少年院卒が断言する、環境と人生は絶対に関係がある
私は少年院に入ったことを、一片も後悔していない。
起こしてしまった事件に対して反省はしているが、後悔することはない。むしろ、少年院に入ったことを有難く思っている。
幼児教育において、親や周囲の環境が与える影響は大きいといわれている。
稀に「そんなの関係ない!」と言う人もいるが、言語道断だ。そういった人は、自分が恵まれていることに気付いていないだけであろう。
今日は、少年院卒として言いたいことがある。
実体験を踏まえた上で、子育てに悩む親御さんたちへ。または、人生に悩んでいる若い子たちへ。
「普通の家庭で育った子」は、少年院にいない
「なに当たり前のことを…」と思いますか?
そう思う時点で、あなたの物差しで世間を見ていることをまずは知ってほしい。
少年院に送致される子は、一般的に「問題児」と呼ばれる子たちだ。だが、中には問題児でない「大人しい子」もいる。
暑いと寒いが度の違いでしかないように、極端に暴力的なのも極端に内気なのも、違いはないという証明といえるだろう。
少年院に送致される子どもの多くが、環境や親に問題を抱えている。
積極的に解決しようとする親と、全く関心のない親は面会回数に現れるものだ。
少年院までの距離は関係ない。
娘に毎月必ず会うために、近くにアパートを借りて越してきた親御さんもいる。一方、院内で行われる成人式にすら顔を出さなかった親御さんもいる。
仕事、距離、世間の目…そう簡単にはいかなくても、自分の子どもだろう。
距離があることで冷静になれるというメリットを生かすか殺すかは、親次第だ。
少々話が逸れてしまったが、少年院で一緒に暮らす少年の中には、聞いているだけで吐きそうになる環境で育っている子もいた。
しかし、彼女たちはその環境を不思議には思っていない。
親に覚せい剤を打たれるのが当たり前の子にとって、「普通の親はそんなことをしない」という当たり前のことが当たり前ではないのだ。
両親に捨てられ行く場所もなく、ホームレスに育てられ、18歳から風俗で働く子。彼女は少年院に3回入り、全て覚せい剤で逮捕されていた。
そんな彼女にとって、親という守ってくれるべき存在はこの世にいない。
ただいまと迎えてくれる家もなければ、喧嘩をする相手すらもいない。温かい食事が出てくることもなく、助けを求められる相手すらいないのだ。
でもそれが彼女にとっては当たり前で、異常なことではない。
少年犯罪について語るとき、多くの人は自身の持っている「当たり前」という物差しを使う。
しかし、その当たり前はどこにも存在しない。
まずはそのギャップないし歪みを、大人が理解してあげなければ、彼女たちの心に寄り添うことはできない。
私は由緒ある家に生まれた、家紋に泥を塗った恥さらし
私はお金持ちといわれる家に生まれた。幸運なことに両親は長男長女で、私は初孫の長女。
由緒ある田舎の家に生まれたので、箱入り娘として厳格に育てられた。
習い事は週に6日、放課後に友達と遊んだ記憶はほとんどなく、勉強とレッスン以外に何をしたか思い出せないほどだ。
子どもを育てる環境としては最高といえるだろう。欲しいものはなんでも買ってもらえて、夏休みや冬休みには必ず旅行へ連れて行ってもらえた。
しかし、私にとって家は温かい場所ではなかった。
父は海外出張が多くほとんど家にいない。母は寂しさやひとりで2人の子どもを見るストレスから、いつもイライライしていた。
時々祖母が来て私を連れ出してくれたが、幼稚園へ上がる頃には、それだけが唯一の楽しみだった。
いつも背中の毛まで立っているのかと思うほどイライラしていた母に、悩みや困っていることを打ち明けられることはなかった。
そう選択したのは私だが、なんでも言える典型的なわがままな妹を見ていると、余計に親を頼るのは申し訳なく思うこともあった。
しかし、気持ちは鬱積していく。
次第に歪む心に誰かが気付くこともなく、両親の離婚を機に私は大爆発した。
まずは学校へ行かなくなり、次第に家に帰らない日が増えた。
母は捜索願を出したり友人宅へ電話をしていたが、ほぼホームレスのような状態で街をうろうろしていた。
