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アイ・アム・ザ・レザレクション(僕の復活)

復活

 日本国民に向かって大恥を晒した伝説のロックバンドRain dropsが2年ぶりに復活し、その復活ライブを因縁の東京ドームでするという報道が流れた時、Twitterやヤフコメは一時サーバーが落ちてしまうぐらいの騒ぎになった。特にTwitterではボーカル&ギターの照山の東京ドームでのライブで大恥を晒した映像が大量に添付され、それに怒った事務所やファンがTwitterの運営に抗議しそれに応えたTwitterが照山の大恥映像や画像をことごとく削除をしはじめた。その事でまた大騒動になり、ファンは円形脱毛症に苦しんでいた照山への差別だと映像や画像を上げた連中を批判し、連中は連中でお前らこそハゲに対して差別してるじゃねえか!と言い返し、その騒ぎのおかげでかえって我らがRain dropsが注目されることになった。

事件の後

 その騒動の渦中にいるバンドはこの復活ライブのために久しぶりに集まりリハーサルを重ねていた。バンドが活動中止になった後、メンバーは各々これでバンドは解散と決め、自分の進む道を模索していた。しかし、あの大事件を起こしたメンバーに声をかける同業者はなかなか現れなかった。メンバーの前から去った照山はひたすら恥を晒しただけだった謝罪会見のあと、さらに恥の上塗りのような自伝小説を文芸誌に連載したが、猛烈なバッシングに耐えられず連載を放棄してそのまま雲隠れした。ギターの有神はアイドルのバンクバンドの仕事にありつき、時折アイドルと共にテレビに出ることがあったがそのたびにお笑い芸人にお前もハゲやろ!と髪を引っ張られていた。


 ベースの草生とドラムの家山に至ってはそんな仕事さえなくしょうがないので楽器講座の講師のアルバイトをしていたが、生徒たちからハゲにレッスンなんてうけたらハゲが伝染ると罵られた。たまに照山を覗くメンバー三人でスタジオライブを行い、それをYou Tubeに流したりしたこともあったが、流した途端にハゲ!ハゲ!ハゲ!のコメントで埋め尽くされる始末だった。

Rain drops

 そうして一年が過ぎた頃である。バンドの名とともにあの大事件の記憶も忘れ去られようとしていた時、突如Rain dropsの楽曲が注目されたのである。何故あの恥さらしの大事件を起こしたバンドが突如注目されたのかはわからない。もしかしたらRain dropsがこのまま消えることを惜しむ音楽業界とその依頼を受けた広告業界の戦略かもしれない。しかしバンドの事務所にとってはこれはチャンス以外の何物でもなかった。バンドのマネージャーは未だに田舎に隠遁している照山を覗くメンバーに活動再開を呼びかけ、そしてメンバーを連れて恥晒しの張本人である照山に会いに彼の田舎へと向かったのだった。マネージャーとメンバー照山の髪について何度も話し合った。やっぱりあのハゲヅラじゃ不味いだろう。アイツにあったら植毛をすすめるしか無い。カツラじゃすぐ取れるからな。問題はそれをどうやって伝えるかだ。そして正直に照山に言って説得しようという結論に達した。「お前、カツラより植毛のほうがいいぞ」と。メンバーとマネージャーは照山の実家に向かって、そこで照山にあったのだが、驚いたことに照山は2年前より若返っていて、しかも髪がふさふさだったである。ギターの有神はまたカツラかと疑い、いたずらのフリをして彼の髪の毛を軽く引っ張ったが、その時照山が痛い痛いと叫んで有神の腕を払った。
「何するんだ!痛いじゃないか!ずっと言ってただろ!僕は円形脱毛症だったって!ご覧の通り僕は円形脱毛症からすっかり治ったんだ。ところで君たちが来たってことは……」
「お察しの通りさ」
 とマネージャーが言いそして続けた。
「みんな同じ気持ちだぜ!みんなもう一度お前とバンドがしたいんだよ!」
 そうだと有神が続ける。
「活動再開するのは今だって思ったんだ。やっぱり俺たちもファンもお前が必要なんだ。正直お前がいなくなってからみんなで解散も考えた。でもできなかったんだよ。やっぱりお前とバンドを続けたいよ。それにこんな俺たちでも支えてくれるファンの事を考えたら……照山!戻ってきてくれよ!もう一度俺たちとバンドやろうぜ!」
「だけど俺にはファンの前に立てる資格なんか……」
「バカヤロ!お前自分を信じて支えてくれたファンから逃げるのか?お前はそんな卑怯な男だったのか?」
「有神……」
 照山は目の前の有神を見つめ、そして周りを囲む他のメンバーとマネージャーを見た。もう心は決まった。照山は彼らに向かって言った。
「みんな、ありがとう。俺、Rain dropsに戻るよ!もう俺は逃げない!」
 東京へと戻る新幹線の中で照山の隣に座った有神は照山にそれとなく髪の事を聞いた。
「お前、大丈夫なのか……?」
 その有神の問いに照山は明るく笑って答えた。
「大丈夫に決まっているじゃないか!僕は確かに酷い円形脱毛症だった。だけどもう大丈夫だ。実家で療養してるうちに円形脱毛症は治ったんだ。いいかい?それでも心配なら僕の髪を思いっきり引っ張っていいよ!」
 照山は自信満々に髪の毛を指で挟んで有神に引っ張るよう頭を向けたが、有神はなんだか悪い予感を感じ、照山はもうハゲじゃないと強引に自分を納得させた。

