海凪 悠晴

ペンネーム:海凪 悠晴(みなぎ・ゆうせい) 1981年(昭和五十六年)石川県生まれ。富山県出身。旧ペンネーム・杜埜 不月(もりの・ふづき)。趣味として物書きを楽しんでいます。 Web:https://www.nekoogle.com/

海凪 悠晴

ペンネーム:海凪 悠晴(みなぎ・ゆうせい) 1981年(昭和五十六年)石川県生まれ。富山県出身。旧ペンネーム・杜埜 不月(もりの・ふづき)。趣味として物書きを楽しんでいます。 Web:https://www.nekoogle.com/

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    • コハルの食堂日記

      東京の下町で食堂を営む米倉春子(六十四歳)。十八歳のときに秋田の実家から家出同然で「東京に自分の食堂を持つ」という夢ひとつで東京に出てきて約半世紀。夫となる男性を見つけ、やがて食堂の夢は叶い、さらにそれを三十年余りにわたって経営を続けてきた。食堂の活き活きとした様子を描きながら、それが歩んできた平成史をも俯瞰する一作。

    • 連載「十九の夏」

      北陸新幹線の開業前、2001年頃の夏の富山を舞台にした青春小説「十九の夏」です。東京の「大江戸理科大学」への進学のために故郷の富山を離れ、上京した主人公「折原夏樹」(おりはら・なつき)が、大学最初の夏休みに地元の富山に帰省するところから始まる物語です。地元での幼馴染の女の子との再会、そして……。十八、九の年頃の初(うぶ)な男女同士ふたりの日々が描かれています。

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    コハルの食堂日記(第13回)~今日は節分、明日は立春~

     平成三十一年二月三日。今日は節分である。  日曜日のお昼の「味処コハル」。常連客を中心にいつもの賑わいを見せている。春子はそんな中「お客さま」のためにせっせと動いている。  客同士で節分のことが話題になる。テーブル席で相席同士、対面になっている大西と福原というふたりの男。ふたりとも年齢的には六十前後だが、筋肉質でいわゆる強面な大西に対し、「ちょいメタボ」で穏やかそうな印象の持ち主である福原。  大西が切り出す。 「今日は節分か。節分といえば、昔は豆をまいて鬼を追っ払う行事

      • コハルの食堂日記(第12回)~新しい年が来た②~

         昭和五十四年。春子は二十四歳、勲は二十歳で二浪生だったお正月。  その一月五日の正午、勲と春子は「初デート」の約束をしていた。  「デート」といっても湯島天神にお参りし、今年こそ「志望校に合格します」と「誓願」を立てるための「デート」だ。それ以外は何の予定もないはずである。  また、正月の三箇日ともなればどこの神社も参詣客でいっぱいになるものだが、一月も五日にもなれば参詣客もまばらになりつつあるだろう。そういうわけで、春子のお休みの日にも合わせての日程調整だった。  ちな

        • コハルの食堂日記(第11回)~新しい年が来た①~

           新しい年、平成三十一年、西暦二〇一九年が始まった。  今年は平成最後の年、だとのこと。二〇一九年の一年は当然十二ヶ月あるが、平成三十一年は四ヶ月で終わり、五月から新しい元号に変わるとのこと。  平成三十一年のお正月、つまりは平成最後のお正月。「味処コハル」も例年通り、大晦日と正月三箇日の計四日間のみのお休みを取っている。扉が閉ざされた店の前には注連飾り、そして「新年は四日より通常営業いたします」との告知を兼ねたお年賀のポスターが貼ってある。  そんな束の間のお休み中の元旦

          • コハルの食堂日記(第10回)~苦しみましたクリスマス③~

             明けて翌年の二月、「味処コハル」の営業が再開した。  前向きなはずの春子も一時は、それこそ店の存亡の危機か、とも思ったけれど、常連のお客さんは見捨てなかった。入院中にも、夫・勲だけではなく、お客さんが次々とお見舞いに来てくれて、クリスマスケーキやお節やらの「おすそわけ」を持ってきてくれた。いつも「おいしさ」を提供するのは春子からお客さん方へ、だが、このときだけは逆になってしまった。  営業を再開しても、しばらくはまだ通院しながら、なんとか店を切り盛りする。病床生活のため

