【恋愛小説】白詰草
「ねぇ、こっちに来て、早く早く。」
後ろを振り返りながら僕の手を引く君は、
若草の上を靴も履かずに走りだした。
「あっちならきっと四葉のクローバーがあると思うの。」
さっき作ったばかりの白詰草の冠は、
今にも落ちそうに君の頭の上でゆさゆさと揺れながら、
なんとかその不規則な動きについていっている。
ふわっといきなりしゃがみ込んだスカートの裾は朝露に濡れ、
薄いブルーを飲み込みながら、じわじわと夜空色へと変わっていった。
あの晩君は握っていた僕の手を振りほどいて、
あっという間に突然湖の底へと消えてしまった。
ロッジに残った白詰草の冠だけが君がいた証を見せてくれたけれど、
根っこを無くしたそれは、もうただそこにあるだけでクタッと横たわり、
机に溶けてしまいそうだった。
あれから三年、君はもういない。
消えようとしていた君が最期に何を願ったのか、
どうして僕を置いて逝ってしまったのか、今はもう知る術はない。
弱虫な僕は、せめて君が僕と過ごしたさいごの一日が、
君にとって幸せなものであったとどうしても思いたかった。
花のように可憐で美しい僕の天使は、
その透けるように薄い花弁を水にさらすと重力に任せたまま水分を含み、
すーっと静かに堕ちていった。
深い森の奥のロッジ。
君と僕、二人の吐息だけが冷えた夜にふわっと上る。
群青色の空に遠くで瞬く小さな星屑だけが、静寂の中その一部始終を見届けていた。
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