 リハーサルは驚くほど上手くいった。楽器を鳴らし途端に2年のブランクなんか吹き飛んでしまった。特に久しぶりにギターを手にとった照山は興奮のあまりヘッドバンキングまでしはじめた。メンバーは照山の頭が心配になり慌てて照山を止めたが、俺は大丈夫だと照山がいったのでそのまま好きにさせるしかなかった。あまりにも上手くいったのでもともと照山のリハビリのために一時間だけ借りたスタジオだったが、延長して営業時間終了まで使ってしまったのである。それからマネージャーが復活ライブの日取りを決め、あの因縁の東京ドームでのライブが決まったことを聞かされたメンバーは汚名挽回と盛り上がった。今度こそ最高のライブをしてやる!もうハゲだなんて言わせない!そんな思いを込めて毎日ぶっ続けでリハを重ね、復活ライブのための新曲のレコーディングまでやった。照山はリハのたびにヘッドバンキングをしていたが、頭が外れることはなく、メンバーはやっぱり照山はただの円形脱毛症だったのかと安心したのだった。

記者会見

 それから間もなくして彼らはメンバー全員揃って復活ライブの記者会見を開いたが、マスコミ連中はまるで待ち構えていたように照山の髪の問題について立て続けに質問した。「なんであんだけハゲヅラを晒したのにまだカツラでごまかすんですか!」「アンタ方は自分に正直に生きろって歌っていたじゃないですか!そんなアンタ方がなんで自分に嘘をつくんですか!いい加減自分に正直になりなさいよ!」「ハゲを晒して歌ったほうがハゲの方に勇気を与えると思いますよ!」など口々に出される無礼極まりない質問に照山は丁寧に答え、
「これは100%地毛です!自分は長く円形脱毛症に苦しめられてきた。あまりに治りが遅いので嘘までつかざるを得なかった。だけどやっと治ったんだ。今までのことはファンに対して申し訳なく思っています。僕らはもう二度とファンや皆さんを裏切ることはしません!」
 と頭を深く下げて謝罪したのだった。ファンはその照山の誠実な言葉に涙し、Twitterなどでは「泣きました!」「私も一時期円形脱毛症になったから照山くんの辛さは分かる!」「やっぱり照山くんはハゲじゃなかったのね!」とのコメントが殺到した。しかしマスコミはそんな照山の言葉に満足ぜずさらに照山に食いついた。そして前回の謝罪会見で照山にカツラじゃないってことを証明しろと無礼な質問をしたあの記者がさらに追い打ちをかけるようにこんな質問をしたのだ。
「照山君、そんな綺麗事言ったって君がファンや世間を裏切った事実は変わらないんだよ!それに君は円形脱毛症は治ったって言ってるけど、そんな事君以外の誰もわからないじゃないか!君はずっと一緒にやってきたメンバーをも騙しているんだぞ!あくまで騙していないと言い張るなら、その髪を思いっきり引っ張って地毛だってことを証明してみろよ!」
