドリカで】

 春がまた来た。四月に入って一週間あまりのときが過ぎた。夏樹は大江戸理科大学、通称「エドリカ」の二年生になった。二年目の授業も今週から始まっている。まだ初週なのでガイダンスが中心なのではあるが。もちろん大学の勉強も一年目よりも格段と難しくなる。留年率も結構なこのエドリカで振り落とされずに着いていくには相当の努力が必要である。

 さて、今学期の夏樹の時間割、金曜日の五限目は「火の歴史と科学」という

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連載「十九の夏」【第十三回:夏樹、東京に帰る】

 翌日、夕方近い時間になって東京のアパートに帰ってきた夏樹。今度は乗り換えでも失敗しなかった。しかし、昨日はあのあと、家族で回転寿司に行くも、陽菜子とのこともあって食欲さえもいまいちわかなかった。若いんだからもっと食べていきなさいよ、少しくらいなら高い皿でもいいんだよ、と親からも言われたのだが。

 家に帰ってきてからも夜半過ぎまで眠れなかった。やっぱり、幼馴染はあくまでも幼いあいだだけの関係なの

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連載「十九の夏」【第十二回:帰省最後の日曜日(その二)】

連載「十九の夏」【第十二回:帰省最後の日曜日(その二)】

 夏樹は、陽菜子からのプレゼントをかごに入れた自転車を引きながら、陽菜子と歩調を合わせながら歩く。晩夏の夕陽を浴びた、見慣れてきたはずの街並み。富山を離れていたほんの数ヶ月のあいだの変更点、見慣れないものも時折目にはつくが。

 やがて、昨日、夏樹と陽菜子が一緒に花火を見た河川敷の近くまで来る。河川敷のグラウンドで野球を楽しんでいる少年たち。日曜日の夕方の河川敷の歩道には人通りはそう多くないが、少

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連載「十九の夏」【第十一回:帰省最後の日曜日(その一)】

 八月二十六日、日曜日。夏樹がこの夏に富山の実家に滞在する予定の最後の日がやってきた。明日は朝九時過ぎに富山駅を出発する電車で東京に戻ることになっている。
 富山駅で特急・はくたかに乗り、越後湯沢で上越新幹線に乗り換えて、東京へ。東京駅に着けば、中央線に乗り換える。そうしたら、ものの小一時間で学園都市・二鷹の街だ。明日の夕方前には久々の下宿生活に戻るのだ。

 午後四時になろうとする頃、夏樹の携帯

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連載「十九の夏」【第十回:手をつないで】

連載「十九の夏」【第十回:手をつないで】

 ここまで来たところで、花火大会の会場エリアから出て、河川敷の通路から道路へ上る堤防の階段に差し掛かる。陽菜子がちょっととぎまぎしながら言う。
「もう辺り……、暗い……よね……。だから……」
「うん」
「……手を繋いで歩いて……くれる? 夜道の階段は危ないから手を繋いで歩こっ?」
 陽菜子からそう提案してきた。夏樹は急に恥じらいを感じた。ふたつの意味で。ひとつは女の子と花火大会に来ておきながらも、

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連載「十九の夏」【第九回:花火大会が終わって】

連載「十九の夏」【第九回:花火大会が終わって】

夏樹と陽菜子は、人の列の中を横に並んで歩いている。夏樹が話し出す。
「そういえば、さっき理系の人は炎色反応がどうとか言ってたけど、北村さんって理系志望なの?」
「それが、まだ少し迷っているんだよね。現役のときにすべったのは経済学部なんだけど。浪人してから薬学部とかも考えるようになって。まだ迷い中。そろそろ希望進路固めないとまずいだろーっていうかすでに一浪の夏なんだけどなー」
「夢を追うことはいいこ

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連載「十九の夏」【第八回:花火大会本番】

連載「十九の夏」【第八回:花火大会本番】

 一発目の花火が爆発音をあげて夏樹や陽菜子たち含む観客の顔を照らす。ひまわりの花をモチーフにしたかのように多重に仕組まれた花火のようだ。夜空で爆発して大きく広がっていく。
「たーまやー」
 まずは陽菜子がそう叫んだ。

 二発目からは立て続けに。地面付近から急に飛び出した炎の粉が三段四段にもなって次々と爆発しつつ、減速しながら空を上がっていく。空の上で消えて小さめに広がる。
「かーぎやー」
 続け

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連載「十九の夏」【第七回:開式の辞】

 昔々、夏樹や陽菜子たちはもちろん、お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんさえもまだ生まれていない頃、そう大きくもないはずのこの川も氾濫して地域に災害をもたらすことがたびたびあったそうだ。明治の終わり頃のある年の八月末の時期にも大型の台風の襲来とともに多くの被害と犠牲をもたらす氾濫災害がこの地域で発生した。それをきっかけに国や県などもこの川の治水工事に初めて着手することとなった。そして、時代が

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連載「十九の夏」【第六回:陽菜子との待ち合わせ】

連載「十九の夏」【第六回:陽菜子との待ち合わせ】

 八月二十五日、土曜日。時刻は午後六時十五分になろうとしていた。今夜はかねてより夏樹と陽菜子が一緒に見に行く約束をしていた、地域での花火大会だ。
 七時半からの花火大会に向けて、ふたりの待ち合わせは六時半、分岐点のコンビニで、としていた。そろそろ家を出ないと陽菜子との約束には間に合わない。夏樹は家族にいってきますと告げて家を出ようとしていた。
「陽菜子ちゃんとのデート。楽しんできていいけど、羽目を

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連載「十九の夏」【第五回:陽菜子との約束】

連載「十九の夏」【第五回:陽菜子との約束】

「ゴミはなっちゃんの分もちょうだい。あたしが捨てに行くから」
 店の前にあるゴミ箱にふたり分の空容器を捨てに行く陽菜子。そこで陽菜子はコンビニのガラス張りに貼られているポスターを見つける。
「花火大会、八月二十五日開催……かぁ、今年もあるんだね」
 夏樹たちの住む地域では毎年八月の末の土曜日に花火大会があるのだ。ここから更に歩いてしばらくのところの河川敷で開かれている。
「なっちゃん、ちょっとこっ

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連載「十九の夏」【第四回:終戦記念日】

連載「十九の夏」【第四回:終戦記念日】

 今日は八月十五日。ちょうどお盆の中日であるが、終戦記念日でもある。夏樹が実家に滞在し始めて一週間ばかりが過ぎた。今日は父親のきょうだいなど、夏樹の親戚にあたる人間が幾名、墓参りのついでに折原家を訪れている。今は応接間でお盆の「宴会」が始まっている。親は夏樹に、宴会に参加する必要はないが、せめて顔だけでも見せに行けというので、夏樹は応接間に挨拶に行く。

「おお、夏樹くん。こんにちは。お邪魔しとっ

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連載「十九の夏」【第三回:陽菜子との再会】

連載「十九の夏」【第三回:陽菜子との再会】

 帰省二日目の朝。今日は「忘れたリュックを取りに行く日」だ。昨日荷物に置いてきぼりを食らわせてしまったあのバス停の前で、夏樹はポシェットを下げてバスが来るのを待っている。身分証明書はとりあえず大学の学生証で構わないだろう。身分証明が必要なのも、荷物の持ち主になりすまして、他人の荷物を盗み持っていくようなことがないように、受け取る際にその身元をしっかり確認しているのだろう。夏樹はそのように考えながら

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