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巡り巡って、いつかあの人の元へ届くようにと。

今年の春に有料記事を執筆した際に、

いつも書いている文章に「お金」というものをくっつけてみると、自分の強く持っている性質というか目指す方向性とか本当に表現したいことが結構はっきりくっきりと見えてきたりします。(過去noteより)

ということに気が付きました。


今回定期購読マガジンを制作してみて知ったのは、私には「幸せにしたい人がいる」ということ。

明確に、「救いたい相手がいる」ということ。


「救いたい」という言葉が嫌われるのはわかってる。

「人を救いたいのは自分自身が救われていないからだ」と言われることもわかってる。


でも、かっこつけてる場合じゃない。澄ました顔してる場合じゃない。余裕ぶってる暇など私にはないのだ。

私は兄を、ひとりぼっちだったお兄ちゃんを救いたいのだ。


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すなお氏のお兄ちゃんは、小学生の頃から家族以外の前でお話しすることができない「場面緘黙(かんもく)症」という気質を持っていました。

学校とかで、言葉を話すことができなかったんですよね。

お友達との間では指で◯とか✕を作って意思の疎通をしていたようです。

(話ができないとはいえ、私の記憶のなかの小学生の頃の兄は、いつもにぎやかにお友達に囲まれて笑っていました)


兄は大学卒業後就職はせず、その後 数年前に一念発起して上京するまでほとんど外で働くことができなかったと聞きます。

私たちは兄妹仲があまりよくはなく、その年月のあいだほぼ接点がなかったため、兄の世界を親から聞く話のなかでしか知ることができません。

(ある時からちょっと話せるようになりました。思春期以来おそらく10年以上ぶりに言葉を交わした時は、ほんとお赤飯炊きたい気分だった)