 会見に同席していたメンバーは、この記者のあまりに無礼な質問に激怒し照山に帰ろうと促した。それはTwitterのファンも同じだった。彼女たちは「こいつ二年前もこう言って照山くんをいぢめてた!こいつが勤めてる会社に抗議の電話をしてやる!」「照山くんの代わりにおまえがハゲになればいのに!」と激しく記者を罵った。しかしRain dropsのアンチやただの野次馬連中は2年前の謝罪会見での大惨事を思い出し、またやってくれと2年前の謝罪会見でヅラをとってニッコリと微笑む照山の画像を載っけて「早くヅラをとれ!」と連続で煽ったのだった。会見場もTwitter界隈も騒然となった。Rain dropsの他のメンバーは立ち上がり照山の肩に手をかけもう一度帰ろうと促した。しかし照山は立ち上がらなかった。そして記者たちに向かって髪の毛を掴みながら言った。
「いいですよ。髪を引っ張れと言うなら今すぐにでも引っ張りましょう!」
 そしてそういうなり照山は掴んだ髪を思いっきり引っ張ったのである。顔を苦痛に歪めそれでも髪を引っ張る照山。そんな照山を「お前がカツラじゃないってことはわかったからやめろ」と止めに入るメンバー。そして取れるはずのカツラが取れないことに騒然となるマスコミ。Twitterのファンはやっぱり照山は円形脱毛症だった。ハゲじゃなかったと歓喜し、そしてRain dropsアンチや野次馬はガッカリし、「くだらねえ、こんな茶番に付き合ってられるか!」と捨て台詞を吐いてTwitterから去っていった。

復活ライブ発表

 復活ライブのタイトルはアイ・アム・ザ・レザレクション(僕の復活)というタイトルになった。このタイトルはイギリスの伝説のロックバンド、ストーン・ローゼスのファーストアルバムの最終曲から取られたものだ。タイトルはやはり照山の発案であった。彼はロキノン信者でロッキング・オンのすすめるアーチストは片っ端から聞いていたから、当然ストーン・ローゼスも聞いていた。その中でも特に好きな曲はこのアイ・アム・ザ・レザレクションだった。あのハゲヅラを晒した記者会見から逃亡した後、ずっとこの曲ばかり聞いてた。負けないぞ!僕は必ず復活してやる!枯れた大地にも花が咲くように、僕も華麗に復活してみせる!と自分を鼓舞するために。そんな彼が自分たちの復活ライブのタイトルにこの曲名を選ぶのは必然だった。照山から復活ライブのタイトルはアイ・アム・ザ・レザレクション(僕の復活)にしたいと聞かされたメンバーやマネージャーは一も二もなく賛同した。さすが照山、今の俺達を見事に表していると皆感心し、そして復活ライブは絶対に成功させようと固く誓いあったのである。
 
 チケットは会見後に販売されたが、5分もしないうちにソールドアウトになった。ヤフオクやメルカリでチケットは転売され、どうしてもライブが観たいファンは涙を飲んでその高額のチケットを買うはめになった。その騒ぎを知ったネットの関係者はこれは中継したら儲かるぞと思い、我先にとRain dropsに生中継の許可を申し出た。