時々警察に捕まっては、母が迎えにきて久しぶりに再会する。
会えば怒鳴り合いの殴り合いで、また私が出ていく、その繰り返しで中学生活は終わりを迎えた。
ある日のこと、叔父のバイクが盗まれたと母の携帯に連絡が入った。
警察に被害届を出して「そんなことするの誰だろう」と家族会議をしていると、叔父は突然「お前の娘だろう!最近ろくでもないって噂じゃないか!」と激昂した。
母は「私の娘が盗みなんてやるわけないでしょう!素行不良かもしれないけど、それとこれは関係ないわ!」と返した。
頭に血が上った叔父はテーブルをひっくり返し、テーブルは母に直撃、母は額から血を流した。
その光景を見て泣き出す祖母と妹、カオス以外に何もない状況だったが、私は電話を取り110番をして開口一番こう言った。
「警察ですか?私がバイクを盗んだので、逮捕しに来てください。」
私の斜め前には台所があって、見える場所に包丁があった。いくら大嫌いな母でも、傷付けられるのだけは許せなかった。
叔父を殺そうと思ったが、祖母の息子である以上、祖母の前で殺すわけにはいかなかった。
どうしようかと考えた挙句、私が悪者になれば丸く収まるだろうと考えたのだ。
そうして警察に電話したわけだが、迎えに来た警察は私と母と妹と叔父、全員に警察署へ来るよう言った。
ドヤ顔で警察署に来た叔父は、警察官に対してこう言ったのだ。
「まだ子どもなんで、お灸を据えるくらいにしてやってください。」
ニタニタ笑いながらそう言う叔父であったが、私は大きな声で「お母さんが暴力を振るわれたので、被害届を出します!」と聞こえるように言った。
「家の中で問題を起こすなんて最悪よ!身内なんだから我慢しなさい!」と祖母は言ったが、世間体を気にするあまりに、孫がこうなったことを少しは理解しろと言いたい気分だった。
結局被害届は出さず、叔父のバイクを盗んだ犯人も別にいたわけだが、謝罪はないどころか「お前の素行不良は家紋に泥を塗った!恥さらしだ!」と言われたのである。
金持ちの家には、世間体を気にする人間が少なからずいる。
由緒ある家にとって世間体というのは時に、お金や肩書きよりも大事なことが多い。
しかし、子どもには関係ない。
嘘つき呼ばわりされ、やってもないことで責められ、挙げ句の果てに泥を塗ったと言われるのだ。
私が家に帰る理由はますますなくなり、17歳で完全に実家を出て、男の家に転がり込むことを選んだ。
ちなみに高校はちゃんと卒業した。それが唯一の親孝行だと、怪我した母と約束したからだ。
子どもが生きている世界は、とても狭い
自身の経験を踏まえて現在の仕事に就き、縁あって親御さんから相談を受けることも多い。
様々な家庭環境で暮らす子どもの悩みは、子どもだけでなく親を苦しめているのも事実である。
私と母は関係を修復するのに10年の月日を費やした。
今では一緒に出掛けることも多いが、20代前半まではそんな日が来るとは到底思えない関係であった。
子どもの生きている世界を見たければ、子どもの背丈まで腰を屈めて、世間を見てほしい。
歩いている人のほとんどは巨人のように感じるし、キラキラした世界は大人の何倍も強烈に感じ取っている。
子どもにはそう見える世界の中で、学校は唯一、自分と同じ背丈で世界を見ている人と触れ合える場所だ。
そして家庭は、世の中にたくさんいる巨人のような大人が、唯一味方してくれる場所であろう。
そんなことは多くの人にとって当たり前かもしれない。しかし、世の中には当たり前でない人の方が実際には多いのだ。
子どもがいずれ経験を通して「逃げる」「環境を変える」という選択肢を学ぶように、経験を経なければそれらの選択肢があると知ることもない。
子どもには思い浮かばない、または実行できない選択肢を、提示してあげるのも親や大人の役目であろう。
やはり環境が子どもに与える影響は否定できず、親という人間から得るものも多い。
その子やその環境、またはその親にとっての「当たり前」が、人格形成に影響を与えるのも必然といえるだろう。
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