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意味不明会話.txt(其之一)「三十歳の約束」

~里鵜さんと棚加くん編/「001回目のプロポーズ」の巻

――ある秋深まる頃の晩、里鵜(さとう)家の玄関のインターホンが鳴る。インターホンの向こうにはスーツ姿の男性が花束を携えて待っていた。里鵜家の長女美景(みかげ)が不審に思いつつも扉を開ける。スーツ姿の男性は美景の幼馴染・ヒデこと棚加秀雄(たなか・ひでお)であった。

秀雄「里鵜美景さん、僕と結婚して下さい!」
美景「え、な、何? 久しぶりに顔見たかと思ったら、突然!?」
秀雄「あのさ、今日、ミカゲ誕生日だよね?」
美景「そ、そうだけど……」
秀雄「僕も先月誕生日だった。そして、今年でふたりとも三十だ。確か、三十歳までお互い独身だったら結婚する約束だっただろう」
美景「え、いつそんな約束なんてしたかな!?」
秀雄「成人式のときだよ。もう十年も前だけどね……」
美景「は? あんな約束おふざけに決まっているじゃない」
秀雄「いや、俺としてはマジだから」
美景「あのね、私、結婚を前提に付き合っている彼氏いるから」
秀雄「俺には今、彼女いないから問題はない」
美景「私には彼氏がいるから問題あるの!」
秀雄「いつできた彼氏だ?」
美景「大学を卒業して、そして新卒で入った会社の同期で……」
秀雄「ふぅん、なら、やっぱり俺との約束の方が先じゃないか」
美景「ねぇ……、ヒデ。頭大丈夫なの? 勉強のし過ぎでおかしくなったの?」
秀雄「俺は君との約束を守るために十年間必死で努力してきた」
美景「あら……、そう。で、今年収いくら?」
秀雄「うん、まぁ、手取りで二百万ぐらいだよ。ポスドクってそんなもんさ。でも我ながら将来性には期待できる」
美景「私の彼氏はもう五百万はいっているわね……」
秀雄「なんだ、君はお金で男を勘定するような計算高い女だったのか。他ならぬ婚約者なのに失望だ」
美景「私はもうあなたなんかに何の望みもおいていないけど」
秀雄「俺は君のためにこの十年間あらゆる望みをおいてここまで来たのだ」
美景「とにかく、帰ってちょうだい! 彼氏呼ぶわよ!」
秀雄「婚約者に対してなんてひどいことを言うんだ」
美景「あなたは婚約者でもなんでもない。ただの幼馴染!」
秀雄「ふぅん、君って冷たいんだね。失望したよ」
美景「冷たいもなにも……」
秀雄「あのさ、今日限りで婚約破棄でいいかな」
美景「元々、婚約なんてしていなかったじゃない……」
秀雄「いいや、十年前の成人式の日にした。まぁ、今日限りで破棄するからもう無効だけどさ」
美景「じゃあ、さっさと帰って」
秀雄「うん、帰らせてもらうよ。じゃあな、せいぜいがんばってよい男見つけろよ」
美景「う、うん(私にはもう婚約者がいるんだけどね……)」


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