 開演前の会場は異様な熱気に包まれていた。この復活ライブはただの復活ライブではない。なによりあの不幸な大事件で大惨事になったライブのリベンジなのだ。ここに集まった観客の願いは唯一つ、Rain dropsが無事に、そして最高のライブを演ってくれることだった。観客たちはスタッフ達が準備を進めているステージを一心に眺めていた。生中継が決まったネットでもみんな彼らを待ちわびていた。チケットを買えなかったファンは勿論アンチや野次馬までRain dropsはまだかまだかと画面にかじりついている。ファンは、「会場のファンのみんな!照山くんを支えてあげて!」「肉体は離れても魂は照山くんとともにある!」「私達雨粒たちは今度は照山くんの癒やしの雨になる!」と応援メッセージをかけば、アンチはそれに対抗して例のハゲ画像を載せまくり、ライブはまだ始まってもいないのに、すでにネットではバトルの第1ラウンドが始まっていた。
 Rain dropsのメンバーもまたバックステージで開演を待っていた。バンドは柱時計を観たり、スマホをいじったりして緊張をほぐしていた。しかし久しぶりのライブであり、しかも大事な復活ライブだ。ミスは絶対に許されない。そんな中照山一人冷静に目を閉じて静かにライブ開始の呼び出しを待っている。みんな照山を何度も確認するように見た。ホントに信じていいんだよな。お前はもう大丈夫なんだよな。そうして全員が照山を見ながら沈黙しているとドアが開きスタッフが開演準備が終わった事を知らせた。それを聞いた照山は周りのメンバーとマネージャーを見ると、いきなり両手で自分の頭を叩いた。パコーンという乾いた音が部屋に響く。メンバーとマネージャーはその異様な音にビックリしたが、しかし照山は間髪入れずこうみんなに呼びかけた。
「みんな!気合い入れて行こうぜ!俺たちの力で観客をあっと言わせてやるんだ!」

アイ・アム・ザ・レザレクション(僕の復活)前編

 ステージにRain dropsが現れた途端ドームに割れんばかりの歓声と絶叫が起こった。それらに混じって泣き声まで聞こえてくる。みんなRain dropsの復活をどれだけ待っていただろうか。野次馬や荒らしどもに馬鹿にされ、それでもRain dropsを信じて待ち続けた2年間。「ずっと待ってたんだよ!」「もう逃げないで!」「照山君からさよならしようとしたけどやっぱりダメだった!私には照山くんしかいないのよ!」観客は口々に照山への想いを叫んだ。そのファンの叫びに照山はたまらず泣き出してしまった。メンバーも思わずもらい泣きしてしまう。照山が泣き出したのを最前列で見たファン、あるいはスクリーンで見たファン、そして映像で見たファンも一斉に号泣してしまった。やっと元に戻れたんだね。あの少年だった照山君に。照山は泣き顔を晒しながらマイクに向かって叫んだ。
「みんな!今までゴメンよ!僕はもう大丈夫だ!すっかり元に戻ったんだ!」
 その照山の叫びを聞いた会場の、ネットのファンは照山に向かって歓声で応える。おかえり!照山くんと。そしてファンの絶叫がおさまったところで照山は続けて言った。
「今夜は僕たちRain dropsのすべてを曝け出してやります!カッコいいところも、カッコ悪いところも、全部、全部曝け出してやるぜ!」
 照山の二度目の絶叫にファンは再び歓声で応え、アンチや野次馬は照山のドームや記者会見でのハゲ画像をTwitterや掲示板に載せて応えた。Rain dropsは会場全体に轟く絶叫の渦の中で静かに演奏を始めた。
 始めた瞬間、聞き慣れない曲が聞こえてきたのでファンの多くはこれは新曲と思ったが、デビュー前から彼らを追っかけていたファンはこれが新曲ではなく、『少年だった』以前までは時折演奏されていた未発表曲である『ズボンをはいた雲』だということにすぐに気づいた。『ズボンをはいた雲』とは照山が深い影響を受けているロシア・ソビエトの詩人マヤコフスキーの詩と同名の曲である。その静かな曲のサビで彼はマヤコフスキーの詩の有名なフレーズを引用してこう歌っている。
「ぼくの髪には一筋の白髪もないのさ!」