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          • コハルの食堂日記
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            コハルの食堂日記(第9回)~苦しみましたクリスマス②~

             十二月二十八日、春子の手術は無事成功した。それから一昼夜おいて二十九日。この日から明けて一月三日まで病院は休診期間へと入る。しかし、少しでも早く元のように動けるようになりたいという春子の希望もあり、元日を除く毎日、当直の理学療法士により、毎日少しずつとはいえ、リハビリテーションの時間をとってくれるとのことだ。  お正月のお休みが明ければ、すぐに主治医の診察があり、それ次第で今後のリハビリテーションをどう進めていくかが決定され、それからは一週間か、長くて二週間で退院できると

            コハルの食堂日記(第8回)~苦しみましたクリスマス①~

             平成三十年十二月二十四日。平成最後の天皇誕生日の翌日、振替休日の月曜日の朝。今日はクリスマスイブである。  平成最後のクリスマスイブの今日。東京では晴れ。冬場の東京では数週間にわたって雪はおろか雨さえ全く降らないということも珍しくはない。  春子の故郷である秋田では年末を迎える頃にはもう連日雪だろう。クリスマスには「サンタクロース」は来ないかもしれないが、秋田では毎年大晦日には必ず「なまはげ」がやってくる。本当に小さかった頃はなまはげの「泣く子はいねぇが」の威圧ある声に対し

            コハルの食堂日記(第7回)~災害の多い時代②~

             勲が高校を卒業して地元宮城県から東京に出てきたのは、昭和五十二年の春。  あくまでマイペースな勲は自宅浪人で東工大に入ることを決意する。自宅浪人といっても親元においてではなく、東京のボロアパートにおいて、である。  しかし、この頃の勲のような立場にある若者は「浪人生」という免罪符的な言葉を使うことも出来はするが、ただの無職のお兄さんともいえるのかもしれない。実家からの仕送りを喰い潰しつつ、勲はひとり「勉強」を続けていた。  だが結局、一浪目での東工大へのチャレンジは失敗に終

            コハルの食堂日記(第6回)~災害の多い時代①~

             平成三十年十二月十四日、金曜日の夜。今夜は坂田という、高校の社会科教師を務めている五十過ぎの男が「味処コハル」に来店していた。年の暮れが押し迫る師走も半ばのこの時期。あと半月で今年も終わる。冬至までもあと一週間、一日を通してすっかり冷え込んできた。  春子は熱燗とともに、おでんの大根を箸でつまんでいた坂田に話しかける。 「先生、最近はお忙しいのかしら」 「そうねぇ……。今年は俺、一年生の担当だからそれほどってもんじゃないけど。三年生を担当している年はとくにこの時期からは頭

            コハルの食堂日記(第5回)~ゲームにハマる青春②~

             昭和五十三年夏、東京。  この頃、この年に発表されたばかりのアーケードゲーム「スペースインベーダー」が学生ら若者を中心に絶大な人気を誇っていた。  何せ、昭和五十三年。まだファミコンだとかいう家庭用ゲーム機の登場する前のハナシである。また、このゲームのヒットが走りになってゲームセンターなどが全国各地に広まるようになったのである。  都心の学生街の一角にある、この喫茶店にもスペースインベーダーのゲーム機が早速取り入れられ始め、大きな人気を呼んでいた。例年以上の猛暑極まる日

            コハルの食堂日記(第4回)~ゲームにハマる青春①~

             平成三十年十一月二十二日。明日の「勤労感謝の日」からの三連休を前にした木曜日の夜。  すっかり朝晩冷え込んできた十一月の下旬。東京の都心でも、紅葉の見頃も始まっている。木枯らしが吹いてきて、それらが散らされる日も近いかもしれない。  その夜は、山下という、これまた五十代くらいの仕事帰りによく「味処コハル」に寄るサラリーマンの常連客が来店していた。  山下が切り出す。 「うちの倅がね、明日から大学祭だってもんだから、今日は準備だって、朝も俺より早くから、張り切って家を出てい