その頃の兄のリアルを私は知らないけど、きっと様々な葛藤や絶望があったことと思います。


見た感じは元気そうなのに外で働けないということ。親からの視線。プレッシャー。後ろめたさ。自分はどうして人と違うのかという気持ち。

周りは器用に「大人」へと変わっていく。

自分だけが止まっている。何かがおかしい。

それでもこの自分で生きていくしかないということ。


そんな葛藤を抱えながらも、「働くことを目指す」という選択肢以外選べない。

逃げることが、できない。


男性である兄の抱えるその葛藤は、私の持つそれよりも遥かに大きなものだったと思います。

兄は、そんな中でも生きてきてくれました。そして今も、生きています。


でも、その逃げ場のない痛みによって生きたくなくなってしまう人がいっぱいいる。

その痛みを、「弱さ」とか「甘え」だって一蹴されるこの牢獄のような社会や家庭に絶望して、自ら死を選択する人がいる。たくさんいる。

実際には「牢獄か死か」の二択ではないのだけれど、絶望は人から思考する力さえも奪います。そして理解者や居場所を探し当てる力さえも、すでに残されてはいないのだよね。


実際はとっくに限界を超えてるのに、死がよぎるぎりぎりまで「もっとがんばらないと」って自他ともに思っちゃうんだよ。

こころの病気になっちゃっても、その人の「よわさ」で片付けられちゃうんだよ。「つよくならなきゃ」って、言われちゃうんだよ。

責めるほうだって、責めてるつもりじゃなくて本当にそう信じてる。

「普通の人と同じように頑張れるようになること」が本人のためだって、本気で信じてるから、しらずしらずのうちに追い込んじゃうんだよね。


私は、その世界観がとてもかなしい。

おこがましいけれど、兄のような人たちに、優しいまま繊細なままで幸せになってほしいと願ってしまう。

どうかそのままで、楽になってほしいと願ってしまう。


学校行けなくても、外で働けなくても、障害あっても、

お金なくても、親を許せなくても、ひきこもりでも、

パートナーに暴力振るわれてても、

暴力ふるってしまうほうでも、依存がやめられなくても、

借金しちゃっても、何か失敗しちゃっても、

病気になっちゃっても、自分を傷つけちゃってても、寝たきりでも、


幸せになろう。一緒に幸せになろう。


こっちはこっちで幸せになってやろうよって、私に何か大きなことができるわけじゃないけど、伝えたいんだ。

それは私自身も同じ痛みを持っているからに他ならないのだけど。


だから、この間新しく作った『HSPとお金』のマガジンは、兄に捧げるように作っていきたいって思うんだあ。

経済力は、繊細な心を守る盾になるから。才能を自由にはばたかせる翼になるから。

自分のままで、自分を下げずに誰にも媚びずにお金を生み出す力が、優しいひとにこそ必要だ。

暑苦しいって言われちゃうかもしれないけど、いつか巡り巡って ひとりで苦しんでいた頃のお兄ちゃんに届くといいな。


というか、私がHSPのことを書き続けるのは、いつか私の言葉が風にのって兄のもとに届いてほしいからなのかもしれない。

我ながらキモい。


クリエイターや発信者の方々に学んだことをシェアしたいという気持ちももちろんあるのだけれど、

それ以上に(兄のように)緊急性の高い方々にも届けられたらいいなって思ってます。


すごくすごくすごくおこがましいけれど、このアカウントがいつかnote界の「リバ邸」のような場所になったらいいなと思っています… (小声)

リバ邸(現代の駆け込み寺)とは…

「世の中の枠組みや空気に苦しくなった人たちが集まる居場所であり、そこで各自が何かしら独自のアウトプットを追求する場所」

(リバ邸サイトより)


しかし私も悠長に人のことを言っている場合ではない。

私だって、普通のことが普通にできないのだ。

自称「発達障害グレーゾーン」なので、どこからどう見ても普通の人感しかないからフツーに生きてるっぽく思われるけど、

実際のところ「普通の人」をやるためには莫大なエネルギーを消費するため、いろんな人間らしいことができないから、

自分で生きかたを作っていくしかない。正解を自分で作っていくしかない。


社会にも家庭にも、一人の人に養ってもらうことにさえも「適合」ができない。

いろんなこと泣きながら諦めたり捨てたりしてきて随分軽くはなったけど、今だってこの生きかたが合ってるのかわからない。

誰か教えてよって、たまに叫びたくなる。

(そんなときは未来の自分に思いを馳せるのだけれど)


「他人(ひと)と同じような幸せを  信じていたのに」

っていう歌詞が、スピッツの『楓』っていう歌(この曲すきなんだあ)のなかにあるのだけど。


自分は誰よりも「普通」だと思ってたはずなのにね。

人と同じように生きて、人と同じように幸せになるはずだった。そう信じてた。

でも、ギャグですかってくらい、いろんなことができないんだよね。


そして『楓』には、こういうフレーズもある。

「僕のままで、どこまで届くだろう」

楓って失恋の切ない歌なのかなってずっと思っていたけど、なんだか今はわたしを優しく励ましてくれるように聴こえる。あったかい。優しい。不思議だね。


僕のままで、どこまで届くだろう。

わたしは、この先の人生でその答えを探っていきたい。


わたしは、わたしのままで生き抜いてやる。

兄も兄のまま、弱く強く、何よりも自分の感性を信じて生きていってほしい。

みんなもみんなのままで、生きていこうぜ。


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実質昨日から動きはじめました『定期購読版Sunao_HSP』。

早くもご登録くださったかた、ありがとうございました。

お一人ずつお礼をお伝えできていないご無礼をどうかお許しください。皆さんの清き一票に私は泣いて喜んでいます。ほんとに。


完全なゼロからではないけれど、仕切り直して再スタートという感じでとてもドキドキしています。恋のはじまりみたいな気分。

ああ。僕のままで、どこまで届くだろう。

いつかのお兄ちゃんのところまで、届くかな。届くといいなあ。

がんばります。


どうしようかなーと迷ってるかたも、初月無料なのでお気軽にどうぞ。

(以前の記事は全て無料公開になってますー🐑🐑)


それではまた。

お付き合いありがとうございました。



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