 ファンは照山のこの完璧な脱円形脱毛症宣言に感動し、感激のあまりサビの部分を一緒に合唱した。
「ぼくの髪には一筋の白髪もないのさぁ~!」
 そしてネットのファンもサビを大合唱し、アンチや野次馬は曲のサビを嘲笑し、「そりゃ髪がなかったら白髪なんてあるわけねえべ!」と再び照山のハゲ画像を載せたのだった。
 ライブは一曲目から異常に盛り上がった。そして次の曲は彼らのデビュー曲である『セブンティーン』が演奏され、それからリリース順に演奏されていった。『全ての悲しい女の子たちのために』『窓ガラスの悲劇』といったデビュー当時の曲。それからあの伝説の『少年だった』に至るまでの上り調子だった曲を。しかし彼らは唖然とするぐらいフレッシュだった。この2年間の活動休止は彼らの年齢を止めてしまうどころか返って若返らせてしまったようだった。気負ったあまり時々トチってしまったところがあったが、そんなところも時を巻き戻したようでファンにとっては感激ものだった。照山の少年のようなボーカルとギターは2年のブランクを経て英気を養ったのか、ますます少年そのものとなり、その甲高い声は闇を引き裂き、そしてまっすぐ観客の心まで貫いた。途中照山が休憩のためにステージから去り、ギターの有神が自分で作詞作曲した曲を歌ったが、それはオアシスのパクリみたいな正真正銘の駄曲で、ライブのセットリストからすぐに外れたのもうなずける代物であり、まさしく有神によって設けられた照山と観客のために設けられた休憩タイムだった。
 そして早く終われとあくびをしながら待っていた有神ボーカルによる照山休憩タイムが終わり、再び照山がステージに登場してアルペジオのイントロを引き出すと観客と、ネットで中継を見ていたファンは一斉にざわつき、とうとうきたかとステージや液晶画面にかじりついた。とうとうあの『少年だった』がはじまったのだ。ファンたちにとって、そしてファンでない一般の人たちにとってもさんざん聴き慣れた曲なのに、なぜみんなこの曲を聴くと涙が溢れてくるのだろうか。照山によって切なく歌われる「夕焼けの空、膝を抱えて、髪をかきむしる、僕は少年!十五歳の少年!」というAメロの歌詞からファンの涙腺はもう崩壊していた。そしてあの全楽器の轟音と共に照山の金切り声で歌われるサビの必殺のフレーズが出ると会場は号泣で覆われた。「僕は少年だった!少年だったぁ!」ステージに立つ照山の目には自分たちの歌を聴きながら鳴いているファンが写っていた。そのファンを見て彼は自分がこの2年間過ごした苦難の日々を思い出した。ひたすら大地に緑を蘇らせようとしていたあの日。しかしこの自分の目の前のファンはそんな自分の帰りをひたすら待っていたのだ。彼はファンへの感謝と自分たちがまたこうして歌える喜びに涙腺が震え、いつの間にか歌いながら号泣していた。号泣して声をつまらせる照山をファンは支えようと会場のファンとネットの中継を見ているファンは揃って照山の代わりに歌い出す。
「僕は少年だった!少年だったぁ!」
 やがて照山が号泣から立ち直ってファンと一緒にサビを歌った!「僕は少年だった!少年だったぁ!」
 圧倒的な感動のまま『少年だった』は終了し、次に『草の方舟』が演奏され始めたが、正直に言ってファンはこの時期の曲はあまり聴きたいとは思わなかった。Rain dropsにとって意味のある曲でもこの当時から照山が円形脱毛症だったと今では知っているファンにとっては耳にしたくない曲であったからだ。しかしそんな曲でさえもRain dropsはフレッシュに演奏した。こんなに爽やかに自分の過去に向き合うなんてなんてすごい人なの照山くんは!「君は黒い草となって、暗い下水道へと吸い込まれていく。ボクが頭を叩きながら必死で君を引き止めようとしているのに」と歌う照山を涙の向こうに見たファンは一斉に手拍子で喝采を送った。そうしてRain drops暗黒期の曲たちの演奏が終わり、次の曲のイントロがなり始めるとファンは再びざわつき始めた。あの『少年だった!』に並ぶ名曲『裸』が始まったのだ。