            コハルの食堂日記(第3回)~還暦を迎えまして~

             平成三十年十一月三日。お昼の営業を終え、のれんを一旦しまった午後二時半、片付けも粗方済んだところで、春子は半紙の上に筆ペンで「本日十一月三日の夜の営業は貸し切りとさせていただきます。 味処コハル 店主・春子拝」と達筆をふるう。  今日、文化の日は春子の夫・勲の誕生日である。今年で六十歳となる。六十歳といえば「還暦」。今日の「味処コハル」、夜の部は勲の「還暦を祝う会」という名目で、勲の同僚の中でもとくに親しい者や旧友らを招待し、店を貸し切りにしたところでの飲み会が行われること

            コハルの食堂日記(第2回)~プロローグ②~

             一晩走り続けた夜行列車が東京の街に着いた。上野の駅で列車を下りる春子。  春霞なのか、大気汚染なのか。朝七時の東京の空はいくらかぼんやりと霞んで見える。そして、秋田では祭りのときでもそこまでは集まらないような多数の人ヒトひと。否が応でも圧倒されてしまう。周りで何があろうと我関せずといった感じで早足で歩く都会の人間たちである。そのうちの多くがスーツに身を包んだサラリーマンらしき姿なのだ。  さて、春子。東京に着いたはいいけれど、これからどう動こうか、どう動けばいいのだろうか

            コハルの食堂日記(第1回)~プロローグ①~

             平成三十年十一月三日。  秋深まる「文化の日」の土曜日の朝。全国的に「文化の日」は晴れやすいといわれる。  平成最後の「文化の日」である今日も、嵐に見舞われているという沖縄地方を除く、ほぼ日本全国で好天の休日となっている。東京の街並み、街路樹の葉も少しずつ色づき始めている。今月の下旬には東京都内でも紅葉が見頃を迎えるであろう。空の高い秋晴れの空には雲がぽつりぽつりと見られる程度である。  東京の下町・日暮里(にっぽり)にある個人経営の大衆食堂店「味処コハル」の店主・米倉春

            我が青春の味

             たまには、ちょっとブログテイストな記事も投稿しますね。  今日(10月23日)は二十四節気の「霜降」だそうです。そろそろ霜が降りてはじめてもおかしくないくらいに寒いよ、という意味合いだそうです。まぁ、古代中国での基準なので、現代日本では「ハテナ」と首をかしげてしまいそうなくらい季節を先取りしている感はありますが。  あ、「霜降」と書いて「そうこう」と読みます。そうこうしているうちに霜降。10月も下旬。あと2ヶ月ちょいで年も暮れますね。  今年2020年、令和二年。東京オリ

            【短編】ぼくの小さなはつ恋

             ぼくの初恋は小学校二年生のときだった。  相手は担任の先生だ。おそらくまだ大学を出たばかりの、二十代半ばくらいの若い女の先生だった。  だけど、小学二年のぼくらから見れば、ずっと年上。大人のひとである。だけれど、ぼくは本気でその先生に恋をしていた。  ある日、家でテレビを見ていると、CMで「婚約指輪は給料の三ヶ月ぶん」などといっているのを聞いた。  ぼくはなぜかそのフレーズが忘れられず、いつの日か「先生に婚約指輪を買ってあげよう」と思い立つことになった。  ぼくは「給料」

            八月三十一日の夜に。

            秀樹「よっしゃー、今日のゼミ終わった!」 悠也「しっかし、腹減ったよなー」 智洋「じゃあ、いつものドコス行こうぜ」 秀樹「ドコス! 賛成! ユウヤは?」 悠也「うん、ドコスでいいよ」  秀樹と悠也と智洋、この三人は大学四年生。同じ大学の同じゼミの仲間である。卒業を控えた今、三人はそれぞれの卒業論文を執筆中である。  夏の終わりの夕暮れどき、今日も一日ゼミで缶詰になっていたところから解放されたところ。三人でファミリーレストランに行くことになった。 秀樹「ちょ、店内BGM、こ