 『裸』のイントロがなりだした瞬間会場のファンは再び泣き出した。この曲は照山がそのすべてを曝け出した曲だ。この曲には照山の少年のような純粋さも、苦悩にまみれた姿もすべてが歌われている。そしてそんな自分を救ってくれという照山の叫びも歌われているのだ。「裸の僕を見つめて欲しい。僕がどんな醜い化け物でも逃げないで欲しい」ファンは目の前の照山がそう歌うと、「逃げないわ照山君!二度とあなたを一人ぼっちにしない!」と照山に向かって叫んだ。照山はそんなファンの声援に応え二度と逃げはしないさと左手を掲げガッツポーズをとった。
 しかし次の曲はファンは一気に不安に襲われた。次の曲は『裸』が収められているアルバム『NAKID SONGS』の最終曲の『終焉』だったからである。この曲は照山の死生観を歌った曲であり、死をボジティブに捉えようと言う内容の歌詞である。
「せめて死ぬときは自分を晒して死んでいきたい。死せる大地にせめて一本の草を生やしてから僕は永遠の眠りにつきたい」と照山はサビでこう歌っている。
 ファンはアルバムがリリースされた当時はこの歌詞にこれからもバンドを続けるというメッセージを感じたものだが、今は逆にこれでバンドが終わるかもしれないと思ったのだ。死せる大地とはRain dropsのことであり、一本の草とはまさに今ここで行われている復活ライブのことだ。復活ライブという一本の草を生やしてRain dropsは永遠の眠りにつく。ファンは照山が『終焉』の歌詞を噛みしめるように歌い、バンドがそんな照山を優しく見守るかのように演奏する姿を見てますます解散の確信を深めた。解散しないで!解散しないで!ファンは絶叫し、腕を振り上げながら照山が解散の一言を口にしないことを必死に願っていた。そして、絶叫がこだまするなか演奏がフィナーレを迎えると、突然会場が暗転した。

アイ・アム・ザ・レザレクション(僕の復活)後編

 この事態にファンは最初何が起こったのかわからずに動揺していたが、やがてステージのメンバーの所にスポットライトが点くと、やはりこれは解散ライブだったと確信しステージのRain dropsに向かって「ヤメテー!解散しないでぇー!」と口々に叫んだ。やっぱりそうだったのだ。あの異常なまでのフレッシュぶりは解散を前にした最後の輝きだったんだ。ステージの照山がマイクに向かって口を開こうとすると会場のファンとネットで中継を見ているファンは照山に解散のセリフを喋らすまいと絶叫して耳を塞いだ。
「今まで僕たちを応援してくれてありがとう。みんなのおかげでここまでやってこれた。こうしてまたライブをやることが出来たのもみんなのおかげだ。だけど僕たちは生まれ変わらなくちゃいけない。いつまでも同じ場所にいるなんて出来ないんだ。だから俺たちは……」
「ウワアアアアー‼照山君やめて!Rain dropsが終わったら私達どうなるのよ!もうこの世の終わりよ!」
 会場とネットのファンの絶叫が会場だけでなく日本中を駆けめぐる。まさかRain dropsが解散してしまうなんて!その耳をつんざくぐらいの叫びにステージの照山もMCを続けることが出来ない。とうとう耐えきれず照山はマイクに向かって絶叫した。
「僕たちは生まれ変わらなくちゃいけない!だからニューアルバムを出すことにしたんだ!」
 その照山の絶叫を聞いたファンは一斉に沈黙した。一瞬の沈黙の後照山に向かって大歓声を浴びせた。全くなんて人騒がせなの照山君!私達をこんなに心配させて!照山が再びMCを続ける。
「実は僕たち復活ライブが決まった日からずっとアルバムのための曲を作っていたんだ。新しく生まれ変わったRain dropsをみんなに知ってもらうためにね。僕たちがみんなを見捨てて解散なんてするわけないだろ!僕たちはいつまでもみんなとともに生きていくんだから!」
「キャー!」
 照山の叫びにファンも大歓声で応える。もう会場は騒然となった。いや、会場だけでなく日本中が大騒ぎになっている。ネットの記事では『Rain drops復活ライブでニューアルバムの制作を発表!』と早速記事まで出た。
 ファンの歓声はいつの間にかRain dropsへのコールとなっていった。ファンは拍手とともにRain dropsの名を呼び続けた。
 やがてコールが静まったその時有神のギターが鳴り、それに続けて照山がアルペジオを奏でるとファンは一糸に狂喜した。これはあの十周年ライブで演奏された『僕は太陽』ではないか。一年前にこのドームで、またネットの中継でこの曲を聴いていたファンは今もその歌詞とメロディーを覚えている。今までのRain dropsのあの刺々しい世界と違った優しさの極みのような曲である。「僕は光る事は出来ないけど、太陽の光を君に届けることはできる。僕のそばにおいでよ。僕は太陽」と照山が2年前のあの時よりも遥かにピュアに歌う姿を見て会場の、ネットのファンは涙を抑えることが出来なかった。そしていつの間にかサビを照山と一緒に合唱していた。「僕は光る事は出来ないけど、太陽の光を君に届けることはできる。僕のそばにおいでよ。僕は太陽」
 そして曲が終わり、照山がMCで「次からは完全な新曲やります!まずは『光』!」と言って今度は新曲を演奏したのだが、これも圧倒的に素晴らしかった。スピード感のある曲で歌詞ももう少年性をむき出したひたすらボジティブで果敢に攻めるような内容であった。「輝く!僕はひたすら輝く!闇の中に引きこもる不幸な人々、今すぐ僕の輝きを浴びるんだ!」ああ!ファンはもう照山の輝きを浴びまくりだ。もっと浴びせて!あなたの輝きをもっと浴びせて!ファンは絶叫する。
 大熱狂のうちに演奏は終わり、次はいよいよラスト曲を残すのみとなった。先程の曲を聴いた会場とネットのファンは興奮し、早くと早く次の曲をせがんだ。そんな中照山たちRain dropsのメンバーはペットボトルの水を飲んだり、楽器のチューニングをしたりしていた。ここまで約二時間半。今日はRain dropsとして活動を初めて以来最高のライブだった。Rain dropsは切なさを大放出し、ファンはその切なさを心ゆくまで浴びていた。このまま永遠に終わらなければいい。ファンの誰もがそう思った。Rain dropsは永遠に終わらない。Rain dropsは私達がおばあちゃんになっても永遠に少年であり続けるはず。そんなことさえ思った。そして準備を終えRain dropsはマイクの前に立ち照山がマイク越しに観客に向かって語りかけた。
「今日のライブはこの曲が最後になります!この曲も新曲なんだけど、この曲にはちょっと思い入れがあるんで少し話さしてもらっていいかな。この曲は僕達が休んでいるときに世界で思った不幸について歌っている。みんなもそうだろうけど、僕も家に引きこもってテレビニュースを見ながらどうして世界はこんなになってしまったんだと自問自答していたんだ。だけど、今こうしてみんなも僕たちRain dropsもここにいる!世界が復活したように僕たちもこうして復活した!そんなことを歌ったのがラストの曲『復活』です!この曲を世界のすべての人に捧げます!」
 照山のこの言葉を聞いた会場のファンは耳が張り裂けそうなぐらいの歓声を照山にステージのRain dropsに送った。Rain dropsはやっぱり2年間コロナで苦しんでた私達を忘れていなかった。そしてそれはネットでも同じだった。たまたまライブ中継を観ていた、ベーシストの不倫で悩まされている某大御所ロックバンドファンはこのあまりにピュアなロック精神を持ったRain dropsに喝采を送り、私も今からRain dropsのファンになると言ってベーシストが不倫した大御所ロックバンドの写真を引きちぎってしまった。彼女たちはロックバンドは不倫は勿論、恋愛なんか厳禁、ひたすら音楽に向き合うのがロックだとRain dropsが知らしめてくれたことに涙を流して感謝した。

 そうして復活ライブのラストの曲『復活』が始まったのだが、なんて素晴らしい曲なのだろうか。この曲にはRain dropsのロックの総決算でもあり、新しく生まれ変わったRain dropsの出発でもあるような曲だ。曲の出だしは照山のアコースティックギターのゆっくりとしたストロークから始まり、そこに有神のリバーブのかかったギターが覆いかぶさっていく。ベースの引き伸ばされた単引きのフレーズが曲に浮遊感を与え、ドラムはマーチのように曲を規則正しく進めていく。その曲に載せて照山は切々と歌いだす。
「腐りかけた大地で、草が今日も死んでいく。原因不明の病に怯え、被り物で病を遠ざけても、病は中から忍び寄ってくる。ああ!頭に纏わりついた被り物を全て剥ぎ取ってありのままの僕を曝け出せたら。だけどそんな事はもう終わりさ。嵐が止むように、この病も今は空の彼方に消えていった。僕はいま全てを君にみせよう。ごらん、これがありのままの僕だよ」
 あまりに見事な歌詞である。この歌で彼らは、この2年間の間、地球の人々を苦しめたコロナと自分たちRain dropsの苦境を重ね合わせているのである。そして世界はコロナから救われ、彼らRain dropsもハゲから救われ、いまこの東京ドームにいる!曲は途中からだんだんテンポをあげ照山がサビを何度も繰り返す!「ごらん、これが僕、新しい僕なのさ!」そして照山がサビを歌い終わった途端に全楽器が一斉に暴れだす。激しいインプロビゼーションはいつの間にか開放感あふれるダンスビートを刻んでいた。会場のファンはリズムに乗って踊りだす。もう会場はまるでイビザにでもなったかのようだ。ファンの熱気に煽られてバンドも思うがままにインプロビゼーションを展開し、己のモテるスキルをすべて注ぎ込んだ。照山は絶叫し、もっと踊るんだと煽る!彼はもう限界を突き抜けていた。頭はしばりから開放され、もう止まらなくなってしまった。この夜は永遠に終わらせない!夜の果てまで僕たちはダンスを踊り続けるんだ!今、Rain dropsを観ているすべての人間がこのライブを終わらせないでと思っていた。会場のファンは勿論、ネットで中継を見ているファンも、そしてアンチや野次馬でさえ彼らのライブに感動していた。彼らは照山に謝った。「ハゲだって悪口言ってゴメン!お前はやっぱり円形脱毛症だったんだな!」「実は言うと俺生まれてからずっとハゲだったからイケメンで髪がフサフサだったお前に嫉妬してたんだ!だからお前がハゲだって知った時ざまあみろって思ったんだ!」そしてRain dropsを観ていた全員が口を揃えてこう言った。

「お前らが日本で最高のロックバンドだ!」

THIS IS THE END

 悲劇はアンコールの際に起こった。熱狂覚めぬファンに呼び戻されてRain dropsはアンコールを行った。涙で歌えなかったあの『少年だった』を今度は完璧に歌い。ファンの歓声を浴びたその後だった。興奮した照山があの東京ドームでのライブの時と同じようにまたギターを天井に放り投げたのだ。照山がギターを放り投げようとした瞬間、メンバーは悪い予感がして彼を止めようとしたがもう遅かった。ギターと同時に彼の黒々とした頭も取れ、その中の光り輝くものを丸出しにしてしまったのだ。ハゲヅラを晒しながら所狭しとステージを駆け回りるボーカル。呆然とするその他のメンバー。つと前起こったこの悲劇に絶叫でしか反応できない観客。ネットのファンは衝撃のあまり、言葉にならず意味不明の記号を打ち込んだ。アンチや野次馬はやっぱりお前はハゲだったのかとハゲハゲハゲと今キャプチャーしたハゲ画像を所狭しと貼り付けた。照山は興奮のあまりメンバーのバックステージに戻れという叫びも聞こえずステージをでんぐり返ししたりして汗で光るハゲヅラを晒しまくっていた。そんな照山に最前列のファンが異様に透き通る声で言った。
「あの……照山さん。頭のカツラとれてますよ」
 そう言われた照山ははっとして自分の頭をなでた。この2年間触ったことのない地肌の感覚。そうあれは2年前、自分はアマゾンで絶対はずれないカツラというのを買ったんだ。強力な接着剤でずっとつけておけば肌に馴染んで二度と取れませんとの宣伝文句に釣られて買ったんだ。確かにずっと外れなかった。今の今まで、だけど……なんで今外れるんだよぉ!照山は冷静になり周りを見る。もう楽器を手に撤収しようとしているメンバー。自分の顔を見ずに席を立つファン。そして自分が投げたギターが惨めにその潰れた姿を晒している。その時ステージの天井に引っかかっていた照山のカツラがひらひらと彼の頭に落ちてきて彼の頭にすっぽりと入った。彼はそのカツラをもう一度ぐいっと頭にはめた。そしてもはや誰もいなくなった客席に向かって叫んだ。

「アイ・アム・ザ・レザレクションこれで終わりだなんて言わせないぜ!僕たちはまた復活するからな!」



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